平成1414日目

平成4年11月21日(土)

1992/11/21

【プロ野球ドラフト会議】星稜・松井秀喜選手は巨人

長島監督の強運が、超高校級のスラッガーを引き当てた―。プロ野球新人選手選択(ドラフト)会議は21日、東京・新高輪プリンスホテルで行われ、注目の松井秀喜選手(石川・星稜高)の交渉権を長島・巨人監督が最後の残りクジで引き当てた。

予想通り4球団が競合した松井選手の交渉権の抽選では、中日、ダイエー、阪神、巨人の順で抽選箱から封筒を取り出し、最後に残った幸運の当たりクジをひいた長島監督は、その瞬間、右手を挙げ、親指で“勝利”のサイン、満面に笑みを浮かべた。巨人が1位指名選手で競合しての抽選で交渉権を獲得したのは、昭和55年に原辰徳選手を取って以来12年ぶりのこと。

午後0時5分過ぎから始まった各球団の1位指名では松井のほか、伊藤智仁投手(三菱自動車京都)に広島、オリックス、ヤクルトの3球団が競合、抽選の結果、ヤクルトが交渉権を獲得した。

このほかロッテ、横浜、日本ハム、近鉄、西武の5球団は単独で社会人の投手を指名。抽選に外れた各球団もそれぞれ、外れ1位を指名した。

巨人・長島監督の話「(クジを)開けた瞬間、うれしかった。意中の人で、こういう形となってよかった。さっそく今夜にでも(松井の自宅に)電話を入れて、ごあいさつしたい。松井君はバッティングはもちろん、脚力、肩もあり、スケールの大きい選手。原のあとのクリーンアップを打てる選手に育てたい」

4球団の抽選の末、巨人が交渉権を獲得した松井秀樹内野手(石川・星稜高)は「決まってホッとしている。ドラフトは教室でみんなとラジオを聞いていた。長島さんにはクジを引いていただいて感謝しています」とうれしそうに話した。

この日は通常通りの授業を受け、約150人の報道陣が待ち構える学校内の会見場に姿を見せたのは抽選が終わってから。指名を受けた4球団がすべて希望の球団だったため不安はなかったが、新生・長島巨人が交渉権を得るとさすがに緊張したという。「巨人はセ・リーグを代表するチーム。しっかり頑張って今まで以上に応援してもらえる選手になりたい」と、早く、も“入団宣言”ともとれる言葉も飛び出した。

巨人軍の松井選手1位指名に、地元金沢は沸き立った。母校星稜高では、ドラフト会議のテレビ中継を校長室で見守っていた木坂信教頭らから「巨人指名」が決まったとたん、「やった」「いいぞ」の歓声。昼休み時間に“速報”を知った生徒たちからは「ほんとー?」と驚きと喜びの声があふれた。

また、出身校・根上中学の村本経代二校長は「希望球団の一つの巨人が1位を引いて本当に良かった。後輩にとって誇りでもある。選手としての将来性もあるし、巨人を引っ張ってゆくような選手に育ってほしい」と、早くもエールを送っていた。《読売新聞》

巨人に1位指名された星稜高・松井は、野球部員に胴上げや万歳の祝福を受け、早くもジャイアンツの一員になったような笑顔をみせた。第一希望は阪神だったようだが、「それも次第に薄れていくでしょう」と切り替えは早い。

そんな松井に最高のプレゼントとなったのは長島監督から届いた肉声だ。午後4時28分、学校内の記者会見場に直接電話が入り、松井は緊張した表情で受け答え。最後は「ありがとうございました」と丁寧にあいさつして受話器を置いた。

「テレビでみているのと同じ感じでした。指名したのでよろしく、とのことでしたが、話ができてうれしかったです」と感激。これまでは雲の上のあこがれの人だったが、「親近感がわいてきました」とこの日、最高の笑顔をみせた。

巨人に入団すれば、原と三塁を争うことになる。本人は「外野でもどこでも挑戦するつもりです」と控えめ。しかし育ての親の星稜・山下監督は観客に近く、華のあるポジション」の三塁で大成することを願っていた。《読売新聞》

クジ引きの末、あこがれのヤクルトから一位指名された社会人NO1投手、三菱自動車京都の伊藤は「抽選の時は頭が真っ白。これでほっとしました」と最高の笑顔。チームの印象については「若い選手も多く、野村監督も厳しそうだし、僕にぴったりのチーム」。性格も明るく、ひょうきんなだけに早くもチームの一員になった様子。

京都・花園高時代は無名の選手だったが、社会人入りしてから頭角を現し、150キロ近い速球と130キロ台のスライダーを武器にバルセロナ五輪では2完投勝利。目標は大きく「新人王。そして日本シリーズで西武のクリーンアップを打ち取りたい」と抱負を語った。《読売新聞》

一昨年プロ入りを拒否し、松下電器に入って二年間待った小池は、近鉄の1位指名に「ありがとうございます」。この日は三年前に亡くなった母親の法事のため岐阜県羽島市の実家で朗報を待ったが、近鉄は意中の球団だっただけに、友人や会社の同僚からの祝福の電話に笑顔で答えていた。

社会人での二年間は左ひじの故障などで鳴かず飛ばずに終わったが「むだな二年間ではなかった」と振り返り、「入団したらチームの勝利に貢献できるピッチングをしたい」と早くも抱負を語っていた。《読売新聞》

ダイエー1位指名の大越基は実家のある青森県八戸市役所で会見。指名の瞬間、一瞬笑みを浮かべ「高い評価を受けて、前向きに考えていきたい」と言葉を選んだ。しかし、話が進むと「ダイエーでやりたいと思っていた」「福岡は大きな街だけれど、住みやすいと思う」と終始笑いを交えながら質問に答え、早大中退、アメリカでの野球修行と苦労の後の1位指名だけに、うれしさは隠しきれなかった。《読売新聞》



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【大相撲九州場所14日目】曙、琴錦が五分で楽日へ

大相撲九州場所14日目(21日・福岡国際センター)優勝を争う大関曙と小結琴錦はともに勝って1敗で千秋楽を迎えることになった。曙は関脇貴花田をもろ差しでより倒した。貴花田は9連勝でストップ。琴錦は豊ノ海を回転の早い突き、押しから送り出した。

関脇同士の一番は安芸ノ島が武蔵丸を寄り切って6勝目。武蔵丸は12日目から3連敗を喫した。新入幕の琴別府は栃乃和歌を寄り切って10勝目を挙げた。《共同通信》

【ラオス・カイソン大統領】死去

ラオス国営放送は21日、カイソン・ポムビハン大統領(71)が同日午前11時23分(日本時間同午後1時23分)、病死したと報じるとともに政府が国民に対し同日から7日間の喪に服するよう全土に発令したことを明らかにした。病名など詳しいことは不明だが、数日前から危篤状態だった。同国営放送は政府、国会、ラオス人民革命党合同の追悼声明を伝えた。

ラオスは来月20日、89年以来3年ぶりの国会議員選挙が予定されていたがカイソン大統領の急逝で総選挙の日程が変更される可能性も出てきた。

カイソン大統領は、75年の王政廃止、社会主義政権発足以来、ラオス人民革命党書記長として政権を率いてきた中心人物。91年8月15日、最高人民議会(後の国会)で大統領に選出され、党と国家を完全掌握したのを機に開放政策、刷新政策をさらに推し進める体制作りに入っていた。《読売新聞》



11月21日のできごと