平成777日目

平成3年2月23日(土)

1991/02/23

【皇太子さま】立太子の礼

皇太子さまが皇太子の地位に就いたことを、天皇陛下が改めて内外に明らかにする「立太子の礼」が23日、皇居・宮殿で国の儀式(天皇の国事行為)として行われた。立太子の礼は象徴天皇制を定めた新憲法下では、昭和27年11月の天皇陛下の時以来38年ぶり。陛下の宣言に続き、皇太子さまが「力を尽くして務めを果たす」と決意を述ベ名実ともに皇位継承者としての新たな一歩を踏み出された。

立太子の礼の中心儀式「立太子宣明の儀」は午前11時から宮殿・松の間で始まり、皇族方はじめ、海部首相ら三権の長や外交使節団など内外の代表約250人が参列。

松の間に入場した古装束姿の天皇、皇后両陛下は低い壇に上り、天皇陛下が「皇室典範の定めるところにより徳仁親王が皇太子であることを、広く内外に宣明します」とお言葉を述べられた。次いで黄丹袍の束帯姿の皇太子さまが天皇陛下の前に進み出て敬礼、「皇太子としての責務の重大さを思い、力を尽くしてその務めを果たしてまいります」と、決意を述べられた。

この後、海部首相が「皇太子殿下は温かいお人柄で敬愛を集められており、立太子の礼の挙行は国民こぞって喜びとするところです」などと寿詞(よごと)を述べた。

儀式終了後、宮殿表御座所に場所を移し、天皇陛下から皇太子の印の「壷切御剣」が皇太子さまに。皇太子さまはこの後、宮殿から儀装馬車で宮中三殿へ向かい、三殿でご拝礼された。

立太子宣明の儀などを終えた皇太子さまは、東宮侍従を通じて「感謝の思いと決意を新たにしています」と感想を述べられた。《共同通信》

皇太子としての地位を内外に示す「立太子宣明の儀」を終えた皇太子さまは23日午後2時から、皇居の宮殿・松の間で「朝見の儀」に臨み、天皇、皇后両陛下に謝意を表した後「皇太子としての責務を果たすよう努力する」と改めて決意を述べられた。両陛下も皇太子さまに皇位継承者としての門出を祝う言葉を掛けられた。

皇居での儀式を終了した皇太子さまは同日午後3時から車で皇居ー東宮仮御所間の約3キロを“パレード”、沿道の約2000人が祝福した。

朝見の儀で皇太子さまは松の間正面から天皇陛下の前へ。一礼後「宣明の儀を挙げていただきありがとうございました。これからも皇太子としての責務を果たすよう努力してまいりたいと思います」とあいさつされた。

これに対し天皇陛下は「これまでに培ってきたものをさらに磨き、国民の期待にこたえ、務めを立派に果たしていくよう願っています」とお祝いの言葉を贈られた。皇后さまもお祝いを述べ、それぞれに祝いの杯を交わされた。

この後、両陛下が高盛りの料理が置かれた卓上にはしを立てるしぐさをし、皇太子さまもそれに倣われた。両陛下からえん尾服とモーニングの服地が贈られ、儀式は約20分で終了した。

宮内庁庁舎前では午後1時から記帳による一般参賀があり、午後4時の終了時までに約2700人分の記帳があった。

この日夜には、宮殿で親族らを招いての祝宴があり、24、25の両日には約1000人が出席して「宮中饗宴の儀」が催される。《共同通信》



【首都圏】連続ゲリラ

23日未明から朝にかけて、東京都府中市内の自衛隊幹部宅が時限発火装置で放火されたほか、横浜市の在日米海軍住宅地区と千葉県成田市の成田空港に向け追撃弾が発射された。けが人や大きな被害は出なかったが、警視庁など公安当局は、成田二期工事阻止、湾岸戦争反対を叫ぶ過激派が、立太子の礼にタイミングを合わせて連続ゲリラを起こしたとみて捜査している。

