平成5587日目

2004/04/25

この日のできごと(何の日)

【衆院統一補選】自民圧勝

夏の参院選の前哨戦と位置付けられた衆院統一補選は25日、埼玉8区、広島5区、鹿児島5区の3選挙区で投開票され、自民党が3選挙区すべてで勝利した。与党にとっては28日に想定される年金制度改革関連法案の委員会採決に向け弾みがつく結果となった。民主党は選挙戦略の見直しが迫られそうだ。

3選挙区とも自民、民主両党による「二大政党対決」となった。埼玉8区では柴山昌彦氏(38)が木下厚氏(59)との、広島5区でも寺田稔氏(46)が三谷光男氏(44)との接戦を制した。鹿児島5区は森山裕氏(59)が堅山勲氏(55)らに圧勝した。公明党はいずれの選挙区でも自民党候補を推薦した。

今回の補選は、昨年の衆院選以降初めての国政選挙。年金改革やイラク情勢、政治倫理が争点となり、小泉政権にとっては「中間評価」の意味合いもあったが、投票率は3選挙区とも過去最低となり、有権者の審判は、参院選に持ち越される格好となった。《共同通信》

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【第55回全国植樹祭】

「空と海 心をつなぐ 森づくり」をテーマに第55回全国植樹祭が25日、天皇、皇后両陛下を迎え、宮崎県西都市の「特別史跡公園西都原古墳群」などで林業関係者ら約1万人が参加して開かれた。

天皇陛下は、防災や資源の観点から森林整備の重要性に触れ「山村地域の過疎化、高齢化が進むにつれて、森林の恵みを受ける国民各層からの幅広い協力が求められます」と述べられた。この後、天皇陛下はイチイガシやオビスギなど、皇后さまはヤマザクラやクヌギなど、それぞれ5種ずつの苗木や種子を植えた。

両陛下は午後、県立西都原考古博物館や県工業技術センターなどを見学した。宮崎県での全国植樹祭開催は1973年以来2度目。来年は茨城県で開催される。《共同通信》

【北朝鮮・竜川駅列車爆発事故】政府、北朝鮮に10万ドル援助

政府は25日、北朝鮮の列車爆発事故被害が甚大である点を重視し、緊急人道援助を決めた。国連機関を通じて10万ドル(約1080万円)相当の医療物資を提供することで、国連の緊急援助調整官室(OCHA)と調整を進めている。状況によっては追加支援も検討する。

北朝鮮への援助は、2000年10月に世界食糧計画(WFP)の要請に応じ50万トンのコメ支援を決定して以来。拉致問題など日朝間には重大懸案が山積しているが、中国や韓国が援助に乗り出していることもあり、人道面から決定を急いだ。

具体的な輸送方法・経路や時期は未定だが、できるだけ早く実施する方針。医薬品や医療器具を世界保健機関(WHO)などを通じて送る方向だ。

外務省幹部はこの援助が拉致問題をめぐる日朝政府間協議に直接影響はないとしながらも「北朝鮮が今回の事故を契機に、お互いに助け合う国際社会の一員となるよう考えてほしい」と述べ、協調的な姿勢をとることに期待感を示した。

外務省によると、24日から現地調査した国連機関などによる合同調査団は、北朝鮮の保健分野の物資は十分ではなく、負傷者の手当てにも懸念があると報告。これを受け「事故被害の状況、対応の緊急性にかんがみ、人道的観点から援助を行うこととした」としている。今後の詳細な調査の結果、新たな援助が必要になることも想定している。

北朝鮮の平安北道にある竜川駅で起きた列車爆発事故で、現場を視察した平壌駐在の国連機関関係者は25日、「約1300人の負傷者のうち、約300人が極めて危険な状態にある」との説明を北朝鮮から受けたことを明らかにした。北京の国際赤十字報道官は同日、事故の死者が7人増えて162人になったと述べた。

北朝鮮側の説明によれば、負傷者のうち370人が約15キロ離れた新義州の病院に入院。このほとんどが重体とみられ、死者数は今後さらに増える可能性であるという。その他の負傷者の収容先は不明。

国連関係者によると、新義州は特別行政区として往来が制限されており、国連関係者による病院などの視察は実現しておらず数日後になる見込みだという。

一方、事故現場を視察した国連、国際赤十字などの合同調査チームは25日までに、現地の40%の建物が破壊され、今後数カ月にわたる復興援助が必要との報告をまとめ、関係者に配布した。

