平成4691日目

2001/11/11

この日のできごと(何の日)

【WTO】台湾の加盟承認

ドーハで開催中の世界貿易機関(WTO)閣僚会議は11日夕(日本時間12日未明)の総会で、前日の中国に続き台湾の加盟を承認した。中国代表は11日、加盟議定書に署名後、来月11日に正式に加盟すると表明した。台湾も早ければ年内に加盟する。

中台が加盟すると、WTOの加盟国・地域は144となり、世界経済の一体化がさらに加速する。中台間の経済的結び付きも一段と緊密になる。台湾企業の対中直接投資は今年1−9月期の実行額で前年同期比33%増、先行指標の契約額では77%増と既に大幅に伸びている。

中台は「三通」(通商、通航、通信の直接開放)実施をめぐる駆け引きを続けており、双方のWTO加盟が問題解決の糸口になるかどうか注目される。

台湾は周辺諸島を含めた独立関税地域として1990年1月にWTOの前身、関税貿易一般協定(ガット)に加盟申請していた。

台湾代表の林信義経済部長は加盟承認後の演説で「われわれは貿易と経済の発展に対するWTOの重要性を十分に認識している」と述べ、多角的貿易体制の推進に台湾も貢献していくと強調した。《共同通信》

昭和64年1月1日〜このサイトをご覧頂いている日の一週間前まで、すべての日の「何らかの」できごとを記しています。

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【WBCミニマム級タイトル戦】ウルフ時光選手、戴冠ならず

世界ボクシング評議会(WBC)ミニマム級タイトルマッチ12回戦は11日、岡山市の岡山武道館で行われ、挑戦者の同級1位ウルフ時光(24)=倉敷守安ジム=はチャンピオンのホセ・アギーレ(27)=メキシコ=に3回1分43秒TKO負けし、王座奪取に失敗した。アギーレは4度目の防衛に成功した。

2度目の世界挑戦の時光は王者のスピード、パワーに圧倒された。3回にダウンを喫し、その後めった打ちにされたところでレフェリーが試合を止めた。中四国地方のジムから初の世界王者誕生は成らなかった。

戦績はアギーレが29戦27勝(17KO)1敗1分け、時光は23戦19勝(11KO)4敗。

日本ジム所属の現役世界王者はWBCスーパーフライ級の徳山昌守(金沢)、世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級のセレス小林(国際)の2人。《共同通信》

【野球・W杯】第6日

野球のワールドカップ(W杯)第6日は11日、予選リーグを行い、B組の日本はオーストラリアに8−0で快勝して開幕から5連勝とし、決勝トーナメント進出を決めた。このほか、B組ではキューバがパナマに勝った。

日本は1−0の五回に葛城(オリックス)が右越え本塁打。六回は前田(明大)が2点二塁打するなど着々と得点し、七回には阿部(巨人)の2点本塁打で突き放した。先発の左腕、須田(東芝)も7回を4安打、9奪三振と力投した。《共同通信》

【大相撲九州場所】初日

大相撲九州場所初日(11日・福岡国際センター)今場所に大関昇進をかける両関脇が明暗を分けた。栃東は隆乃若を厳しい攻めから左上手投げで退けたが、琴光喜はいいところなく土佐ノ海に寄り切られた。かど番大関の魁皇は、玉乃島を攻め切れずに逆転負け。横綱武蔵丸は新小結の海鵬をはたき込み、大関武双山も若の里をはたき込んだ。小結に返り咲いた朝青龍は時津海を力強く押し倒した。《共同通信》

【小泉純一郎首相】7法人の廃止、民営化に意欲

小泉純一郎首相は11日午後、都内で開かれた政府の「行革断行フォーラム」に初めて出席し、廃止・民営化の先行対象に挙げた日本道路公団、都市基盤整備公団、石油公団など7法人の具体的な組織形態の見直し案を月内にまとめる考えを強調した。

首相は特殊法人改革について「まずはできないと思われていた改革に、今月中に小泉内閣がどういくはっきりした結論、方針を出すか。当面はそこだ」と述べ、7法人の廃止・民営化に意欲を示した。《共同通信》

【杉浦忠さん】死去

プロ野球の元南海のエースで巨人との日本シリーズで4連投4連勝の快投を演じ、南海、ダイエーの監督を努めた野球評論家の杉浦忠氏が11日午前、急性心筋梗塞のため滞在先の札幌市中央区のホテルで死去した。66歳。愛知県出身。

愛知・挙母高(現豊田西高)から入学した立教大のエースとして同期の長嶋茂雄氏とともに東京六大学野球リーグで活躍し、1958年に南海入団。下手投げの華麗なフォームから速球と大きなカーブを武器にいきなり27勝を挙げて新人王を獲得した。

翌59年には38勝4敗で優勝に貢献して最高殊勲選手に輝き、日本シリーズでは4連投4連勝の活躍で南海を日本一に導いた。南海の黄金時代を支えた13年間の通算成績は187勝106敗だった。《共同通信》



11月11日 その日のできごと(何の日)