平成3027日目

平成9年4月22日(火)

1997/04/22

【在ペルー日本大使公邸占拠事件】武力突入

リマの日本大使公邸人質事件で、ペルー陸軍、海軍と国家警察の特殊部隊約140人は22日午後3時23分(日本時間23日午前5時23分)、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループが立てこもっていた公邸に突入、人質72人のうち、青木盛久・駐ペルー大使ら日本人人質24人全員と日系人全員を含む71人を救出した。

作戦でリーダーのネストル・セルパ容疑者ら武装グループ14人全員が殺害され、ペルー人人質のジュスティ最高裁判事が銃撃を受けて負傷し、その後、心不全で死亡、特殊部隊の2人が死亡した。日本政府現地対策本部によると、日本人人質のうち1人が骨折し、15人が軽傷を負ったが、白昼の大胆な作戦は奇跡的な成功を収めた。

事件は昨年12月17日(同18日)の発生以来、127日目にペルー政府による強行突入で一挙に解決した。

フジモリ大統領は武装グループがほぼ鎮圧された22日午後4時すぎ、現場に乗り込み、「作戦は成功した。テロリストに絶対に屈しないという模範を世界に示した。これ以外に方法はなかった」と、笑顔で記者団に述べ作戦の成功を宣言した。大統領は作戦を目ら命じたものの、事前に日本政府に通告していなかったことも明らかにした。

ペルー政府は平和的解決を目指し、保証人委員会を設置、武装グループと交渉を続けたが、収監中のメンバーの釈放などで難航。事件長期化で人質の疲労も極限状態に達したため、突入に踏み切った。保証人のシプリアニ大司教らが調停を続けていた中の強行突入は、今後論議を呼ぶ可能性がある。

ペルーの古代遺跡の名から「チャビンデワンタル作戦」と名付けられた作戦は大きな爆発音とともに公邸屋上などに潜んでいた特殊部隊員が一斉に発砲して開始。公邸外に隠れていた完全武装の部隊が一気に突入。自動小銃の発射音や手投げ弾とみられる大きな爆発音が繰り返し響き、白煙が上がる中、人質らが次々に救出され、警察病院、陸軍病院などに搬送された。作戦は約37分で終了した。

地元ラジオによると、武装グループの一部は、部隊が突入した時、公邸の一階ロビーでサッカーをして遊んでおり、油断を突かれた。

武装グループは昨年12月17日夜、天皇誕生日の祝賀パーティーが開かれていた公邸を襲撃、日本大使館員、日本企業関係者、ペルー政府要人らゲスト多数を含む約600人を人質に立てこもった。その後、女性や高齢者を解放、ペルー政府との予備的対話を開始。フジモリ大統領がキューバなどを訪問して、武装グループの出国先を確保するなど、交渉による解決の努力が重ねられていた。《共同通信》

大きな爆音とともに日本大使公邸の北側の壁で突然、白煙が空に噴き上がった。22日午後3時23分(日本時間23日午前5時23分)、公邸屋上などに隠れていた軍の特殊部隊員が、換気口とみられる穴に向け一斉に発砲した。自動小銃の音がこだまする。邸外に待機していた完全武装の部隊も一斉に突入した。はいつくばるように次々と邸外に出る人質たち。みな元気そうだ。30分余りの救出劇だった。

青木盛久大使が無事を誇示するように手を振った。何本もの煙がもくもくと上がる公邸の屋上で、右手を高く上げるペルーの特殊部隊員。勝利を宣言するかのように隊員らは赤と白のトゥパク・アマル革命運動(MRTA)の旗を引きずり下ろし、「ビクトリア、ビクトリア」(勝利)と叫んで、突入作戦の成功を祝った。