報告書によると、民家1850戸と学校など公共施設が壊れ、家屋を失った住民は親せきの家などに身を寄せている。また飲料水や食料の不足が深刻で、病院や学校も機能がまひしているとし、これらの復興援助が最優先課題と指摘した。

国際赤十字職員によると、被害は駅から半径4キロの範囲に及んでいる。

調査には北朝鮮政府関係者も参加。報告は、国際機関の調査に対する北朝鮮政府の対応について「これまで北朝鮮では実地調査が難しかったが、今回は速やかでオーブンな調査が実施できた」と評価した。《共同通信》

【競泳・日本選手権】

アテネ五輪代表選考会を兼ねた競泳の日本選手権最終日は25日、東京辰巳国際水泳場で男女計14種目の決勝などを行い、男子200メートル個人メドレーは三木二郎(東京SC)が日本選手として初めて2分を切る1分59秒99の日本新記録で優勝した。

男子100メートルバタフライは山本貴司(近大職)が52秒58で9度目の優勝を果たし、男子200メートル背泳ぎの糸井統、女子200メートル自由形の千葉すずの持つ日本選手権最多優勝回数に並んだ。

女子200メートル背泳ぎは中村礼子(日体大)が優勝し、同二百区平泳ぎは田中雅美(SAT北海道)が勝った。

三木、山本、中村は2種目で五輪出場。田中と男子200メートル個人メドレー2位の森隆弘(ミキハウス)、女子200メートル背泳ぎ2位の寺川綾(近大)は日本水連が設定した派遣標準記録を突破して2位以内の条件を満たし、五輪出場権を得た。

24日の女子100メートル自由形に優勝した永井奉子(OKSS)はリレー要員としての五輪派遣が決まり、男子9、女子11人の計13人の五輪代表が出そろった。

女子の50メートル自由形で、標準記録に届かず、五輪出場を逃した萩原智子(山梨学院大大学院)は第一線を退くことを明らかにした。

競技生活の最後を、さわやかな「ハギトモ・スマイル」で終えた。25日、日本女子のトップスイマーとして活躍してきた萩原智子選手(24)が、第一線を退くことを表明した。

女子50メートル自由形決勝。萩原選手はトップでゴールしたものの、優勝タイムの25秒62は派遣標準記録を下回り、アテネ五輪への道が途絶えた。その時「悔しさよりも、うれしかった」しという。全力を出し切った満足感があふれた。インタビューで「競泳としてはここで一区切り。こうやって試合に出るのは最後になると思います」と、すっきりした笑顔で語った。

今後は、楽しみながら水泳を続ける。山梨学院大大学院での勉強のほかには「家族とゆっくり、いろんな話をしたい」。ハギトモが、第二の水泳人生を踏み出す。《共同通信》

【サッカー・国際親善試合】

サッカーの日本代表は25日、東欧遠征第1戦となるザラエゲルセグ(ハンガリー)での国際親善試合で古豪ハンガリー代表に2−3で競り負けた。

国内組だけで臨んだ日本は西(磐田)ら3人が初代表というプレッシュな布陣。前半は相手の激しい当たりに戸惑い、後半8、23分に点を奪われたが、途中出場した本山(鹿島)のアシストで30分に玉田(柏)が代表初ゴール、2分後には久保(横浜M)がいったん同点とした。しかし、後半ロスタイムにPKで決勝点を奪われた。

ジーコ監督就任後の日本代表は通算10勝6分け7敗。敗戦は昨年9月のセネガル戦以来11試合ぶりとなった。

28日のチェコ代表戦(プラハ)には中田英(ボローニャ)ら欧州組が合流する。《共同通信》

【ゴルフ】

つるやオープン最終日(25日・兵庫県スポーツ振興CC=6759ヤード、パー71)2位から出たブレンダン・ジョーンズ(オーストラリア)が5バーディー、1ボギー、1ダブルボギーの69で回り、通算9アンダーの275として逆転優勝、賞金2000万円を獲得した。ジョーンズは昨年8月のサン・クロレラ・クラシック以来のツアー通算3勝目。2打差の2位に、初日から首位の三橋達也と深堀圭一郎、手嶋多一ら5人が並び、片山晋呉、谷口徹はともに首位と3打差の7位だった。尾崎将司は82と崩れ、55位に終わった。《共同通信》

