1996 平成8年4月18日(木)

平成2658日目

平成8年4月18日(木)

1996/04/18

【米・クリントン大統領】国会演説

来日中のクリントン米大統領は訪問最終日の18日、衆院本会議場で衆参両院議員を前に約20分間演説し、「世界の二大経済大国、二大民主国家として日本と米国は21世紀に向けた同盟をつくり出さなければならない」と述べ、安保・政治・経済面での両国関係の一層の緊密化を訴えた。

国会で米大統領が演説したのは昭和58年のレーガン大統領以来で、クリントン大統領は橋本首相と17日に発表した安保共同宣言を受け、日米安保同盟が「アジアの安定の基礎である」と強調した。

大統領は沖縄の少女暴行事件に「深い遺憾の意」を表明し、基地問題について「日米の防衛能力を損なわない形で住民の負担を軽減する措置がとられるだろう」と述べた。

大統領は「地域的・国際的な安全保障上の協力強化」など「新しい安保上の課題に立ち向かうための努力をより密接に調整することになるだろう」と述べ、アジアや世界の安定のため日米が安保面などで協力を飛躍的に高める時代に入ったとの認識を示した。

日米貿易問題について大統領は「貿易問題で摩擦は避けられない。合意の完全履行のため一層の努力が必要」として日本の市場開放努力をさらに促した。しかし日米両国が「欲求不満」を互いに募らせた時代は終わり、「初めて対立を克服する方法を確立した」として貿易交渉が新たな局面を迎えていることを評価した。《共同通信》

クリントン米大統領を迎えた18日の昼食会の出席者らは「緊張した」「感じのいい人」と、身近に接した大統領の印象を語った。

大相撲の橫綱曙関は、東関親方(元関脇高見山)、大関武蔵丸関らと会場ステージにそろい踏みし「もう、緊張しまくったよ」と興奮が冷めやらない様子。大統領から「テレビでよく相撲を見ています」と声を掛けられ、大統領、ヒラリー夫人とそれぞれ握手したという。 東関親方は「大統領は私のことを知っていたので、気さくに話し掛けてくれた。『大きいですね』『何キロですか』などと聞かれたが、体重は教えなかったよ」とにっこり。

会の終わり近くにはミュージシャンの渡辺貞夫さんがサックス演奏した後、楽器を大統領に手渡す場面も。和服姿で出席した歌手の西田ひかるさんは「大統領が飛び入り演奏するかと期待したんですけど」とちょっぴり残念そう。

米国を舞台にした映画「大統領のクリスマスツリー」を制作中の映画プロデューサー奥山和由さんは「会の雰囲気から文化交流を意識しているのを感じた」と満足していた。《共同通信》

天皇、皇后両陛下は18日午後、東京・元赤坂の迎賓館を訪ね、クリントン米大統領夫妻とお別れのあいさつを交わされた。両陛下と大統領夫妻は迎賓館2階の「朝日の間」で約30分間にわたり会見した。宮内庁の渡辺允式部官長によると、大統領は「宮中晩さん会は印象に残りました」などと別れを惜しんだ。《共同通信》

米国のクリントン大統領は18日夕、国賓としての2泊3日の訪日日程を終え、原子力安全サミットに出席のため、羽田空港から大統領専用機で次の訪問地ロシアへ向かった。

大統領は同日午後、都内のホテルで開かれた橋本龍太郎首相主催の昼食会に出席した後、迎賓館で天皇、皇后両陛下からお別れのあいさつを受けた。この後、都内にある米自動車メーカー「クライスラー」のショールームを視察した。

昼食会では、招待された大田昌秀沖縄県知事が米軍基地視察のため大統領の沖縄訪問を直接要請した。《共同通信》



【政界談話室】

○・・・橋本龍太郎首相は18日、クリントン米大統領夫妻の歓迎昼食会で、渡辺貞夫さんのジャズ演奏を楽しんだ。サックスの腕前に定評のある大統領の飛び入り演奏が見られなかったのは「スピーチが長くて時間がなかったんだ」と残念そうだったが、「女房がナベサダと言ったら、(大統領は)『オー、ナベサダ』と言って。CDも持ってるって」と会話が弾んだという。「(大統領は)足でリズムを取っていてね。だからグラグラ揺れていたよ」とも。住専処理問題で政権の足元がぐらついたことも、この日ばかりは、しばし忘れた様子。

○・・・新進党の渡部恒三総務会長はこの日の記者会見で、日米首脳会談について「『同盟関係』もすらすらあいさつに出てくるというのは、隔世の感だ」と感想を述べた。「日米同盟関係」の表現に反発の声が小さい現状に、かつて「反安保」を掲げた社会党(現社民党)が政権与党となり、安保堅持へ路線転換、連立時代を迎えてからの安保意識の様変わりを実感したよう。思わず「この3年の間の米大統領を迎える政治の変化には感慨深いものがある。あの(社会党委員長だった)土井議長が興奮してあいさつしたしね」。《共同通信》

【橋本龍太郎首相】ロシアへ出発

橋本龍太郎首相は18日タ、原子力安全サミット出席のため、羽田空港発の政府専用機でロシアに出発する。19日午前(日本時間同日夕)、モスクワでエリツィン大統領と初の首脳会談を行う。出発に先立ち、首相は記者団に対し「東京宣言(1993年=平成5年)をきちんと確認して将来につなげれば、それ以上の議論はしない方がいい。大統領選挙後、北方領土返還に向けて外交を進めたい」と、会談に臨む基本姿勢を明らかにした。

