平成1615日目

平成5年6月10日(木)

1993/06/10

【皇太子殿下ご夫妻】新生活へ

結婚の儀から一夜明けた10日、東京地方は好天に恵まれたが、皇太子ご夫妻は特に外出の予定はなく、お住まいの東宮仮御所で過ごされた。宮内庁は同日午前、お二人の様子について「すがすがしい朝をさわやかにお迎えでいらっしゃる」と発表した。

侍従によると、お二人は結婚前から部屋の使い方などについて相談していたが、雅子さまの荷物はまだ多くが荷ほどきされておらず、10日は身の回りの品の片付けなどをされるという。

一方、宮内庁庁舎前で行われるお祝い記帳をしようと、皇居前広場には午前11時の開始前から、約3800人(宮内庁調べ)が列をつくった。このため宮内庁は受け付け開始時刻を繰り上げ、皇居・坂下門を同10時49分に開門。同11時半までに7200人が記帳した。

千葉県館山市から来たという主婦は「すばらしいご結婚です。雅子さまお幸せにと祈りながら記帳しました」と話していた。記帳は午後3時まで行われる。《共同通信》



【政界談話室】

○…10日は「時の記念日」。宮沢首相は記者団に「そうか、6月10日か。服部(時計店)の前で時計をくれたな。みんなじゃないよ。くじかなんかで当たって」と、東京・銀座の時計店で、運良く時計を手に入れた思い出話。国会会期切れまであと10日となって、記者団が政治改革実現のための会期延長について水を向けると「いや、まだ(時間は)たくさんある。何百時間もある。まだ大丈夫です」。会期内合意に期待感をにじませたものの、改革の成否が政権の運命を左右しかねないだけに今年の時の記念日は「時は金なり」の格言が一層身に染みるよう。

○…社会党の川橋幸子広報局長は記者会見で、中央委員会での政治改革をめぐる情報交換について「“ヤマ場のヤマ場”なので、来週以降の三役懇談会には村山国対委員長にも入ってもらうことになった」と臨戦態勢を強調。「国対委員長は今日は非常にまじめな顔をして、まじめな話をしていた」と党内の緊迫感を伝えたが、一方で「山花委員長はポーカーフェースなのでさっぱりした顔をしていた」とも。政治改革への本音が常に疑われている社会党だが、最終盤に来ても、どちらの顔が本物か分からない。《共同通信》

【カンボジア・セン首相】選挙結果受け入れを拒否

カンボジア総選挙の開票がほぼ終了したのを「受け、カンボジア最高国民評議会(SNC)本会合が10日午前9時(日本時間同11時)から、プノンペン市内の旧王宮で開かれた。国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の明石代表は、冒頭の報告で、投票に続いて開票作業も「自由・公正に実施された」と宣言、その結果についても「カンボジア国民の意思を公平かつ正確に反映しており、受け入れられるべきだ」と述べた。

明石代表は席上、第一党が確定した民族統一戦線のラナリット党首、敗北したプノンペン政権のフン・セン首相(人民党副議長)ら、選挙ボイコットのポル・ポ下派を除く3派の代表に対し、選挙結果の受け入れを要請。特に人民党に対し「人民党が結果に失望したのはよく理解しているが、国の将来に向けて今後も活発で建設的な役割を続けてほしい」と述べた。

しかし、プノンペン政権のフン・セン首相は「投、開票作業で不正があった」などとして選挙結果の受け入れを拒否した。セン首相は制憲議会の第一回招集には反対しないとしたが、本会合は紛糾が予想される。

民族統一戦線当局者によると、ラナリット党首はSNC本会合終了後に記者会見し、選挙での“勝利宣言”を初めて行う見込み。同党首は、治安上の問題を理由に先月29日の本会合を欠席。カンボジア北西部バンテイミエンチェイ州の支配地区アンルや、バンコクに滞在していたが、9日にプノンペンに戻り、SNC議長で父親のシアヌーク殿下と会談、暫定政府構想について協議した。

今回のSNCは①総選挙開票の公正宣言②新政府樹立までの移行期間中の対カンボジア緊急援助―な一ど四項目が中心議題となる。《共同通信》

【自民党】綱引き続く

自民党は10日午前10時から政治改革推進本部と選挙制度調査会の合同総会を再開し、選挙制度改革をめぐる野党側との妥協の是非について党内の意見聴取を続行した。

改革推進派が今国会での改革実現のため妥協案取りまとめを宮沢首相や党執行部に一任するよう主張したのに対し、慎重派が激しく抵抗するなど、8日の総会同様に論議は平行線をたどった。総会は10日午後0時35分すぎいったん閉会。再開するかどうかは推進本部一任となった。

