平成2402日目

平成7年8月6日(日)

1995/08/06

【オウム真理教】「第6サティアン」を公開

オウム真理教は6日、教祖の麻原彰晃被告(40)が逮捕時に隠れていた山梨県上九一色村の教団施設「第6サティアン」の2、3階部分を報道陣に初めて公開した。

教団の説明によると、麻原被告は逮捕時、建物2階の角にある倉庫の出っ張り部分の壁の石こうボードをはずし、縦1.8メートル、横2.3メートル、高さ60センチの“隠し部屋”に潜んでいた。“隠し部屋”そのものは公開されなかったが、倉庫は信者が自由に出入りできる場所で、現在も古くなった机やパソコンなどが床に置かれている。

教団は最近各施設を順次公開しているが、解散請求などを突き付けられている教団への批判をかわす狙いがあるとみられる。《共同通信》



【広島】原爆投下から半世紀

原子爆弾が史上初めて投下された広島は6日、「原爆の日」を迎えた。核時代の幕を開けた悲劇から50年。爆心近くの広島市中区・平和記念公園では「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が午前8時から営まれ、過去最高の約6万人が世代や国境を超えて参列、半世紀にわたり24万人を超える犠牲者に鎮魂の祈りをささげた。

式典には村山富市首相、衆参両院議長、最高裁長官が初めてそろい、国連からもリード事務総長特別代表が参列。アジア6カ国と全都道府県から被爆者が招かれた。

昨年に引き続き参列した村山首相はあいさつで「核保有国の核軍縮努力は重要な課題」とし、中国やフランスに核実験停止を働き掛けると強調。「高齢化が進む被爆者の援護施策に努力する」と述べた。《共同通信》

【村山富市首相】原爆養護ホームを訪問

6日広島市で開かれた平和記念式典に参列した村山富市首相は式典後、同市東区の原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を訪問した。

同ホームには広島県内の被爆者100人が入園しており、入園者の平均年齢は84歳。村山首相は平岡敬広島市長から同ホームの概要について説明を受けた後、井出正一厚相らと各部屋を慰問。「お元気ですか」「お大事にしてください」などと被爆者らに声を掛けた。

妊娠中に爆心から約2キロの自宅で被爆した内藤羽満恵さん(89)が、首相から花束を受け取った際、「核兵器がないようにお願いします」と涙を流しながら訴えると、村山首相は大きくうなずいていた。《共同通信》

【自民党・河野洋平総裁】厳しい局面に

自民党の河野洋平総裁は6日、東京都内の事務所で森喜朗幹事長と会談したのをはじめ、粕谷茂組織広報本部長、堀内光雄総務局長、麻生太郎副幹事長ら側近議員と連絡を取り合い、内閣改造をめぐる7日の3党首会談に臨む基本姿勢について意見交換した。

河野氏は外相辞任を求める立場をあくまで主張し、村山富市首相が自民党総裁選と絡めて理解しているのは誤解だと説明する構えだ。しかし首相が公式の記者会見で河野外相の留任を明言したことから、河野氏が外相辞任の基本方針をどこまで貫けるかどうか、河野氏軟化の見方が流される中で、厳しい局面を迎えた。

粕谷氏は同日夜、旧河本派の坂本三十次氏を訪ね、河野氏の立場への理解を求めた。その後、記者団に「これは経世会(旧竹下派)が復活するかどうか(の戦い)だ」と述べ、旧竹下派の流れをくむ旧小渕派が総裁選での「反河野」の立場で外相辞任阻止を仕掛けているとの見方を示した。

河野氏は堀内、麻生両氏と都内のレストランで会談し「(外相辞任を求めるとの)当方の方針に変わりはない。明日の3党首会談では同じことを言う」(堀内氏)ことを確認した。

しかし河野氏に近い自民党幹部は「優先順位は三塚博幹事長の実現と森氏の処遇、そのあとが外相を外れるという順番だ。最後になれば外相に留任することもある」との見通しを示した。《共同通信》

【ベトナム・ハノイ】米大使館が開館

ベトナムとの歴史的国交樹立を5日実現した米国のクリストファー国務長官は6日、ハノイ市内にある米連絡事務所を大使館に昇格させる開館式に出席した。大使館のオープンで、ベトナムでの米外交活動が本格的に始動した。

連絡事務所でこれまで掲げられていた星条旗は大使館に新設されたポールにあらためて掲揚し直された。開館式典で、レ・マイ外務次官らベトナム側当局者も含めた関係者を前にあいさつした長官は、大使館開設が「米国が引き続きアジア太平洋地域に関与していく」あかしであると意義を強調した。

長官はこの後、共産党本部を訪問し、ド・ムオイ書記長と会談した。さらにボー・バン・キエト首相とも会談し、経済関係の拡大やベトナム戦争当時の行方不明米兵(MIA)問題などについて協議する。《共同通信》

【クロアチア軍】クライナ全域を制圧

セルビア人勢力の支配地域クライナに進攻したクロアチア政府軍は、進攻3日目の6日、クライナ南部の制圧に続き、同勢力の抵抗が強かったペトリニャなど北部の軍事拠点も相次いで陥落させ、ほぼ全地域を制圧した。国防省当局者は「作戦、戦術上の任務は事実上終了した。“クライナ・セルビア人共和国”は消滅した」と述べ、早ければ7日にも進攻作戦の完了を宣言する見通しを明らかにした。

進攻作戦は開始から3日目でほぼ終了したが、隣国のボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人勢力支配地域などに逃れた住民の数は、国連当局者によると15万人にも達する見込みで、ボスニアは新たな難民問題を抱え込むことになった。

今回の進攻作戦により、クロアチアのセルビア人勢力の戦闘員の大半はボスニアへ越境したとみられ、ボスニア紛争にも新たな火種を持ち込む可能性が出てきた。《共同通信》

1991年以降セルビア人勢力が支配していたクロアチアのクライナ地方を制圧したクロアチア軍と同勢力は6日夜、同勢力の武装解除と戦闘員の国外退去を盛り込んだ停戦協定に調印した。これによりクライナ進攻はセルビア人勢力の「全面降伏」で4日早朝の攻撃開始以来、3日目で決着した。

クロアチア政府は、国際社会の「警告」を無視してクライナ進攻に乗り出し力づくの勝利を得た。米国、ドイツなど有力国は、クロアチアの武力による領土奪回を事実上黙認することになりそうで、旧ユーゴスラビア紛争は新たな局面に入った。

しかしクロアチア軍の進攻で4日以来、15万−10万人規模のセルビア人住民がボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人勢力支配地域に流入しており、深刻な難民問題を新たに生み出している。《共同通信》

8月6日のできごと