平成3030日目

平成9年4月25日(金)

1997/04/25

【大蔵省】日産生命保険に業務停止命令

大蔵省は25日午前、資産運用の失敗で経営に行き詰まっていた中堅生命保険会社の日産生命保険(本社東京、米本宏社長)に対し、保険業法に基づく業務停止命令と、業務と財産を保全する保険管理命令を発動した。同社は8月をめどに清算されるが、同省は日産生命の保険契約を全額保護し、保険契約をほかの生保各社や受け皿会社を設立して移管する方針。戦後の混乱期を除き生保が破たんし、業務停止命令が発動されるのは初めて。大蔵省によると、日産生命の債務超過額は約2000億円に達する。

大蔵省は業界団体の生命保険協会を業務・財産を保全管理する保険管理人に指定、破たん処理を進める。昨年4月の保険業法改正で導入した、上限2000億円の契約者保護基金制度も初めて適用する方向で、生保各社に対し資金拠出を要請するなど本格調整に入った。

三塚博蔵相は同日の衆院大蔵委で「保険契約者の不安がないよう万全の態勢をとる」と答弁、契約者保護を優先する方針を示した。大蔵省の命令に伴い、日産生命は新規契約の締結や解約などの業務は停止するが、保険金の支払い、既存契約の保険料受け取りなどの業務は継続する。

同社の経営破たんはバブル期に急増させた個人年金保険がその後の運用利回りの低下で高コストとなり、経営を圧迫したのが最大の要因。平成7年3月期決算で、他の中堅生保6社とともに赤字決算に転落。昨年3月期は相場の回復に伴い黒字を確保したが、9年3月期決算が大幅な経常赤字に転落する見通しとなり、株式の含み益など自己資本も底を突き経営の継続は困難と判断した。《共同通信》



【広島・黒田博樹投手】プロ初勝利

広島6-4巨人◇25日◇東京ドーム

広島のルーキー黒田が初登板完投勝利。140キロ台の速球とフォークボール、スライダーを効果的に配球、9奪三振の快投だった。

打線は四回、制球難の西山を攻略した。一死満塁の好機で黒田が押し出し四球。入来に交代した二死後、緒方の押し出し四球にロペスが左前打で続いて計3点。三回の野村の右翼2点本塁打と合わせ5-0とし、優位に立った。巨人はわずか1点で、勝率5割に逆戻り。《共同通信》

【ドジャース・野茂英雄投手】メジャー通算500奪三振

米大リーグ、ドジャースの野茂英雄投手は25日、マイアミのプロプレーヤー・スタジアムでのマーリンズ戦に先発したが、5回を3安打2失点で負け投手となり2敗目を喫した。

野茂は一回、先頭のカスティーヨから三振を奪い、大リーグ通算500奪三振を、グッデン(現ヤンキース)の61試合に次ぐ66試合の史上2位のスピード記録で達成したが、打線の援護がなく記念試合を白星で飾ることができなかった。

この日は立ち上がりから制球に苦しんだ。一回に先制点をもらったが、その裏、二死一、二塁からアルーに高めに入った甘い球を右中間三塁打されて逆転を許した。二回以降は走者を出しながらもマーリンズ打線に追加点を与えなかったが、六回から朴と交代した。ドジャースは10残塁の拙攻で、2−4で敗れた。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・自民党の加藤紘一幹事長は25日の参院議員総会で、敗北した秋田県知事選について「一生懸命やってもらったのであのくらいの差で済んだ。県庁問題があり、最後まで馬場が重かった」と陳謝。出席者から「あの候補では勝てない」と厳しい批判が飛び出すと「反省の糧としたい」とひたすら低姿勢を決め込んだ。その上に最近、衝突することが多い村上正邦参院幹事長が「せっかく幹事長がお見えだから…」とマイクの前に立つと、加藤氏の顔に緊張が走ったが、単に新人議員を紹介しただけで終わり、一転ほっとした表情に。

○・・・新進党の西岡武夫幹事長は、都内で開かれた友愛会の定期総会に出席したが、服部光朗会長から「新進党は支持率も低下し、ちょう落の一途だ」と猛烈に批判され、まさに針のムシロ。西岡氏は「今はどん底にある。結党の精神に立ち返り、改革の精神を目指す」と懸命に釈明。さらに「友愛会にお世話になりながら、期待にこたえられないでいることにじくじたる思いがある。今後とも精進したい」と頭を下げっぱなし。もっとも、友愛会が新進党支援の継続を決めたことから、反省の弁や頭を下げることぐらいはへっちゃら?《共同通信》

【橋本龍太郎首相】米・クリントン大統領と会談

橋本龍太郎首相は25日昼、ホワイトハウスでクリントン米大統領と約2時間半会談し、沖縄米軍基地の整理・縮小への努力や、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)見直し作業を促進するなど日米安保体制強化のための協力を進めることで合意した。在日米軍削減は現段階では論議しないものの、国際情勢の変化に応じて緊密に協議することで一致。

両首脳は日本が内需主導の経済成長を図り貿易不均衡改善に努力することを確認。また6月にも日米包括経済協議の枠内で規制緩和に関する協議を開始することで合意した。しかし大統領は日本政府の歳出削減策が対日貿易赤字を拡大させる恐れがあると懸念を表明、財政構造改革のための日本の歳出削減策をめぐり、日米対立の新たな火種となる可能性もある。

