平成3400日目

1998/04/30

この日のできごと(何の日)

【民主党・細川護熙元首相】議員辞職願提出

民主党の細川護熙元首相(60)は30日、新たな民主党の旗揚げによって「責任を果たした」として議員辞職を決意し、同日午後に議員辞職願を伊藤宗一郎衆院議長に提出した。

細川氏は国会内で記者会見し(1)政権交代のある民主主義をつくるため、今日まで政治活動を続けてきた(2)民主党結成で政権交代への軌道が敷かれ、責めの一端を果たせた(3)政治の世界に入った当初から60歳を区切りにしようと思い定めていたーなどとする声明を発表した。

細川氏は、旧民主、民政、旧新党友愛、旧民主改革連合の4党による政権戦略会議の議長として、民主党結成に中心的な役割を演じ、執行部人事などの調整役にもなった。スタート早々に党の「看板」の一人を失う民主党にとって大きな痛手となったのは間違いなく、衝撃を受けている。

細川氏の辞職は7日の衆院本会議で許可される見通し。衆院熊本1区では補欠選挙が行われる。現憲法下で首相経験者の議員辞職は初めて。

細川氏は民主党の菅直人代表、羽田孜幹事長に辞意を伝えた後、記者会見。「政治家の仕事は長さをもって尊しとするのではなく、何をしたかが大事だ」として「(民主党へ)今後は外からエールを送りたい」と強調。政界復帰の可能性は「将来はだれにも予測できないが、今そういう気持ちはない」と述べた。

細川氏は、昭和46年に参院議員に自民党で初当選。熊本県知事に転身し、2期務めた。平成4年に日本新党を結成し、参院選で政界復帰。5年7月の総選挙で衆院にくら替えし、日本新党ブームを巻き起こした。当時の社会党、新生党など7党1会派の連立政権樹立の合意を受け、同8月第79代首相に指名された。細川内閣時代には、政治改革法を成立させたが、自らの佐川急便からの借入金疑惑の責任を取り、8カ月後の6年4月に退陣した。

その後、小沢一郎氏らとの旧新進党に参画したものの、9年6月、党運営をめぐる小沢氏との確執などから離党。10年1月、羽田孜氏らと旧民政党を結成した。《共同通信》

民主党の細川護煕議員は4月30日、議員辞職届けを衆議院議長に提出した。細川議員は記者会見で「60歳を区切りにしようと思い定めていたので、政権の選択肢として新『民主党』の発足にこぎつけることができたことは、思いを達する機会となった」と説明。新しい民主党に対しては「外からエールを送らせていただく」と述べた。これに対して菅代表は「残念なことだが、新しい立場の味方が1人できたと、前向きにとらえたい」と語った。《民主党ニュース》

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【東海道新幹線】線路のボルト抜かれる

30日午前4時25分ごろ、岐阜県関ヶ原町藤下の東海道新幹線下り岐阜羽島ー米原間の山中トンネル東側で、線路を押さえるボルト25本が引き抜かれているのを、始発前に線路を点検中の作業員が発見、110番した。

レールがまくら木からはずれれば脱線の恐れもあり、岐阜県警は、悪質な列車妨害事件として垂井署に捜査本部を設置、160人態勢で新幹線妨害特例法違反、列車往来危険の疑いで、現場付近の遺留品捜索や不審者の目撃者捜しなどの捜査をはじめた。《共同通信》

【橋本龍太郎首相】周辺有事「わが国が主体的に判断」

橋本龍太郎首相は30日午後の衆院本会議で、周辺事態措置法案に盛り込まれた周辺事態(有事)の認定に関して「いかなる対米支援を行うか、わが国が主体的に判断する。米軍が周辺事態だと決めれば自動的に協力する、との指摘はあたらない」と述べた。

周辺事態の範囲については「事態の発生し得る地域をあらかじめ確定できるものではない。事態に該当するかどうかは事態の態様、規模を総合的に勘案、判断すると説明した。《共同通信》

【米・オルブライト国務長官】中国首脳と会談

クリントン米大統領の訪中準備のために北京入りしていたオルブライト米国務長官は30日、2日間の公式日程を終えて記者会見し「米中の対話は具体的な成果を生みつつある」と述べ、米中が模索する「建設的、戦略的パートナーシップ」構築に向けて順調に歩み出したことを強調した。

国務長官は「中国の世界貿易機関(WTO)加盟に向けて具体的な成果を生むためには相当の努力が必要で、協議を迅速化しなければならない」と述べた。長官は、中国側にチベットのダライ・ラマ14世との対話再開を求めるなど、人権や宗教の自由、政治犯の釈放などで強く是正を求めたが、大きな進展がなかったことを示唆した。

国務長官は30日午前、江沢民国家主席、朱鎔基首相と相次いで会談、チベットでの宗教の自由などについて懸念を表明したが、江主常は中国文明における宗教について15分間にわたり自説を述べただけで、大きな進展はなかった。また長官は獄中にある政治犯2000人の処分見直しを求めたが、中国側から前向きな反応はなかった。

国務長官は江主席との会談の際、クリントン大統領の訪中への期待を記した親書を手渡した。江主席は会談で「米中関係が近年、絶え間なく発展、改善する傾向にあるのは歓迎すべきことだ」と語った。

一方、国務長官は1989年の天安門事件以後に科した制裁の緩和を検討していることを明らかにした。制裁緩和という「アメ」を武器に今後、大統領訪中を成功させるためにWTO加盟だけでなく人権、ミサイル拡散規制など主要議題を軸に両国間で協議が本格化する。《共同通信》



4月30日 その日のできごと(何の日)