午後には、総務懇談会が開かれ、単純小選挙区制の党議決定見直し問題について最終的な意見集約に入ったが、両派の対立が依然隊しいことから調整作業は難航しそうだ。

梶山幹事長は15日をめどに集約する方針で、20日の国会会期切れをにらんで、大幅延長を主張する推進派と、閉幕して継続審議に持ち込もうとする慎重派の綱引きも活発になることが予想される。

この日の総会では、取りまとめの手順について論議が集中。推進派は羽田、河本両派の若手議員を中心に今国会での改革実現のため宮沢首相や党四役への一任を主張。これに対し、渡辺派幹部の中尾栄一氏や小渕派幹部の村岡兼造氏ら慎重派は「短期間に妥協に持っていくのは反対」と反論した。また妥協案をめぐっては「小選挙区比例代表並立制」を求める意見が多かった。

政治改革推進本部の塩川正十郎本部長代理ら幹部は、10日の合同総会で全議員を対象とした論議は打ち切り、あとほ総務会で党議決定見直しを念頭に置いた意見集約を行うよう要請する方針だ。《共同通信》

【川崎磯信さん】「ヤミ米販売」無罪主張

ヤミ米(自由米)を販売したとして食糧管理法違反(無許可販売)などの罪に問われた富山県婦中町羽根、農機具・家具販売業川崎商店(昨年12月解散)の元社長、川崎磯信被告(57)の初公判が10日午前、富山地裁で開かれた。昭和57年の改正以来、食管法違反罪が法廷で裁かれるのは初めて。

川崎被告は罪状認否と意見陳述の中で、無許可で米を販売した事実を認めた上で食管制度の矛盾点を指摘。「食管法は憲法違反で法的に機能していない。起訴事実を否認する」などと無罪を主張した。被告側の黒田勇弁護士も「自由米市場の現状からみ可罰的違法性がない。販売の許可制も職業選択の自由を制限しており憲法違反」などと述べ真っ向から争う構えを見せた。

これに対し検察側は冒頭陳述で「被告は無許可と知りながら度重なる行政指導を無視して米の販売を続けた」と述べたにとどまった。

起訴状によると、川崎被告は平成元年9月ごろから同4年10月ごろまで、同社本店など7カ所で県知事の許可を受けずに約1700トンの米を約2000人に計約8億6000万円で販売。また、元年12月ごろから4年9月ごろまで、高岡市内の米穀小売店に無許可で米約76トンを卸していた。《北國新聞》

【ロシア・エリツィン大統領】秋の来日も困難

武藤外相は10日の参院外務委員会で、エリツィン・ロシア大統領の来日問題について「ロシアの国内情勢が複雑で(秋の来日は)なかなか難しい」と述べ、領土問題などが障害となって9、10月の来日実現は困難との見通しを明らかにした。外相が公式の場で、この時期の来日は困難との見解を示したのは初めて。

外相はエリツィン大統領の2回にわたる来日延期を念頭に「過去の事実があるので(来日に)あまり期待をかけるのはどうか。(日本としては)今のところ受け身の形だ」とも述べた。公明党の荒木清寛氏への答弁。

また歯舞、色丹両島の返還を明記した1956年の日ソ共同宣言について外相は「認めてもらわないと困る」として、同宣言の確認が領土交渉の当然の前提との政府の立場を改めて強調した。

5月の来日断念後にエリツィン大統領は宮沢首相にあてた親書などで、7月の先進国首脳会議(東京サミット)の際の来日とは別に9、10月の来日意向を表明。しかし新憲法制定などをめぐるロシア国内情勢は依然として不透明で「大統領が領土問題で大胆な決断をできるような国内情勢にない」(外務省筋)との見方が有力。ロシアのクナーゼ外務次官も大統領来日が来年にずれ込む可能性を示唆している。《共同通信》

【猪俣公章さん】死去

「女のためいき」「おふくろさん」など森進一さんの一連のヒット曲をはじめ「君こそわが命」などの作品で知られる作曲家の猪俣公章氏が10日午前7時22分、肺がんによる呼吸不全のため東京都港区の慈恵医大病院で死去した。55歳だった。福島県出身。

日大芸術学部在学中からバンドマン活動を始め、故古賀政男氏に師事して作曲を学んだ。昭和39年に作曲家としてデビューし、森進一さんを見いだし「女のためいき」「港町ブルース」「望郷」などのヒットを生んだ。ほかにも、40年代に水原弘さんの「君こそわが命」や、藤圭子さんの「女のブルース」、クールファイブの「噂の女」などの流行歌を次々に作曲し、一時は月に約15本の作曲を依頼される売れっ子となった。

面倒見がいいことでも知られ、歌手の坂本冬美さんやマルシアさんが門下生から育っている。

昨年暮れに、慢性すい臓炎のため同病院に入院し今年3月に一時退院したが、5月に再び入院していた。《共同通信》



6月10日のできごと