平成2008日目

平成6年7月8日(金)

1994/07/08

【向井千秋さん】宇宙へ

日本初の女性宇宙飛行士向井千秋さん(42)を乗せた米スペースシャトル「コロンビア」が米東部夏時間、8日午後(日本時間9日未明)、ケネディ宇宙セーンター(フロリダ州)から打ち上げられた。

コロンビアは順調に上昇し、個体ロケットブースター、外部燃料タンクを次々に切り離して地球周回軌道に入り、打ち上げは成功した。向井さんにとって、宇宙飛行士として宇宙開発事薬団に採用されて以来、9年間待った初飛行。日本人としては1990年12月の東京放送(TBS)記者の秋山豊寛さん、92年9月の毛利衛さんに続いて3人目。女性としては世界で25人目となる。

向井さんは13カ国が参加する第二次国際微小重力実験室(IML2)の搭乗科学技術者として、6人の同僚飛行士とともに生命、材料など82の実験を実施。将来の有人宇宙時代に向け、どんな体験がもたらされるのか期待される。同事業団は向井さんの飛行の成果を97年から建設が始まる国際有人宇宙基地に向けた備などに反映、本格的な宇宙活動に備える計画だ。予定飛行時間は2週間で地球を219周する。《共同通信》

米スペースシャトル「コロンビア」で宇宙へ旅立った女性宇宙飛行士向井千秋さん(42)は打ち上げ2時間半後の8日午後3時10分(日本時間9日午前4時10分)ごろから早速、船内で作業を開始した。

宇宙からの第一声が地上に届いたのは、同午後3時半ごろ。「ヒューストン、こちらコロンビア。IML2(第二次国際微小重力実験室)のミッドデッキ実験についてです」と向井さん」が呼び掛けた。

ヒューストン(テキサス州)にあるジョンソン宇宙センターの飛行管制センターが「どうぞ、コロンビア」と応じると、向井さんは「はい、APCFの両方のユニットを起動しました」と作業状況を報告した。向井さんはこの後、スペースラブ(宇宙実験室)に入り、実験準備に取り掛かった。《共同通信》



【大相撲名古屋場所】6日目

大相撲名古屋場所6日目(8日・愛知県体育館)大関貴ノ花は、関脇武双山を攻め切れず、寄り倒しに屈して早くも2敗目。場所後の横綱昇進が厳しい状況になった。大関若ノ花は関脇琴錦を送り出し、武蔵丸は智ノ花を一方的に突き出しともに6連勝。貴ノ浪は初顔の浜ノ島の寄りに完敗して2敗目を喫した。全勝の2大関を追う1敗は、平幕の琴の若1人になった。十両は立洸が6連勝で単独トップ。《共同通信》

【政界談話室】

○…自民党の山本富雄参院幹事長は8日の党役員会で永野日経連会長の米価据え置き批判発言に言及。「農業も産業の一環だ。景気が十分回復していない中で労働者の賃上げは当然だといわれている。労働者の一人である農民に対し、基本米価に手を入れて考えるのは当然だ」と日経連の考え方を批判。野党時代の自民党への財界の冷淡な態度がよほど腹に据えかねていたのか「一方的に、自社体制が歴史の歯車を逆転させると言われたことは極めて遺憾だ」と憤まんやるかたなしといった様子。再び政権を握って財界への反撃開始といったところ。

○…新党さきがけの田中秀征代表代行はこの日、党本部で外国プレスを相手に村山政権樹立の経過などを説明。海外での評価が低いのを気にしてか「アメリカとソ連が握手して冷戦が終わり、自社が握手することで55年体制が最終的に終わる」と、その意義を強調。「保守本流の自由党系の人たちと、社会党には共通の基盤が多い」と自社連立の正統性を訴えた。記者団からは「長期的な問題より、区割りが出たらどうなる」との質問も出たが「だれがどっちに行くとか、行かないとかは別問題。日本の将来の姿を今から考えるのが大事」と、相変わらずの理念先行型答弁ではぐらかし。《共同通信》

