平成8273日目

2011/09/02

【野田内閣】発足

野田佳彦新首相は2日午後、民主、国民新両党による野田連立内閣を発足させる。官房長官の藤村修氏は同日午前、17人の閣僚名簿を発表した。財務相に民主党の安住淳前国会対策委員長、外相に玄葉光一郎前政調会長を起用。小沢一郎元代表に近い山岡賢次元国対委員長を国家公安委員長・拉致問題担当相に充てるなど「挙党態勢」を重視し、東日本大震災の復興などに全力を挙げる。午後の皇居での首相親任式、閣僚認証式を経て野田内閣が正式に発足する。

新首相は同日午前、連立を組む国民新党の亀井静香代表と会談後、首相官邸に組閣本部を設置した。組閣後に皇居での首相親任式に臨み、第95代、62人目の首相に就任する。その後、首相官邸で記者会見して内政、外交の運営方針や閣僚人事の狙いなどを表明し、初閣議に臨む。

野田内閣の顔ぶれは、初入閣が10人。再任が4人。再入閣が2人。菅内閣からの横滑りが1人。藤村新官房長官は2日午前の記者会見で、新内閣が取り組む当面の課題として「まず(東日本大震災からの)復旧、復興と原子力事故の早期収束だ」と指摘した。「新首相が表明したように一国財政主義ではいけない」とも述べ、財政再建にも取り組む意向を示した。

財務相に起用された安住氏は、東日本大震災で最大の犠牲者を出した石巻市など宮城5区の選出。復興増税や、社会保障と税の一体改革に伴う消費税増税などの問題を担う。古川元久・元官房副長官は経済財政担当相と国家戦略相を兼務する。

民主党への政権交代後、冷え込んだ日米関係の修復や対中外交などに当たる外相は、菅政権で国家戦略相を務めた玄葉氏。防衛相は、小沢グループの一川保夫前政調会長代理が初入閣した。小沢グループが山岡氏を含め2人入閣したのに対し、鳩山由紀夫前首相のグループはゼロだった。

菅政権で迷走した原子力行政をめぐっては、初入閣の鉢呂吉雄元国対委員長が経済産業相に就任。細野豪志原発事故担当相は再任し、環境相を兼務する。菅政権で原子力行政の再編を担当し、環境省に「原子力安全庁」(仮称)を設置する案をまとめた経緯を考慮した。復興対策の継続性を重視し、平野達男復興担当相も再任した。平野氏は防災担当相も兼務する。

総務相は川端達夫前文部科学相、法相は平岡秀夫総務副大臣、文科相に中川正春元文科副大臣、厚生労働相に小宮山洋子厚労副大臣をそれぞれ登用した。民主党代表選の決選投票で野田新首相の誕生に協力した鹿野道彦農相は再任する。

国土交通相には前田武志参院予算委員長、行政刷新・公務員制度改革担当相には蓮舫首相補佐官を起用した。国民新党の自見庄三郎郵政・金融担当相は再任する。《日経新聞》

9月2日のできごと(何の日)【野田内閣】発足
https://www.kantei.go.jp/

民主、国民新両党連立の野田内閣が2日午後、皇居での任命・認証式を経て発足した。野田佳彦首相は官邸で記者会見し、東日本大震災からの復旧・復興と東京電力福島第1原発事故の収束を最優先課題に掲げた。

復興財源に関しては、徹底した歳出削減努力の上で足りなければ時限的増税措置で賄うことが必要になるとの認識を表明。自民、公明両党に与野党協議の早期実現を呼び掛けた。衆院の早期解散の可能性に関しては「政治空白をつくれない」と否定した。《共同通信》




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【平岡秀夫氏】法相として入閣

自分は本当に入閣しているのか――。首相官邸から閣僚予定者への連絡が行われていた2日午前、平岡秀夫法相にはまったく連絡が来ず、閣僚名簿の読み上げがテレビで放送されて初めて法相就任を確認した。

平岡氏によると、1日の夜、野田佳彦首相から電話があり、「法相をお願いしたい。まだ一切口外はしないで下さい」と言われた。平岡氏は「変更の可能性もある」と思い、正式な就任要請を待った。

2日午前、一部報道で「平岡法相」が伝えられ、報道各社が平岡氏の事務所に押しかける中、正式な要請を待ったが、連絡は一向になし。途中、藤村修官房長官にも確認の電話を入れたが、「打ち合わせ中です」と切られてしまった。

他の閣僚が次々と官邸に入る姿がテレビに映し出され、事務所に待機する法務省幹部が「まだ大臣なのか分かりませんが、この秘書官でよろしいでしょうか」と平岡氏に相談する場面も。その後テレビで藤村氏が閣僚名簿を読み始めて、平岡氏は法相就任を再確認。あわただしくネクタイを締め、官邸に向かった。《朝日新聞》

【菅直人前首相】「今後はなるべく官邸に寄らないようにします」


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菅直人首相は2日午前、野田佳彦新首相の組閣に先立ち官邸を去った。 玄関ホールで職員から花束を受け取り「皆さんの支えでやってこられた。新首相の下で頑張ってください。今後はなるべく官邸に寄らないようにします」と笑顔であいさつ。

在職中、前任の鳩山由紀夫前首相からの批判に悩まされた苦い経験を持つだけに、自身は新政権と距離を置く姿勢を強調した。ホールには官房長官として政権を支えた枝野幸男氏や職員ら約150人が見送りに集まった。

昨年6月8日に就任した菅首相の在職日数は452日。現行憲法下で首相を務めた30人の中では、大平正芳氏(554日)に次ぐ19番目の長さだった。《共同通信》

【中村勘三郎さん】舞台復帰

昨年末以来、病気療養のため休演していた歌舞伎俳優の中村勘三郎さん(56)が2日、大阪・上本町の新歌舞伎座で開幕した「九月松竹大歌舞伎」に出演、本興行での舞台復帰を果たした。勘三郎さんは7月23、24日に長野県松本市で行われた「中村勘三郎特別公演」で復帰しているが、ひと月公演の出演は昨年11月の大阪平成中村座以来、9ヶ月ぶり。

この日、勘三郎さんが舞踊「お祭り」で、江戸のいなせな鳶頭にふんして、せり上がってくると、客席から大きなどよめきと歓声が上がり、盛大な拍手がわき起こった。勘三郎さんは愛嬌たっぷりに踊り、途中で客席から「待ってました!」と声がかかると、すかさず、「待っていたとはありがてえ」と返して、観客をわかせた。《産経新聞》



9月2日 その日のできごと(何の日)