平成694日目

平成2年12月2日(日)

1990/12/02

【 TBS・秋山豊寛記者】邦人初の宇宙飛行

ジャーナリストとして世界初の宇宙飛行を目指す東京放送(TBS)記者、秋山豊寛さん(48)とソ連の2飛行士を乗せたソユーズTM宇宙船がモスクワ時間2日午前11時13分、ソ連カザフ共和国のバイコヌール宇宙基地から、ソユーズロケットで打ち上げられた。秋山さんとビクトル・アファナシエフ船長(41)、ムサ・マナロフ機関士(39)を乗せたソユーズTM宇宙船は8分50秒後に切り離され、高度200~240キロの地球周回軌道に乗ることに成功し、日本人初の宇宙飛行が実現した。

秋山さんは、日本時間午後7時すぎ、2周目の周回軌道に入った船内から「打ち上げ直後は砂利道を走っているダンプに乗っているようだったが、軌道に乗った瞬間、体が浮き上がった。地球はやっぱり青かった」と第一声を地上に送ってきた。

この日のバイコヌール地方はセ氏10度前後と気温も上がり、打ち上げには絶好のコンディション。予定通りの時刻に、オレンジの炎を吐くロケットが青空に吸い込まれていくと、打ち上げを見守った秋山さんの妻京子さん(41)ら約300人の観衆から大きな拍手と「ハラショー」「ポスドラブリャーユ(おめでとう)」と歓声が上がった。

ソユーズTM宇宙船はこの後徐々にミールに近付き、打ち上げ49時間後の日本時間4日午後にドッキング。秋山さんらはミールに乗り移り、ことし8月から滞在しているゲンナジー・マナコフ船長(40)、ゲンナジー・ストレカロフ機関士(50)と合流する。

秋山さんは宇宙からの生中継や日本のアマガエルが無重量状態でどのような動きを見せるか観察する宇宙実験などを次々にこなし、日本時間10日午後、マナコフ、ストレカロフ両飛行士と、ソユーズTM宇宙船でバイコヌール基地北東の雪原に着陸する予定だ。

日本人の宇宙飛行は、米国のスペースシャトルで行う「第一次材料実験計画」に搭乗する宇宙開発事業団の毛利衛さん(42)が先になるはずだったが、1986年のチャレンジャー爆発事故などでシャトルの飛行日程が大幅に遅れ89年3月にソ連と契約したTBSが一番乗りになった。《共同通信》


ソユーズ11号に乗っている秋山です。今ソビエト上空を飛行中です。やや夕方にかかっており、窓から見えるのは今のところやみです。90分かけて地球を一周して来ましたが、打ち上げ直後は振動と言いますか、ダンプに乗って砂利道を走るような振動が体に伝わった後、約8分50秒後軌道に乗った瞬間、体が浮き上がりました。マスコット人形も天井にたたきつけられるように重力をなくして空中を漂い始めました。本当に無重力の世界に入ったという感じがしました。

同時に、困ったことにはガラスの破片がどこからともなく船内を漂い始めました。(中断)打ち上げた後、すぐ陰の部分に入ってその後太平洋の南極の、南米の近くで朝日が差してきました。でも地上を見ることができないんですね。

今ソユーズ11号は自由飛行と言いますか、特に地面に向くとかいうことはなくてクルクルと回転しながら地上200キロ辺りを飛んでいるわけです。しかし、窓から時々見える地平は丸くて地平線の上の紺がだんだん黒くなっているような宇宙があります。

その下にかすかに青い地球、やっぱり青いですね。今まで通ったコースはほとんど雲だったですがやはり雲の上、地平線の辺りは青く澄んで、それから真っ黒、紺色が濃くなっている感じで宇宙があります。星空はだ見えません。《共同通信》




【第44回福岡国際マラソン】

第44回福岡国際マラソンは2日、福岡市の平和台陸上競技場を発着点とする和白丘折り返しの42.195キロに外国招待選手10カ国20人を含む96選手が参加して行」われ、世界最高記録(2時間6分50秒)を持つベライン・デンシモ(エチオピア)が2時間11分35秒で初優勝した。2位には自己最高を1分以上上回る2時間11分37秒で走ったマラソン4度目の弘山勉(資生堂)が入った。

断続的な強い雨と風のため、遅いペースで進行。ベテランのギダミス・シャハンガ(タンザニア)が首位に立ち、30キロでは2位に45秒差をつけた。しかし、右足に変調をきたし、8キロ手前でデンシモ、弘山らにかわされた。33.8キロでデンシモがスパート。競技場に入って弘山が猛追したが、及ばなかった。3位はマイク・オレイリー(アイルランド)。昨年優勝のマヌエル・マティアス(ポルトガル)は6位に終わった。シャハンガは途中棄権した。《共同通信》

