平成1941日目

平成6年5月2日(月)

1994/05/02

【南アフリカ】初の普通選挙でネルソン・マンデラANC議長が勝利宣言

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南アフリカ初の全人種選挙で勝利を確実にした黒人政党アフリカ民族会議(ANC)のマンデラ議長は2日夜、ヨハネスブルグで開かれたANCの祝勝パーティーで「ANCに対する圧倒的な支持に喜んでいる」と述べ、全人種選挙での勝利宣言をした。《共同通信》

南アフリカ最大の黒人政党アフリカ民族会議(ANC)のマンデラ議長は2日夜、ヨハネスブルグの集会で、全人種選挙でのANC勝利を宣言した。

「私たちはついに自由になった」と語り掛けた議長の演説が終わると同時に、会場の2000人は感激で踊り出した。南ア全土でANC支持者が街頭に繰り出し、明け方まで勝利を祝った。

黒人の地位向上を目指し82年前に結成されたANCが今回、アパルトヘイト(人種隔離)を構築したオランダ系白人主体の国民政党を破ったことで、黒人が夢見てきた南アの人種解放は達成された。

マンデラ議長は演説で「ANCに対する圧倒的な支持を喜んでいる」と勝利を宣言。「古い傷をいやし、新しい南アを建設しよう」と訴え、全国民に人種対立の過去を乗り越えて協力するよう求めた。議長は「ANC指導部はあすから再び仕事に戻る」と述べ、黒人に対し、勝利に酔うことなく、経済再建のため立ち上がるよう求めた。

選挙管理委員会によると、開票は3日昼までに半分を終え、有効投票の60%以上を得たANCの勝利は確定している。

一方、デクラーク大統領は、議長の勝利宣言に先立つ2日夕、プレトリアの国民党本部で「新政権で第二党の立場になることを受け入れる」と述べ、敗北を認め一た。大統領は「ついに南アは国民を真に代表する政府を持った。すべての南ア国民は自由だ」と述べ、過去4年間自らが推進した民主化政策の正しさを強調した。

3日夜のANC集会には、昨年4月、白人右翼の凶弾に倒れた故ハニ南ア共産党書記長のリンフォ夫人が駆けつけ、マンデラ議長らとともに乾杯のシャンペンの栓を抜いた。《共同通信》



【石田幸四郎・総務庁長官】区割り周知は短期で

石田総務庁長官(公明党委員長)は2日午後、報道各社とのインタビューに対し、衆院小選挙区区割りの周知期間について「マスコミの上手に取り上げてもらい、PRなど政府が責任を持ってやっていけば何カ月ということでなく柔軟に考えていいのではないか」と述べ、極めて短い期間の設定も可能との考えを示した。

自民、社会両党を中心に、平成6年度予算成立後にも現行中選挙区制での総選挙が避けられないとの見方が強まっているが、石田氏は短期間の周知期間を強調することで次回総選挙は小選挙区で実施できることを示唆し、自社両党をけん制する狙いがあるとみられる。《共同通信》

【新党さきがけ・武村正義代表】新生・公明主導を批判

新党さきがけの武村正義代表は2日、滋賀県庁で会見し「8カ月の反省をしないまま新政権の協議に入り、統一会派・改新のような異常な事態を生んだ」と指摘。「特定の政党が(政権を)引っぱっていくのは良くない」と新生・公明両党主導の今の連立政権の在り方を批判した。

また小選挙区区割り法案について「この国会で成立させようとすれば7月下旬か8月までかかる」と述べ、会期延長の必要があるとの見方を示した。次の総選挙については「区割り法案を通して極力新制度でやってほしい」と述べた。その一方で「それは絶対ではなく、政界が混乱して民意を問わねばならない事態になれば、それでも(総選挙を)待たねばならないという理由にはならない」と現行の中選挙区制での選挙の可能性も示唆した。

【社会党・久保書記長】新連立模索

社会党の久保書記長は2日、地元鹿児島市内で記者会見し、連立政権離脱について「万年野党への回帰ではない。既成政党、保守、革新の枠を超え、新しい時代の連立政権を目指す」と「社民リベラル」を念頭に置いた新連立政権を模索していく意向を明らかにし、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)問題に関しては「社会党は憲法に基づく普遍的安全保障の立場。(米韓などとの)集団的措置には断固、反対していく」と柿沢外相の有事立法発言をけん制した。

間接税率の引き上げについては「国民の日常生活に最低必要なもの(食料品など)を対象から外し、国民の理解が得られる中で間接税に比重が移るのはやむを得ない」と述べた。《共同通信》

【羽田孜首相】イタリアに出発

羽田首相は2日午後4時44分、就任後、初めての外国訪問となる欧州4カ国歴訪のため、羽田空港発の政府専用機で最初の訪問国イタリアへ向け出発した。

同日夜(日本時間3日早朝)ローマ入りし、翌3日昼(日本時間同日夜)、チャンピ首相と会談する。同日夜(日本時間4日未明)には、7月の先進国首脳会議(ナポリ・サミット)の議長を務めるベルルスコーニ次期首相とサミット成功に向けて会談する。

首相は次いでフランス、ドイツ、ベルギーの順に訪問し、ミッテラン・フランス大統領、コール・ドイツ首相ら各国首脳、ドロール欧州委員会委員長らと会談して7日夕に帰国の予定。綏子夫人、北村官房副長官が同行した。《共同通信》

【北朝鮮】食糧難で餓死者も

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から韓国に亡命したヨ・マンチョルさん(48)一家5人が2日、ソウル市内で韓国政府当局者立ち会いの下で記者会見し、深刻な食料難など、北朝鮮脱出の動機を語った。ヨさんは咸鏡南道咸興市で「近所のアパートの若い女性が3日間食べる物がなくて倒れた」「近くの婦人が出勤しないので、職場の人が家に行ってみると餓死していた」などと聞いたという。

高等中学校6年の長男クムリョンさん(18)は、クラスで60%の生徒が朝食を食べずに登校するとし、栄養失調のため、学校で一番長身の生徒でも170センチに満たないと話す。妻のリ・オックムさん(45)は、昨年8月以降は国からの食料配給が完全に停止し、食事は別の方法で入手したトウモロコシ粉の粥しかなく、子供に満足に食べさせられない状態だった、と涙ながらに話した。

ヨさんによると、経済破局のため金日成主席、金正日書記への国民の不信が募り、忠誠心は著しく低下、現在では金日成バッジを着ける人は20%にも満たないという。

幼稚園教師の長女クムジュさん(20)は、金父子に忠誠を尽くす教育を受けてきたため、最初は北朝鮮脱出を決意できなかったが、家で韓国のラジオ放送を聞いて韓国の実情が分かるにつれ、心が変わった、と言う。

ヨさんは妻の実家に食料を取りに行くという名目で旅行証明書を取り、3月半ば子供たちを先に送り出して、後から自分も合流。夜中に凍結した鴨緑江を渡って中国側に脱出、朝鮮族の助けを借りて、香港経由で韓国に亡命したという。《共同通信》



5月2日のできごと