両首脳は朝鮮半島情勢安定のため、南北朝鮮と米国、中国による四者会談の早期実現が重要との考えで一致。しかし首相は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への食糧支援について、日本人拉致疑惑などを挙げ「日本国内の北朝鮮に対する世論には厳しいものがある」として現段階では困難との見解を伝えた。大統領も一「(北朝鮮側に)困難にする事情もある」と指摘したが、会談後の記者会見では「世界は北朝鮮を飢えから守る必要がある」と述べた。

沖縄問題で大統領は「(負担軽減のため)できるだけのことを行いたい」と表明。両首脳は普天間飛行場返還や一層の基地縮小など日米特別行動委員会(SACO)最終報告を着実に実施することを確認した。《共同通信》

【北朝鮮】軍事パレード

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は 25日、金正日書紀(人民軍最高司令官)が参加して朝鮮人民軍創建65周年を祝う閲兵式(軍事パレード)を行った。北朝鮮は餓死者が出るほどの危機的な食糧難にあるが、大規模な軍事パレードを実施し改めて軍事優先の姿勢を明確にした。北朝鮮での大規模な軍事パレードは1995年10月の朝鮮労働党総研50周年以来。

朝鮮中央通信によるとこの日の軍事パレードは人民軍陸海空軍部隊、各軍事学校、労働赤衛隊、赤い青年近衛隊などが参加。閲兵式開式を知らせる金英春参謀長の報告を受け、金正日書紀が手を高く上げ閲兵部隊に答礼を送った。しかし、金書紀は演説などはせず、空席となっている人民武力(国防)相の人事発表などもなかった。

軍事パレードでは人民軍最高司令官旗を先頭に、陸、海、空軍旗の護衛の中で故金日成主席の肖像旗が通過し、その後を各部隊が続いた。最高司令官としてひな壇に立った金正日書紀は部隊が通過するたびに右手を挙げ答礼。向かって左隣に並ぶ李乙雪元帥らと談笑するなど余裕を見せた。《共同通信》

【在ペルー日本大使公邸占拠事件】

フジモリ大統領「トンネルは自分の発案」

ペルーのフジモリ大統領は25日(日本時間26日)、NHKとのインタビューで、リマの日本大使公邸突入に使われたトンネル掘削が自分の発案だった、などと作戦の内幕を明らかにした。

大統領はトンネルについて「3カ月前から準備を進め、1カ月前には完全に出来上がっていた」とした上で、突入実行の時期をうかがっていたと説明。「21日の午前6時以降ならいつでもよかったが、この日は条件が整わず、22日の午前中も無線機で連絡を待っていた」と述べた。

突入の条件としては①トゥパク・アマル革命運動(MRTA)のセルパ、サルバドル両容疑者らが公邸の一階にいること②少なくとも10人のメンバーが一階でサッカーをしていること−などだったと明らかにした。22日の午後3時10分に無線連絡を受け、人質救出を命じた。

また、事前に突入を日本政府に通告しなかった点については「諜報活動の一部であり、多くは国家機密だった」などと述べた。《共同通信》

青木大使、公邸を視察

ペルーのフジモリ大統領は25日、青木盛久大使夫妻、池田行彦外相らとともにリマの日本大使公邸を視察、武力突入後、ペルー側が「管理」下に置いていた公邸を日本側に引き渡した。

青木大使夫妻は視察後、邸内から運び出した天皇、皇后両陛下と橋本龍太郎首相の額入り写真を掲げながら、大統領らと握手。さながら公邸人質事件の終幕セレモニーのようだった。日本外務省の警備担当者と警察庁から派遣の係官計22人が同日午後、現場検証を始めた。

大統領、大使一行は午前11時40分ごろ、公邸敷地内に。まず無数の弾痕なと、突入時の破壊の跡が生々しい外壁の様子を見たほか、兵士が突入に使ったトンネルの出口付近などを見回った。

大使は、脱出時に腰を痛めたため車いすで視察。同行のペルー政府筋によると、天井や壁の一部が崩れ落ち、窓ガラスやコンクリートの破片が飛び散った二階で、大統領自らが約20分にわたって突入の様子を大使夫凄、池田外相らに説明した。

大使は4カ月間の人質生活を過ごした自分の部屋に入り、脱出経路を再確認するようにテラスから外を眺めていた。約1時間の視察後、大統領は公邸前で「池田外相らと中の損害などを一緒に確認して引きした」と報道陣に説明した。大統領府専用のカメラマン以外、一般の報道陣は部内取材を許されなかった。

池田外相、大司教らに謝意

池田行彦外相は25日午前(日本時間26日未明)、リマ市内のホテルで、日本大使公邸人質事件の保証人メンバーだったシプリアニ大司教、カナダのビンセント駐ペルー大使、国際赤十字委員会のミニグ駐ペルー代表と会談、事件解決に向けた努力に謝意を表明した。また28日に帰国予定の外相が使うチャーター機には、解放された日本人人質も同乗することが決まった。

外相との会談で、シプリアニ大司教は「一人の犠牲者も出ずに、事件が解決することを神に祈っていた。犠牲者が出たのは残念だ」としながらも、「(事件解決で)自分としても安どの気持ちを持っている」と述べた。外相は「保証人委の努力がなかったならば救出作戦の成功はなかった」と労をねぎらった。会談には、保証人委のオブザーバーだった寺田輝介現地対策本部顧問(駐メキシコ大使)も同席した。《共同通信》



4月25日のできごと