午後4時(同6時)前、126日間にわたって立てこもっていたMRTAのメンバーを制圧した兵士らは、公邸の周囲でペルー国歌を斉唱し全身に喜びを表した。

担架で次々と運ばれる負傷者を運び出す救急車。外には多数の部隊員。

黒い防弾チョッキ姿のフジモリ大統領が公邸前に姿を見せ、人質と抱き合って解放を喜び、バスに乗り込む一人ひとりと握手した。大統領は午後4時半すぎ、公邸前で右手を大きく振り上げ、完全武装の兵士を激励した。軍のトラックからは大音響の音楽が流れ、上空にはパラグライダーの隊員の姿。

「大統領、大統領」と、突然の武力制圧に驚き、公邸周辺に集まった群集が声を掛ける。救急車が続々と到着、救出された人質約50人は警察病院に運ばれ、医師や看護婦が病院外にまで出て、けが人の介抱に当たった。《共同通信》

「わたしの人生も終わりだと思った」。ペルーの日本大使公邸人質事件で無事救出された青木盛久大使は22日夜の記者会見で、一時は死を覚悟しながら生還した喜びを語った。

会見に臨んだ青木大使は、青いシャツにスラックス姿。脱出の際に腰などを痛めたため車いすに座り、右ひじには白い包帯が巻かれていた。少しやつれた様子だが、好きなたばこをふかしながらしっかりとした声で報道陣の質問に答えた。

銃撃戦が始まった時は「これでわたしの人生も終わったな、と思った。まさか、私たちの結婚記念日にフジモリ大統領からこのような(救出という)プレゼントをもらうとは思わなかった」と述べた。

無事解放された日本人人質や家族、会社の同僚ら100人近くは22日午後6時すぎ、リマ市内の日本大使館に集まり、喜びをかみしめた。夫に対面した妻はロ元を押さえたきり、泣き崩れた。「けががなくてよかった」と肩を抱き合う人質も。大使館はビール、ジュースや軽食を用意したが、涙を流す人質たちは手を付けようとしなかった。《共同通信》



【オウム裁判】井上嘉浩被告、教団の教義は「悪魔の技」

オウム真理教元幹部井上嘉浩被告(27)は22日、東京地裁で開かれた公判で意見陳述し、一連の犯行に導いた教団の教義について「悪魔の技としか表現しようがない」と指摘した。松本智津夫被告(41)の公判に証人出廷し、松本被告の姿に接したことからそのような結論に達したとし「本当に大ばか者でした」と自分を悔いた。

意見陳述は裁判官が人事異動で交代したことに伴う公判の更新手続きの中であった。黒いスーツ姿の井上被告は約15分間にわたり、メモを持った手を震わせながら陳述した。

井上被告は「逮捕直後は松本氏の教えを完全に否定し取り除くすべがなかった」と告白。その後、両親からもらった仏教の本を読み、法廷でも井上被告を意のままに操ろうとした松本被告を見て「本来の仏教とは根本的に違う松本氏の教えが原因で自分は変化した」と考えるようになったという。

教義は「自分を空っぽにして、そこへグル(教祖)からデータをコピーしてもらい、クローンとなることによってのみ、救われるとした」と陳述。仏教が「現実世界の中に存在の本質を自覚し、解脱する」のに対し、「松本被告は、存在の本質を知るのは最終解脱者の特権とし、現実世界を全否定した」と述べた。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・橋本龍太郎首相は22日の衆院環境委員会で、社民党の秋葉忠利氏から「環境保全と開発と、どちらを優先するか」と厳しく迫られ「環境保全に適切な配慮が行われ、開発が行われるべきだ」と型通りの答弁でかわそうとした。秋葉氏は長崎県・諫早湾の干拓事業で「ムツゴロウが絶滅の危機にひんしている」と食い下がったが「自分の目で見たことがない。的確な意見を述べる資格はない」などと逃げに終始。沖縄基地問題を契機に関係がぎくしゃくしているものの、与党の枠組みにとどまっている社民党議員の質問だけに、議論好きの首相も全面激突は避けたい様子。《共同通信》

