平成2333日目

平成7年5月29日(月)

1995/05/29

【貴乃花関、河野景子さん】挙式、披露宴

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大相撲の横綱貴乃花光司関(22)=二子山部屋、東京都出身=と元アナウンサーの河野景子さん(30)が29日、日本相撲協会の出羽海理事長(元横綱佐田の山)夫妻の媒酌で、東京都内で挙式、披露宴を行った。

午後2時30分から、明治神宮で親族などが出席して結婚式を挙げ、午後6時半からはホテルニューオータニに約1000人の招待客を集めて、披露宴が華々しく開かれた。

披露宴に先立って行われた記者会見では大銀杏に紋付き羽織はかまの貴乃花関が「思い出深いところで、実感がわいてきた」、白無垢姿の景子さんが「感激しました」と、新横綱の土俵入りをした明治神宮での挙式の感想をうれしそうに話した。

既に5月1日に入籍は済ませており、将来は「いつでも笑っていられるような明るい家庭」(貴乃花関)「横綱が相撲に専念できる家庭」(景子さん)をつくりたいという。しかし、新婚旅行の話題には貴乃花関は一「相撲をやっている間は難しい。年をとってから行ければいいと思います」とこの時ばかりは少し寂しそうだった。

貴乃花関 (明治神宮は)土俵入りをやったところで思い出深く、(結婚の)実感がわいてきました。これからずっと、何があっても二人で一緒に乗り越えていくことを誓いました。

景子さん 横綱の仕事は大変なので家ではほっとできるような空間をつくりたいと思います。横綱は本当に頼りになります。両親には、何の不安もありません、しっかり幸せな道を歩んで行きますと言いました。《共同通信》



【サハリン北部地震】死者2000人に

ロシア極東サハリン州当局者は29日、サハリン島北部を襲った大地震によって、ネフチェゴルスクなどで死者が約1500人に達し、負傷者は約1000人に上った、と語った。グレビッチ同州副知事は同日、これまでに約300人の住民を病院に収容したと発表した。今回の地震では、住民約3000人が生き埋めになったが、タス通信は、同日までに少なくとも650人が生存していると伝えた。数百人が生き残っているとの目撃証言もある。

ロシア政府の対策委員会議長、ソスコベツ第一副首相は、犠牲者が3000人に上る可能性にも触れ、ロシアでは「史上最悪」の震災になる恐れもあるとしている。また被害は同州北部の産業基盤も直撃、極東の経済動脈の石油イプラインに及んでいるとの情報もあり、環境汚染などの懸念も出ている。

政府が29日までに事実上の政府総動員態勢を敷き、事態の掌握と救援作業に本格的に乗り出したのに一伴い、犠牲者がさらに増える恐れがある。

ソスコベツ第一副首相は現地時間29日午前、州都ユジノサハリンスクに到着、救援・復旧の陣頭指揮を執る。これに先立ちショイグ非常事態相が現地入りし、対策に当たっている。

ネフチェゴルスクはじめ、被災地では空と陸からの捜索、救援活動が29日、本格的に始まり、州都から医薬品やテントなどを大量に輸送、さらに生存者を医療施設に収容する緊急輸送作戦も始まった。しかし被災地がサハリン最北の遠隔地で、通信事情も悪く、濃霧に阻まれて活動は難航している。

インタファクス通信によると、オホーツク海沿岸のオハとネフチェゴルスク間90キロのパイプラインの15カ所に地震の影響で亀裂が入ったほか、石油タンクから石油が流出している。

同通信が、同州の「サハリン海底石油ガス」社の話」として伝えた。グレビッチー副知事は「そうした兆候はない」と汚染被害を否定している。

しかし、同社は被災地帯の油井すべてが破壊されたとしており、日本などとの国際協力による石油・天然ガス開発の対象地域であるオホーツク海大陸棚の掘削地や、鉱脈自体にも被害が及んでいる恐れもある。

サハリン州は極東地域の90%以上を占める産油地帯で、1993年には156万トンを産出した。《共同通信》

ロシア極東サハリン州北部を襲った大地震で、大きな被害を出したネフチェゴルスクでの救助作業を指揮するため現地入りしジョイグ非常事態相は29日、約2500人ががれきの下敷きになっており「死者数は少なくとも2000人に達した」と述べた。人口約3200人の同市はほぼ完全に崩壊、最悪の場合、死者数は2500人に上る可能性があるという。《共同通信》

【村山富市首相】“新3党合意”6月10日を目途に策定へ

村山首相は29日の政府与党首脳連絡会議で、昨年6月の与党「3党合意」に代わる新たな政策合意づくりについて「(6月)10日ごろまでに固めてほしい」と要請、6月15日からの先進国首脳会議(ハリファクス・サミット)までに策定する方針を確認した。与党政策調整会議で原案づくりに着手する。《共同通信》

【政界談話室】

○…村山首相は29日、朝一番に記者団からロシアのサハリン地震について質問を受けると「実態をよく把握していないけど、物資や(国際)緊急援助隊の用意はしている」とさらりと答え、素早い対応ぶりを披露した。その後も、与党三党首会談や政府与党首脳連絡会議が終わるたびに「(現場は)情報が取りにくい場所らしい」「(被害の)情報が集められないらしい」と記者団に話しかけ、強い関心を示した。阪神大震災では情報収集や初動態勢の遅れを批判されただけに、ひとごととは思えない心の内がありあり。