午前3時20分ごろ、府中市浅間町、航空自衛隊航空総隊司令官A空将(56)方一階台所外側付近から出火、外壁が縦約1メートル、横約2メートルにわたって焦げた。外壁そばからリード線や乾電池など時限発火装置の部品が見つかった。航空総隊司令官は航空自衛隊のナンバー2。

さらに6時ごろ、横浜市中区塚越の在日米軍根岸住宅地区に迫撃弾三発が撃ち込まれた。うち一発は住宅の屋根を貫通し庭に着弾。残り二発は道路や芝生に落ちた。北に約400メートル離れた磯子区馬場町、宝積寺の墓地から発射筒4本が見つかった。

8時すぎには、成田市大清水の山林で爆発音がし、千葉県警成田署員らが山林内を検索したところ、発射筒3本が木に縛り付けてあった。約30分後、成田空港の駐機場21番スポット付近で、この筒から発射されたとみられる迫撃弾一発が見つかった。着弾した地点は航空機が旅客搭乗などのため駐機する場所で、この日も午前11時出発予定の日本エアシステム機が間もなく駐機する予定だった。

中核派の拠点を捜索千葉県警警備部と船橋東署は23日、即位の礼が行われた昨年11月12日に同県船橋市の陸上自衛隊習志野駐屯地に追撃弾が撃ち込まれたゲリラ事件の爆発物取締罰則違反容疑で、同県栗源町沢、過激派・中核派の拠点「三芝物産北総センター」を家宅捜索した。《共同通信》

【湾岸戦争】イラク、撤退の姿勢示さず

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湾岸戦争は、ブッシュ米大統領が22日イラクに最後通告したクウェートからの撤退開始最終期限である米東部標準時23日正午を迎えるが、イラクは撤退の姿勢を示しておらず、米軍を中心とする多国籍軍がクウェートの実力奪回を目標に、大規模な地上戦に乗り出すのは必至の情勢となった。

外交解決を目指すソ連は懸命の調停工作を続けてきたが、イグナチェンコ・ソ連大統領報道官はモスクワ時間の23日夕、和平の機会はほとんど失われたとの悲観的見通しを表明。ソ連は多国籍軍参加国の指導者に、地上戦回避のための最後の努力を要請した。《共同通信》

開戦以来38日目を迎えた湾岸戦争は、ブッシュ米大統領が「最後通告の形でイラクに突き付けたクウェート撤退期限である米東部時間23日正午(日本時間24日午前2時)=イラク時間23日午後8時=が、ついに時間切れとなった。この結果、ソ連を仲介とした地上戦回避のための土壇場での政治交渉は、事実上息の根を止められた格好となり、多国籍軍がクウェート奪還を目指し地上戦に踏み切るのは、必至の情勢となった。

イラクのフセイン大統領は米側が通告した撤退期限直前の23日午後6時(日本時間24日午前0時)から、革命評議会とバース党の合同会議を開催。米側の撤退期限に応ずるかどうかなどを検討したとみられる。イラクは米側の最後通告を「恥ずべきもの」と非難、ブッシュ大統領の樹迫に屈しないとの強気の姿勢を貫いていた。

イラク軍が米側の最後通告の時間までに撤退を開始しなかったことにより、サウジアラビア・クウェート国境付近では大規模な地上戦闘に向け一触即発の緊迫した状況となった。国営イラク放送は多国籍軍側が地一上戦を開始すれば「その報復は容赦ないものになる」と警告した。《共同通信》

【湾岸戦争】米・ブッシュ大統領、地上戦開始を宣言

ブッシュ米大統領は23日午後10時(日本時間24日正午)、ホワイトハウス記者会見室から全米向けにテレビ演説し、クウェートのイラク軍に対する多国籍軍の地上攻撃開始を宣言した。

