平成2971日目
1997/02/25
この日のできごと(何の日)
【岩国基地】普天間米軍部隊受け入れ
沖縄県の米軍普天間飛行場の返還に伴い空中給油機部隊を岩国基地(山口県岩国市)に移駐させる問題で、山口県の二井開成知事と貴舩悦光岩国市長、松尾登・由宇町長による三者会談が25日、県庁で開かれ、「移駐は基地機能の増強につながらない」として同部隊の受け入れを最終決定した。
沖縄県の米軍基地縮小に向けた基地機能の本土移転で初の受け入れ決定となり、沖縄の基地問題を最重要課題とする橋本政権にとって懸案解決の弾みとなりそうだ。
移駐の決定で、普天間飛行場の返還期間として設定された5〜7年の間に、空中給油機KC130が12機、隊員約250人が同基地へ移る。代替措置として同基地のハリアー攻撃機14機の米本土帰還は昨年5月に済んでいる。
三者会談後、記者会見した二井知事は「移駐によって基地機能が大きく変化するとは言えず、基地周辺の住民の生活環境に及ぼす影響は深刻化することはない」と受け入れ決断の理由を説明した。《共同通信》
昭和64年1月1日〜このサイトをご覧頂いている日の一週間前まで、すべての日の「何らかの」できごとを記しています。
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【故・鄧小平氏】追悼大会
19日死去した中国の改革・開放の「総設計師」鄧小平氏の追悼大会(葬儀)が25日午前10時から、北京の人民大会堂で、江沢民国家主席をはじめ中国共産党、政府、軍の代表と家族ら約1万人が参加して厳かに開かれた。
江主席は涙を何度もぬぐいながら弔辞を読み上げ、建国の父・毛沢東主席と同列に鄧氏の生前の業績をたたえるとともに、今後も鄧氏が築いた中国の特色ある社会主義理論と改革・開放路線の堅持を全国民に誓った。また、全国の人民に対し、安定と団結の重要性を訴えた。
追悼大会で葬儀日程は終了、6日間の服喪期間も終わり、鄧氏を引き継いだ江主席の新たな時代が名実ともに始まった。《共同通信》
【政界談話室】
○・・・橋本龍太郎は25日、官邸で安宅敬祐岡山市長の訪問を受けた。同市長は昨年10月の岡山県知事選で新進、社民党などの推薦を受けた江田五月氏を選挙カーにも乗って応援した経緯があり、首相に「自民党には敵対行為と受け取られかねない点があったことを反省している」と恐縮することしきり。しかし首相は、自らお国入りして辛勝した苦しい戦いだっただけに怒りは治まらない様子で、記者団が会談内容を質問しても「(市長は)もう一つ煮え切らないったよ」と、遺恨は簡単に消えない様子。
○・・・中曽根康弘元首相はこの日、都内で講演し、小沢一郎新進党党首との連携が取りざたされていることに触れ「みんな間違いだ。私は一回も「保・保」(連合を目指せ)と言っていない。近ごろのジャーナリズムはストーリー、シナリオをつくって無理に押し込もうとしているが、もくろみは外れるから見ていなさい」と強調、持論の共産党を除く行革大連合構想を披露した。ところが民主党が掲げる「市民」の概念については、「インテリ的においを持った抽象的概念だ。『国民が張、国家が嫌』ということだ」と一刀両断にするあたり、「やはり狙いは保・保連合?」との声も。《共同通信》
【ナホトカ号重油流出事故】船首からの重油抜き取り作業終了
ロシアタンカー「ナホトカ」の重油汚染事故で、福井県三国町安島に座礁した船首部からの重油抜き取り作業は25日完了した。1月7日の座礁から49日ぶり。同月16日の作業開始から41日間かかった。
今後は日ロ両国による事故原因の究明が進められ、天候の安定を待って船首部の撤去が行われる。《共同通信》
【ボクシング・井岡弘樹選手】3階級制覇ならず
世界ボクシング協会(WBA)フライ級タイトルマッチ12回戦は25日、大阪市中央体育館で行われ、ストロー、ジュニアフライ級に続く日本人初の世界3階級制覇を目指したフライ級6位の井岡弘樹(グリーンツダ)は、チャンピオン、ホセ・ボニージャ(ベネズエラ)に7回2分49秒、TKO負けした。三度目のフライ級王座挑戦に失敗した井岡の戦績は37戦30勝(16KO)6敗1分け。ボニージャは初防衛に成功した。
井岡は、2回に王者の右ストレートを顔面に受けて、ダウンを喫する苦しい立ち上がり。3回以降もまっすぐ下がったところに相手の連打を受けてペースをつかめなかった。7回は井岡がロープに詰まり、王者が一方的に連打で攻めたてたところで、レフェリーが試合を止めた。《共同通信》
【在ペルー日本大使公邸占拠事件】なお長期化
ペルーの日本大使公邸人質事件で日本政府の現地対策本部は25日昼(日本時間26日未明)、リマ市内の日秘(日本・ペルー)会館で、日本人人質の家族や関係者に対する11回目の説明会を開いた。
田中克之・対策本部副本部長は、予備的対話について「まじめで真剣な議論が展開され、ペルー政府とトゥパク・アマル革命運動(MRTA)相互の理解が深まっていることは歓迎するが、問題は簡単ではなく一喜一憂せず見守る心構えが必要」と述べ、事件はなお長期化するとの見通しを示唆した。
また、「事実と異なる地元報道が増えており、惑わされないように」と訴え、誤報の例として「対話に国家情報部幹部が同席」「対話会場に情報部のビデオカメラ設置」などを挙げた。また人質が解放後に精神的に不安定な状態に陥る恐れもあるため、解放に向けた準備として専門家を呼び、個別相談会を近く開くことを明らかにした。《共同通信》