○…新進党の海部党首はこの日、細川元首相が党首脳会議に顔を見せると「きのう岐阜市で開かれた政策対話フォーラムで細川さんと間違われましたよ」と切り出した。「足の不自由な御婦人から声を掛けられたんですが、近寄ってきたら“細川さんじゃないんですね。すいません”と言われたんですよ。あなたみたいな美男子と間違われちゃいかんな」と愚痴ともつかぬ口調で、相手の反応をうかがった。

しかし依然根強い人気の余裕からか、細川氏は苦笑いしただけで軽くいなし、人一倍人気に敏感な海部さんの独り相撲で幕。《共同通信》

【大阪府・横山ノック知事】初の所信表明演説

大阪府の横山ノック知事が29日午後、初めて所信表明した府議会。議員席から痛烈なやじも飛んだが、横山知事は「やじは議会の花、大いに結構」と余裕をみせ、圧倒的な野党を前にまずまずの初舞台を終えた。傍聴席の市民の間には「抽象的」と不満の声もあった。

議長から「知事、山田勇君」と本名で呼ばれた横山知事は、緊張した面持ちで用意した原稿を読み上げた。約20分間の所信表明が終わると、拍手に混じって「こんなもの所信表明やない、だれが書いたんや」といった声も府議の間から聞かれた。本会議の散会後、横山知事は「一生懸命やりました」と感想を述べた。

この日、横山知事の所信を聞こうと傍聴席に府民約150人が駆け付けた。大阪市内に住む無職の男性(84)は「長くて抽象的で本当の知事の声とは思えない」と厳しい採点をしていた。《共同通信》

【松本サリン事件】実行犯に遠藤誠一容疑者

地下鉄サリン事件で逮捕されたオウム真理教幹部が、昨年6月に長野県松本市で起きたサリン事件の実行グループに教団の「厚生省大臣」遠藤誠一容疑者(34)=殺人、同未遂容疑で逮捕=が加わっていた、と供述していることが29日までに分かった。供述によると、犯行にはレンタカーが使われたという。

警視庁など捜査当局は、遠藤容疑者が現場でサリンを仕掛けた疑いが強いとみて、地下鉄サリン事件の取り調べが終わり次第、同容疑者を追及、裏付けを急ぐ。

これまでに教団「化学班」責任者土谷正実容疑者(30)=殺人容疑などで逮捕=が「松本サリン事件に使われたサリンを製造した」と供述したことが判明しているが、実行犯として教団幹部の名前が浮上したのは初めて。松本事件がオウム真理教による組織的犯行である疑いが層強まった。

供述によると、遠藤容疑者は松本サリン事件の実行犯グループの一人で、昨年6月27日夜の事件の際、現場でサリンを発生させた実行行為に関与した。捜査当局は、他のオウム教絡みの事件でも教団幹部が実行グループに加わっている上、遠藤容疑者がサリンの扱いに詳しいことから、同容疑者が現場でサリンを仕掛けた疑いがあるとしている。《共同通信》

【東北新幹線・盛岡―八戸間】フル規格で起工

東北新幹線盛岡―八戸(青森県)間(96.5キロ)のフル規格工事の起工式が29日午後、盛岡市みたけの盛岡新幹線運転所内で行われた。総工費4550億円をかけ、平成13年ごろに完成する予定。

起工式には塩田澄夫日本鉄道建設公団総裁、松田昌士JR東日本社長ら約100人が出席。塩田総裁が「新幹線は首都圏と地方中核都市を結ぶ大動脈。国土の均衡ある発展に寄与することを期待します」とあいさつ。この後、盛り土に松田社長、増田寛也岩手県知事、木村守男青森県知事らがくわ入れした。

盛岡−八戸間のフル規格工事が着工したことについて増田岩手県知事は「北東北全体の開発に弾みがつく」と期待を表明。木村青森県知事も「両県にとっても、産業、経済、文化などに多大の効果をもたらすと期待している」などと述べた。

盛岡以北の東北新幹線は盛岡―八戸間のうち、沼宮内(岩手県)−八戸間(65.5キロ)のフル規格工事が3年11月に着工。残る盛岡−沼宮内間も当初の在来線を利用したミニ新幹線から、昨年末の整備新幹線の政府見直しでフル規格に格上げされた。

一方、八戸−青森間のミニ方式は白紙撤回されており、今後は同区間のフル規格での建設促進や岩手、青森両県知事が受け入れた青森−八戸間の並行在来線のJRからの経営分離問題が課題となる。《共同通信》

【作家・山際淳司さん】死去

作家でNHKスポーツキャスターの山際淳司氏が29日午前2時43分、肝不全のため東京都港区の病院で死去した。46歳。神奈川県出身。

中央大学法学部卒。昭和55年、前年の日本シリーズ広島対近鉄第7戦九回裏の攻防を描いた「江夏の21球」でデビュー。翌56年には「スローカーブをもう一度」で第8回日本ノンフィクション賞を受賞した。

主にスポーツを題材にしたノンフィクション作品を執筆、ノンフィクション界に新しい息吹を吹き込んだ。その後、小説なども手掛ける一方、民放ラジオのキーマスターなどを務め、多才ぶりを発揮。最近はテレビキャスターとして今月14日までNHK「サンデースポーツ」に出演し、幅広いファンを獲得。スポーツブームの担い手の一人だった。《共同通信》

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