大統領は「クウェート解放は今や最終段階に入った。私は多国籍軍が迅速かつ決定的にその使命を果たすとの強い自信を持っている」と述べ、短期決戦の決意を表明した。

また「われわれは今夜、正義の実現のために立ち上がった」と地上戦の正当性を強調した。

しかしゴルバチョフ・ソ連大統領の開始延期要請をはねつける形で地上戦に突入したことにより、今後の米ソ関係などに深刻な影響が出そうだ。

イラクの徹底抗戦で双方に多くの死傷者が出れば米国内外に反戦機運が一気に高まり、大統領は厳しい事態に直面することも予想される。

ブッシュ大統領は、フセイン・イラク大統領に最後の機会を与えるため23日正午までに撤退を開始するよう求めていたが、演説で「無条件撤退の細かな条件を提示したのに、イラクがこれを実現しなかったのは遺憾だ。逆にサダム・フセイン(大統領)はクウェートと同国民を完全に破壊する試みを倍加させている」と、イラクを厳しく非難した。また「これ(地上戦)は多国籍軍参加国との広範な協議の結果下された決断だ」と述べ、米国の独断ではないことを強調した。《共同通信》

【タイ】クーデター

タイのスントン国軍最高司令官は23日午後2時50分(日本時間同4時50分)、国営テレビなどを通じた約10分間の演説で、チャチャイ政権を打倒し警察軍を含む国軍四軍が同日午前11時半(同午後1時半)、すべての国家権力を掌握したと発表、軍事クーデターの成功を宣言した。司令官は演説で、今回の行動は自ら議長に就任した「国家平和秩序維持評議会」によると述べ、評議会は同日夕、タイ全土に戒厳令を発令した。

政府筋によると、これに先立つ同日午前、チャチャイ首相がバンコク北部のドーンムアン軍事空港で国軍兵士に逮捕され、国軍兵士は昼すぎから国営放送局の占拠を開始した。戦闘は伝えられていない。タイでクーデターが起きたのは1985年9月の未遂事件以来約5年ぶり。未確認情報によると、アチット副首相兼副国防相(元国軍最高司令官)も拘束されたもよう。

司令官は演説の中で、従来の民主主義体制堅持、王室体制の尊重などに変更はないと強調、国民や国軍部隊に平静を呼び掛けた。

一方、今回の軍事行動の「成否」のカギを握るプミポン国王は現在、北部チェーンマイで静養中で、同日夕現在、王室からの発表は何も出ていない。チャチャイ首相は航空機でチェンマイに向かうため空港に行っていたもので、国王に面会をしようとしたのではないかとみられている。《共同通信》

【厚生省】保険証表記を「子」に統一

健康保険証の家族の続柄を「養子・養女」とか「妻の子」などと、個人のプライバシーを明かすような記載は必要ないのでは―との指摘を受けた厚生省は23日までに、「長男・長女」などの子の長幼、性別を含め、単に「子」とするのをはじめ、配偶者についても内縁関係であってもすべて単に「夫」「妻」と記載するよう各都道府県に通知した。

同省は、こうした改善措置を今後の健康保険証の新規交付、再交付、更新時に書き換えるよう指示している。

家族の続柄の記載形式については、法規上特に定めておらず通例、健康保険加入者(世帯主)の届け出に従って、そのまま表記し実際届け出通り、養子、養女などという記載もある。しかし、続柄そのものは病院窓口で受診手続きをする際、必要な事項ではないうえ、関係団体などから別の呼称にすべきだとの要請もある。

このため同省はプライバシー保護を一層徹底することが必要と判断、続柄表記を細かく明記することをやめ一律に子、夫、妻に統一することにした。

健康保険証に続柄を記載しているのは、民間勤労者が加入の組合健保、政管健保、船員保険。これらの健康保険証は、二、三年に一回更新している。農業従事者らの自営業者が加入の国民健康保険は、世帯単位の加入のため家族を「世帯員」と簡略化している。《共同通信》



2月23日のできごと