平成538日目

平成2年6月29日(金)

1990/06/29

【秋篠宮家】創設

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天皇家の二男、礼宮文仁(ふみひと)親王(24)と学習院大教授川嶋辰彦氏(50)、和代さん(48)夫妻の長女紀子さま(23)の「結婚の儀」が29日午前10時5分すぎから、皇居の賢所で古式にのっとって行われた。午前11時半には、礼宮さまが宮殿・薔薇の間で、天皇陛下から山本悟侍従長を通じて「秋篠宮(あきしののみや)」との宮号を贈られ、宮家を創立された。

皇族男子の結婚は昭和59年12月の高円宮さま以来5年半ぶり。戦後は天皇陛下、常陸宮、三笠宮寛仁、高円宮各殿下に次いで5人目で、宮家はこれで8つとなった。

結婚の儀には、皇太子さまら皇族方、海部首相ら三権の長、紀子さまの両親ら両家の親族、縁故者、宮内庁関係者ら154人が参列、賢所前庭の幄舎で式を見守った。来日中のタイのシリントン王女も外国王族として初めて参列した。

午前10時すぎ、お二人は回廊伝いに賢所の外陣へ。礼宮さまは黒の束帯、紀子さまは十二単という古装束。

拝礼の後、礼宮さまが「これから後、相むつみ、相親しみ、永遠に変わらないことをお誓い申し上げます」という趣旨の告文を読み上げ、次いで礼宮さま、紀子さまの順で神酒を飲み干し、「皇族妃紀子さま」が誕生した。参列者が賢所から出た後、お二人は賢所両わきの皇霊殿と神殿に拝礼された。

結婚の儀に先立ち、礼宮さまは赤坂御所から親王旗を立てた車で賢所の候所(に到着、モーニングから束帯に着替えられた。また紀子さまは午前6時20分ごろ、侍従の迎えを受け、両親とお別れのあいさつをした後、東京・目白の自宅を出発、皇居内の潔斎所で身支度を整えられた。

礼宮さまへの官号伝達後、お二人は皇居を出て赤坂御用地内の新居でご休憩。

午後には宮殿・薔薇の間で紀子さまに勲一等宝冠章が伝達され、同3時からは宮殿・松の間で「朝見の儀」がある。礼宮さまはえん尾服に大勲位菊花大綬章、紀子さまはローブデコルテに贈られたばかりの勲章を着け、両陛下に結婚の報告とお礼を述べられる。

新宮号は皇室ともゆかりのある奈良・平城京跡西北の秋篠の里にちなんだ称号。この日、川嶋教授に代わって宮内庁職員が本籍地の和歌山市役所で除籍を手続き。約一週間後に紀子さまは皇室の戸籍「皇統譜」に記載される。《共同通信》

若々しいロイヤルカップルを乗せたお車が、東京の街をゆっくりと走った。29日午後、天皇、皇后両陛下に結婚のあいさつを終えられた秋篠宮さまと紀子さまの新居への“パレード”。紀子さまは、終始右手を振って約3万人の沿道の人々にこたえられた。やや左前に傾けられた笑顔。カメラのフラッシュがたかれる度に、ティアラ(宝冠)がキラリと光った。

厳戒の中でのパレードだったが、沿道からは若い女性らの歓声が上がった。これより前の朝見の儀で天皇陛下が述べられた「国や社会のため、また人々のために、尽くされるよう希望します」とのお言葉を胸に、お二人の新生活がスタートした。《共同通信》




【海部俊樹首相】「素晴らしい家庭を確信」

海部首相は29日午後、首相官邸で報道各社のインタビューに応じ、秋篠宮殿下と紀子さまのご結婚について「お二人とも留学(や外国遊学)のご経験があり、誠に明るいさわやかな感じのする方で、国民の皆さんとともに心からお喜び申し上げる。さわやかで素晴らしい家庭ができるものと思う」と祝福した。《共同通信》

【政界メモ】大蔵省に恨み節たっぷり

◯…難航した日米構造協議の決着から一夜明けた29日朝、海部首相は開口一番、「きのうの夜はゆっくり休めました」。当初の予定を二日ずれ込みながらも自らブッシュ米大統領との電話会談も行って、何とか決着に持ち込み、ほっとした様子。

閣議が終わってからは、礼宮さまと川嶋紀子さんの結婚の儀参列というおめでたい日程も入り、皇居から官邸に戻ると、両手を大きく広げ、身ぶり、手ぶりも交えて「こんなに遠く離れとったから、よく見えなかったよ」と、記者団に説明するなど、前日までのびりびりした雰囲気とは一変。

○…この日、自民党の安倍元幹事長が都内のホテルで開かれた安倍派総会で、訪米報告。安倍氏は「米国で私が(米側と)約束してきた在日米軍駐留経費負担や日米親善交流基金の創設をぜひともやりたい」と切り出し、「交流基金について大蔵省と相談すると渋い返事しか返ってこない。大蔵省が政治をやるわけではない。大蔵省は国家ではない」と大蔵省に恨み節。

安倍氏はさらに「今までは、大蔵省の筋書きに乗って、われわれは活用されてきた。税制改革も命懸けでやったのに」と、訪米の成果を盾に念願の交流基金の創設に大蔵省はもっとカネを出せ、と言わんばかり。《共同通信》

【リトアニア】独立宣言を100日間凍結

ソ連リトアニア共和国のランズベルキス最高会議議長は29日「ソ連との独立交渉開始と同時に、独立宣言を100日間モラトリアム(凍結)する」との最高会議声明案を共和国最高会議に提案した。同会議情報局によると、最高会議は、この議長提案と別のやや抽象的な提案の二案を一案にまとめ、同日中に採択することを決定した。

声明内容は「独立宣言に伴う法律・決定も含む」としており、ゴルバチョフ大統領が要求している「交渉期間中の宣言凍結」という条件を事実上満たしており、ソ連政府が交渉に応じる条件は整っている。

これにより、3月11日の独立宣言に始まり、4月18日からの原油、天然ガスの供給停止、削減など経済制裁に発展したリトアニア問題は、ソ連政府と同共和国の独立をめぐる交渉開始と経済制裁の解除へ向けて大きく動き出すとみられる。

声明はまた「100日間凍結の延長または停止は最高会議で決定する」とし「リトアニア最高会議議員が活動できなくなる場合は直ちに凍結を停止する」と述べている。

この声明採択と同時に、5月23日の「宣言を除く法律・決定の凍結」決議は無効となる。提案したランズベルギス議長は「これは即時凍結ではなく、交渉が始まれば凍結するという意味である。われわれが一歩踏み出したのだから、次はソ連側が一歩踏み出すべきだ」と語った。《共同通信》




6月29日のできごと