○・・・自民党の野中広務幹事長代理はこの日の役員連絡会で、新進党に敗れた秋田県知事選に触れ「地元国会議員が選挙のヤマ場に東京にいた」「(自民党の)衆参国会議員が応援に行っている中で、異常な感じがした。反省しなくてはならない」と、複数の議員名を挙げ地元議員の熱心さが足りなかったのが敗因の一つとかみついた。知事選応援で空席が目立つ先週の衆院本会議場などで地元議員の姿を見かけたことが発言のきっかけのようだが、議員の務めである本会議出席を批判するあたり、選挙を取り仕切る野中氏の八つ当たり?《共同通信》

【野村証券】新社長に氏家純一氏

総会屋親族企業に対する不正利益供与事件を起こした野村証券は22日、経営責任を明確にするため、鈴木政志会長兼社長(61)が5月1日付で代表権のない会長に退き、氏家純一常務(51)が社長に昇格する首脳人事を決め、正式発表した。外村仁副社長ら代表権を持つ9人(副社長5人、専務4人)を含む15人の取締役は4月30日付で一斉に退任する。

同社の取締役は現在38人だが、約4割が入れ替わる大刷新で、今月末までに新任役員候補を含めた新しい経営陣が固まる。

鈴木社長は記者会見で、「会社創業以来の難局で社の現状は緊迫している。氏家常務は変革のリーダー役を果たせる人物だ」と述べ、氏家氏は「(総会屋、暴力団などの)反社会的な勢力と決別し、明確なルールにのっとった信頼性の高い経営体制を一刻も早くつくらなければならない」と、抜本改革への意欲を表明した。

氏家氏はこれまで、主に国際部門の仕事に携わり、今回の不祥事で問題になった総務部の関連業務と関保が薄かったことも社長抜てきにつながったとみられる。

野村証券は3月の事件公表後、酒巻英雄前社長が引責辞任し、鈴木会長が社長職を兼務して1カ月しかたっていないが、批判が予想以上に大きく、社債引受けなどで野村証券外しの動きが加速している。このため若手常務の社長抜てきを核とする異例の人事刷新を断行し、失墜した信頼の回復と経営体制の立て直しを急ぐことにした。《共同通信》

【マラソン・有森裕子選手】タレント活動開始

“プロ宣言”していたマラソンの有森裕子選手(30)は22日、契約先のリクルートS&C室を通じ、CM出演などのタレント活動を開始すると発表した。同選手は現役のままでの自由な活動を求めており、今週中にも選手登録を申請する。日本オリンピック委員会(JOC)と日本陸連の間で進行中の協議の結果を得たずに、プロ活動を見切り発車する形となった。

米国滞在中の有森選手は、リクルートを通じて①走ることを生かした中で、広告やイベント、講演などへの出演活動を始める②新たに創設するリクルートACの選手として競技者登録を申請する③JOCと日本陸連の協議が、選手が主体性を発揮できる方向に進むことを期待する−と述べた。

リクルートS&C室の古西宏治課長は、JOCと日本陸連の協議が続いている中でのタレント活動開始宣言について「当初は3月末にも結論が出ると思っていたが、協議は長引くと聞いた。有森は今のタイミングでの始動を望んだ」と説明。また同課長は「有森は現役のままでの活動にこだわっている。選手登録が受理されない場合でも、受理されるよう求めていく」との考えを示した。

日本陸連の佐々木秀幸専務理事は、有森の選手登録が現在は切れているため「今、タレント活動を行うことには問題がない。ただ、新たな選手登録を受理するかどうかは分からない」と述べ、今後の対応に戸惑いを示した。

有森が求めていた自由なタレント活動については①日本陸連の選手規定に反する②JOCの協賛企業以外へのCM出演を禁じている「がんばれ! ニッポン!」キャンペーンの原則に抵触する−などの理由で、JOCと日本陸連で協議していた。

日本陸連では「申請された選手登録を受理せず、しばらく保留する。保留期間中はタレント活動は自由」との妥協策も検討していたが、日本陸連、有森側とも「そうした裏約束はない」と否定した。《共同通信》



4月22日のできごと