平成2913日目

平成8年12月29日(日)

1996/12/29

【在ペルー日本大使公邸占拠事件】

橋本首相「楽観はできない」

政府は29日、大使公邸人質事件でペルー政府がゲリラのトゥパク・アマル(MRTA)側と直接交渉を開始したことを「フジモリ大統領の努力が効果を出したもの」と評価している。ただなお多数の人質が残っていることから「今後は一層慎重にことを運ばなければいけない」として、ペルーをはじめ関係各国との連携をさらに強化し、平和的解決を目指す方針だ。

橋本龍太郎首相は外務省で池田行彦外相らと今後の対応を協議した後、記者団に「楽観はできないが、短期決戦になることを期待している」と事件が平和裏に解決することに期待を表明。その上で「テロに屈しないという基本路線を変えるつもりはないが、人質の安全な解放をする努力をすることにも変わりはない」と従来の方針堅持を強調した。

政府は、MRTAが今回発表した声明で初めて大使公邸からの「撤収」という表現を使用したことに注目。首相も「対話を求めてきているように思われる」と指摘するなど、ゲリラ側に微妙な変化が生じていると分析している。

先進7カ国(G7)とロシアが発表した声明に見られるように、各国が強行策を回避したいとする日本と足並みをそろえつつあるとの認識で、「欧米を含めて政府レベルで同じ考えに集約できたことは大きい」(首相)と自信を深めている。引き続き国際社会との協調で事態の打開を図る構えだ。

一方で、ペルー政府や日本大使館の関係者、日本企業幹部は人質のままで「ゲリラは人質の利用価値を考えて解放しており、巧妙なやり方をしている」(外務省筋)とMRTAの基本姿勢に変化はないと警戒する見方も強い。「人質全員解放の方向で急に動くかどうかは予断をもって見るべきではない。厳しい状況が続いている」(橋本報道官)として長期戦覚悟の姿勢は依然、変えていない。《共同通信》

橋本首相、フジモリ大統領に親書

橋本龍太郎首相は29日、ペルーの大使公邸人質事件で、パレルモ教育相が初めて大使公邸に入りトゥパク・アマル革命運動(MRTA)との直接交渉を始めたことについて「フジモリ大統領の取ってきた方向が一つの効果を挙げ、直接の対話までこぎ着けた」とペルー政府の姿勢を評価し、今後、事態打開に進展することに強い期待感を表明した。さらに「(MRTAの)声明を読んでも、対話を求めてきているように思われる」との見方を示した。

28日午後に解放された日本企業関係者が伝えた首相あての要請文に関しては「冷静に(公邸内での)厳しい情勢を伝えている」「手紙を見るのはつらい。ゲリラがチェックすることを計算に入れて書かれた手紙だろうが、そこにあるのは重苦しいものだ」と述べた。首相は要請文を踏まえ、フジモリ大統領にあてた親書を29日送った。《共同通信》



【江陵浸透事件】北朝鮮、事実上の謝罪

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)外務省スポークスマンは29日、潜水艦侵入事件について平壌放送と朝鮮中央通信を通じ「甚だしい人命被害をもたらした事件に深い遺憾を表する」との声明を発表した。声明は事件の再発防止に努力し朝鮮半島の平和のため、ともに尽力するとも表明した。

韓国に対する北朝鮮の事実上の公式謝罪声明で、韓国政府は、要求していた①遺憾表明②再発防止の約束③朝鮮半島の平和に努力–の3点が盛られているとして歓迎の声明を出し、今年9月に発生した事件は3カ月余りで収拾した。

米韓両政府は朝鮮半島情勢が事件前の状況に戻ったとみなし、朝鮮半島和平のための南北朝鮮と米中による四者会談に向けた米韓合同説明会開催など、緊張緩和に向けた動きが年明けに具体化することが確実になった。

聯合通信によると、米朝両国は説明会開催で原則合意しており、早ければ来年1月にも開催される。事件で凍結されていた朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の軽水炉提供事業や食糧支援など、北朝鮮をめぐる日米韓三国交渉や接触も再開される見通し。

韓国政府は、北朝鮮が声明で「朝鮮半島の平和のため、ともに尽力する」としたことを説明会参加の意思を示唆したと受け止め、説明会の場を活用し、事件前から冷え込んでいた南北直接対話再開への糸口を見つけたい考えだ。

外交筋によると、北朝鮮は声明発表前の28日にニューヨークで行った米国との実務協議で、遺憾声明の内容と、韓国軍の捜索で射殺された潜水艦乗組員らの遺体を板門店を通じて韓国側から受け取ることで合意した。韓国政府は年内にも遺体を送還する見込み。

事件後、北朝鮮は米国との直接交渉に臨んだが、当初は「エンジン故障による漂流」と主張し「謝罪」を強く求める韓国と対立していた。11月下旬のマニラでの米韓首脳会談を機に韓国が「遺憾表現でも謝罪とみなす」と譲歩し、今月9日からの米朝実務協議で、表現や声明の主体、発表の方法などをめぐり詰めの協議を続けていた。《共同通信》



12月29日のできごと