【三塚博さん】死去

自民党森派の前身の三塚派会長を務め、蔵相、外相、通産相などを歴任、国鉄の分割・民営化に手腕を発揮した元衆院議員の三塚博氏が25日夜、病気のため東京都内の病院で死去した。76歳。宮城県出身。

三塚氏は早大法学部卒業後、宮城県議などを経て1972年に衆院初当選、旧宮城1区、宮城3区で連続10回当選。豊富な閣僚歴とともに、自民党でも政調会長、幹事長を務め、一時は政界のトップリーダーをうかがう位置に付けた。

故安倍晋太郎元幹事長の死去後、三塚派として派閥を継承し、91年には自民党総裁選に出馬した。しかし世代交代を求める動きが強まり、98年に森喜朗前首相に派閥会長を譲った。

中央政界入りは45歳と比較的遅かったが、持ち前の馬力で頭角を現し、中曽根内閣で運輸相として初入閣。政局観には定評があり、旧安倍派内で地位を固め、ライバルの加藤六月氏との争いを制して昭和生まれの初の派閥領袖となった。

運輸族として鳴らし、竹下内閣で通産相、宇野内閣で外相、橋本内閣で蔵相を務めたほか、海部、宮澤両政権では自民党政調会長と党内きっての政策通だった。河野洋平総裁当時に待望の党幹事長に就任したが、河野氏の総裁再選断念でわずか2カ月に終わった。

蔵相時代は財政構造改革、経済改革を指揮したが、大蔵省汚職事件で引責辞任に追い込まれた。蔵相辞任後は、求心力が低下、森氏に派閥をバトンタッチ。2003年の衆院解散・総選挙を機に政界引退した。《共同通信》

【この日の民主党】

衆院統一補選、自公候補に及ばず

衆議院の統一補欠選挙の投開票が25日に行われ、民主党公認候補は埼玉8区や広島5区で自民党候補と最後まで激戦を繰り広げたものの、あと一歩及ばなかった。

昨年の総選挙における買収事件で起訴された自民党衆院議員の辞職に伴う埼玉8区の補欠選挙では、民主党から前職の木下厚候補が立候補し、自民党の腐敗政治からの決別を訴えたが、投票率が35.22%と低迷する中、6千票足らずの差で自民公認・公明推薦の候補に敗れた。結果判明後、木下候補は「有権者がもう少し厳しい判断をしてくれるかと期待したが、(“政治とカネ”という)選挙の焦点がぼけてしまった。私の力不足だ」と無念さをにじませた。

自民党議員の死去に伴う広島5区の補選では、民主党公認の新人、三谷光男候補が改革による郷土振興を訴えたが、「弔い合戦」を掲げた自民公認・公明推薦候補に及ばず、苦杯をなめた。三谷候補は、「私の力不足で壁を突き破る力がなかったが、明日につなげていける結果だと思う。これからも改革を訴えてゆく活動を続けたい」と語った。

やはり自民党議員の死去に伴う鹿児島5区補選では、民主党公認の新人、竪山勲候補が「安心できる年金制度」「イラク戦争反対」などを訴えたが、及ばなかった。

民主党は選挙結果を受けて岡田克也幹事長名の談話を発表し、選挙結果について支持者にお詫びするとともに、夏の参議院選挙で必勝を期す決意を明らかにした。

2004年4月25日
統一国政補欠選挙結果について
民主党幹事長 岡田克也

本日、統一国政補欠選挙として、衆議院埼玉8区、衆議院広島5区、衆議院鹿児島5区の投開票が実施されました。とくに埼玉8区の木下厚候補、広島5区の三谷光男候補は残念ながら惜敗し、いずれの選挙区においても議席獲得に至りませんでした。各選挙区においての最後まで民主党の公認候補にご支持・ご支援いただいた有権者の皆さま、応援いただいた全国の皆さまにお詫び申し上げます。

埼玉8区は予想以上に投票率が低迷したことが主たる原因と考えられ、多くの有権者の皆さまに投票所に足を運んでいただくに至らなかったことを大変残念に思うとともに、真摯に受けとめたいと考えています。また、広島5区は前職の急逝に伴う弔い合戦的な状況のなかで善戦いたしましたが、惜しくもおよびませんでした。

民主党は、この度の選挙結果を踏まえ、今夏の参議院選挙に必勝を期し、次期総選挙における政権交代を確かなものとするよう、国会内外の活動に全力を挙げていきます。《民主党ニュース》



4月25日 その日のできごと(何の日)