その理由について「(北方領土問題が)大統領選の争点になったり余計な議論をすると、今後の協議の障害になりかねない」と説明。6月の大統領選で苦戦が伝えられるエリツィン大統領の立場にも配慮し、返還交渉の継続をうたった東京宣言を再確認するにとどめる考えを示した。

首相は19日、クレティエン・カナダ首相とも会談。同日からのサミットでは、唯一の被爆国として包括的核実験禁止条約(CTBT)の年内署名に向けて各国に協調を訴えるほか、アジアでの原子力平和利用国際会議の開催を提唱する。帰国は21日。《共同通信》

【週刊文春】麻原被告の拘置所内での写真を掲載

文芸春秋(東京都千代田区)は、東京・小菅の東京拘置所に拘置されているオウム真理教教祖の麻原彰晃被告(41)を塀越しに撮影した写真計10枚を18日発売の「週刊文春」に掲載した。

同誌編集部は「裁判などでは撮影が禁止されており、同被告の現況を伝える貴重な写真」と撮影や掲載の意義を強調。これに対し法務省は警備態勢やほかの信者に影響を与えかねないとして文芸春秋側への抗議を検討している。《共同通信》

【レバノン】イスラエル軍砲撃で70人死亡

国連レバノン暫定軍(UNIFIL)報道官らによると、レバノン南部カナ村で平和維持活動に当たっていた同軍フィジー大隊本部が18日午後、イスラエル軍の砲撃を受け、イスラエル軍の攻撃を述れ同本部に避難していた難民の家族ら約60人が死亡、約100人が負傷した。UNIFILのフィジー兵3人も負傷した。犠牲者のほとんどが女性と子供だった。暫定軍のゴクセル報道官は「虐殺だ」と語った。

現地からの報道によると、同本部には当時、約700人の難民がいた。数発の砲弾が直撃した。イスラエル軍はこの日早朝にも、戦闘機でレバノン南部ナバティエ付近の村の家屋にロケット弾を撃ち込み、生後4日の女児と母親、3歳から13歳までの兄弟姉妹4人を含む11人が死んだ。

今月11日のベイルート空爆などで始まったイスラエル軍によるレバノンのイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラ拠点への大規模攻撃は18日で8日目に入ったが、これほど多数の死者が出たのは初めて。レバノン情勢は新たな段階に入った。

さらにイスラエル海軍艦船はこの日、南レバノン沖から、艦砲射撃を始めた。レバノン当局者によると、イスラエル軍の今回の「怒りのブドウ作戦」による市民らの死者数は、暫定軍大隊本部での死者を除き既に59人に達していたた。

ペレス・イスラエル首相は国連部隊本部砲撃に先立つ18日、アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長とガザ地区で会談後に記者会見し「(停戦に向けた)米国の調停が続いているが、ヒズボラの攻撃が続く限り、作戦を続行するほかない」と語った。

ペレス首相はまた、ナバティエ付近で子供ら11人を殺害した攻撃について「われわれは理由もなくロケット弾を撃ち込まない」と述べ、標的となった家屋はヒズボラが使っていたとの見方を示した。同軍は13日にも、救急車をロケット攻撃して子供4人を含む女性6人を殺した。

ヒズボラ側も18日、イスラエル北部にロケット弾を撃ち込み、2人が負傷した。《共同通信》

イスラエル放送によると、国連レバノン暫定軍(UNIFIL)医療当局者は18日夜、イスラエル軍が同日、レバノン南部の同暫定軍フィジー大隊本部を砲撃した事件による難民らの死者数が110人に達したと語った。

ペレス・イスラエル首相は同日夜、テルアビブで記者会見し、「市民に死者が出たのは残念だ」と述べた。しかし、イスラム教シーア派民兵組織ヒズボラが同大隊本部近くからロケット弾をイスラエル軍陣地に発射したと強調、「非はすべてヒズボラ側にある」と非難した。しかしヒズボラ側は、同本部そばからのロケット弾発射の事実を否定した。《共同通信》

【エジプト】銃撃テロ、33人死傷

エジプトのカイロ郊外ギザのホテルで18日早朝(日本時同日午後)、覆面姿の4人組が外国人観光客らに向かって自動小銃を乱射した。中東通信は、ギリシャ人観光客など18人が死亡、少なくとも15人が重軽傷を負った、伝えた。日本人の死傷者はいないもよう。

乱射事件が起きたホテルは、イスラエルからの観光客がよく使っており、レバノンで11日からエスカレートしているイスラエル軍の空爆に対するイスラム教過激派組織ヒズボラによる、最初の海外での報復テロの可能性が出ている。

目撃者によると、4人組はワゴン車でホテルの前に乗り付け、アレクサンドリアへの観光バスに乗り込もうとしていた外国人観光客に向け、いきなり自動小銃を乱射した。

犯人らはホテル内にも乱入し、逃げまどう観光客らは無差別乱射を受けて銃弾で次々に路上やロビーに倒れ、現場は血の海となった。エジプト内務省と警察が現場一帯に非常線を張り、ワゴン車で逃走した犯人らの行方を追っている。

ヒズボラは今回のイスラエルによる空爆に対し「海外のイスラエルの関連施設を攻撃する」と数日前に宣言しており、エジプト治安当局は、ヒズボラによる海外での報復テロと、ムバラク政権打倒を狙うエジプト国内のイスラム原理主義過激派のテロの両面で慎重に捜査している。《共同通信》



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