【柔道・小川直也選手】嘉納杯2階級制覇

嘉納杯国際柔道大会最終日は2日、東京・日本武道館で2階級を行い、無差別級で小川直也(日本中央競馬会)が優勝し、95キロ超級と合わせて2階級を制覇した。60キロ級も板楠忠士(東海大)が制した。日本勢は今大会で8階級のうち5階級に優勝した。

準決勝で関根英之(東洋水産)に苦戦しながらも一本勝ちした小川は、決勝でフランスの新鋭ダビッド・ドイエと対戦。組み手争いで苦しんだが、中盤に小外掛けで有効を奪って優勢勝ちした。この大会の2階級制覇は1978年の第1回大会の山下泰裕(東海大教)以来2人目。《共同通信》

【ドイツ総選挙】コール首相率いる与党圧勝

統一ドイツの議会と政府を正式に発足させるドイツ連邦議会総選挙は2日投票、即日開票の結果、コール首相の率いる保守中道連立与党が過半数を上回る約55%の得票を得て圧勝した。統一という国家的事業を達成したコール首相の政治手腕が高く評価されたのと、ゲンシャー外相の自由民主党(FDP)の躍進が連立与党の圧勝を導いた。

コール首相は名実ともに統一ドイツの初代宰相の座を固め、1982年以来の長期政権を継続する。旧東ドイツの支配政党、民主社会党(PDS)は議席を獲得、逆に80年代の環境保護運動をリードした緑の党は議席を失った。投票率は77%で、前回の旧西ドイツの総選挙(87年)旧東ドイツの総選挙(ことし3月)をいずれも大きく下回り、戦後最低を記録した。

3日午前4時(日本時間同正午)前、選挙管理委員会が発表した最終速報によると、各党の得票率は、コール首相の保守与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は43.8 %(前回旧西ドイツ総選挙44.3%)、中道与党の自民党が11.0%(同9.8%)で合わせて54.8%となった。

基本定数656議席が、今回の選挙では議席配分規定により6議席増え662議席となり、このうちCDU・CSUは319議席(現有305議席)、自民党は79議席(同57議席)を獲得した。これに対し最大野党の社会民主党は33.5%(同37.0%)で239議席(同226議席)となった。

社民党の得票率は1959年に階級政党から国民政党への脱皮を図って以来最低で、50年代の3分の1政党に転落した。緑の党は候補者を立てた旧西ドイツ地域で投票総数の4.8%の得票にとどまり、議席配分を受けられなかった。《共同通信》

【イラク・フセイン大統領】直接対話に仏の同席を

イラクのフセイン大統領は2日のフランスの国営テレビ、アンテヌ2との会見で、「湾岸危機が戦争という事態に至るかどうかは「五分五分」と語った中で、イラクと米国との直接対話は前提条件なしに行われるべきであり、またフランス代表の同席が望ましいとの考え方を明らかにした。

同テレビによると会見は1日にバグダッドで行われ、フセイン大統領は会見当日、イラクの最高機関、革命評議会がブッシュ米大統領の両国外相を相互訪問させるという直接対話提案を受け入れたと述べた。

フセイン大統領は、イラクに拘束されている約3000人の外国人人質について、戦争を回避することができると思われる手段の一つとし、人質全員が出国できるよう、3月25日までは米国がイラクを攻撃しないよう求めた。

大統領は平和的な状況が今後も続けば12月25日のクリスマスから来年3月25日までの間に人質全員を段階的に解放すると約束している。また大統領は「対話は中東地域のすべての問題を含むことが重要だ」とし、湾岸危機とパレスチナ問題の連関を改めて強調したほか、「イスラエルは核兵器を持っているが、私たちが持っているなら、持っている、と言うことに何の困難もない」と述べ、イラクは核を保有していないと言明した。《共同通信》

【浜口庫之助さん】死去

「バラが咲いた」や「黄色いさくらんぼ」など異色のヒット曲を生み出した人気作曲家浜口庫之助さんが2日午後5時15分、下咽頭がんのため東京都内の病院で死去した。73歳。神戸市出身。

浜口さんは、青山学院大を卒業し、戦後はラテン・グループを結成するなど演奏活動を行い、昭和32年に日本コロムビアに入社、作曲家としては遅いスタートを切った。34年、若い女性のお色気を取り入れた「黄色いさくらんぼ」と「僕は泣いちっち」の大ヒットで脚光を浴び、一躍人気作曲家になった。

60年に、のどの腫瘍で大手術を受けたが、その後体力を回復し、作曲活動も再開、63年に島倉千代子の歌でヒットした「人生いろいろ」を作曲した。《共同通信》




12月2日のできごと