【村山富市首相】米・クリントン大統領と会談

村山首相とクリントン米大統領との初の日米首脳会談は8日午前10時35分(日本時間同日午後5時35分)すぎからナポリ市内のホテル・ベスビオで約1時間45分行われ、終了後両首脳はそろって記者会見した。

社会党首相の誕生に対する欧米の懸念や不安感が指摘されているため、首相は「外交は継続、内政は積極的に改革路線を進める」との新政権の基本姿勢を表明した上で「日米安全保障体制を堅持する」と明言、「安定した政権」として新連立政権への理解と協調関係の継続を要請した。

大統領も「日米は世界で最も重要な二国間関係である」と述べ、村山新政権とも従来通り友好、協力関係を維持する意向を公式に明らかにした。その上で両首脳は「今日、行った建設的な話し合いを建設的な行動に変えていく努力が必要」との認識で一致、日本の市場開放など今後「実績重視」の日米関係に発展させる方向を確認した。《共同通信》

【ナポリ・サミット】開幕

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第20回先進国首脳会議(サミット)が8日午後8時半(日本時間9日午前3時半)、イタリアのナポリ・卵城などでの首脳、外相、蔵相の個別ワーキングディナー(夕食を兼ねた会合)で開幕、雇用問題やロシア支援を中心に討議が始まった。

首脳会合と同時に行われた蔵相会合では、開幕直前の米大統領発言をきっかけとした急激な円高ドル安に各国が強い懸念を表明。9日夕に採択する経済宣言に合わせ、為替市場の安定に向けた特別声明発表も検討することになった。

首脳会合ではイタリアのベルルスコーニ首相が雇用問題についてサミットの主要テーマであることを強調。失業者への支援の在り方の見直しや教育訓練の重要性など構造的な対応の必要性を指摘した。各首脳も硬直的な労働市場の改革が必要との見方で一致した。

村山首相は日本型の雇用形態について説明するとともに、日本が内需拡大に向けて、雇用創出につながる規制緩和に取り組んでいることを強調した。

一方、クリントン米大統領が「円高は日本の黒字による。ドル安ではない」と発言したことを受けた為替相場の急変に対し、蔵相会合は「どういう形で懸念を表明するか財務官級で集中的に検討する」ことで一致した。各国は特別声明の検討に入っており、市場の混乱で通貨問題がサミットの緊急課題に再浮上してきた形だ。《共同通信》

【村山富市首相】入院

先進国首脳会議(ナポリ・サミット)出席のためナポリを訪れていた村山首相は8日午後10時半ごろ、ナポリの古城「卵城」で行われた各国首脳だけによるワーキングディナーの途中に気分が悪くなり退席、そのまま市内の病院に入院した。

このため首相は9日午前9時半から始まったサミットの歓迎式典、首脳会合など同日中のすべての公式行事をすべて欠席、代わって河野副総理兼外相が首脳会合に出席するという異例の事態となった。

園田副長官が記者会見して発表したところによると、首相の病気は急性胃腸炎で一時は腹痛や38度の高熱が出たが、9日午後には36.5度の平熱に戻り、サミットへの出席にも意欲を見せていた。《共同通信》

【G7外相】ボスニア和平案を支持

ナポリ・サミットに出席しているG7各国外相は8日夜(日本時間9日未明)、ナポリ市内のホテル・ベズビオで外相ワーキングディナーーを開いた。

政治討議の焦点である旧ユーゴスラビア情勢に関連し、ジュネーブの5カ国外相会議で決定したボスニア・ヘルツェゴビナ分割の和平提案を支持することで合意した。またセルビア人勢力が和平提案を受け入れるよう働き掛けるため、影響力のあるロシアが役割を果たすことが重要との認識でも一致した。

旧ユーゴ情的は10日にロシアのエリツィン大統領を加えて行われる政治討議の最重要議題になる予定で、外相間の合意内容は議長声明に盛り込まれる見通し。現在提案されている和平案は、領土の51%をろをイスラム勢力とクロアチア人勢力に与え、残りの41%をセルビア人の領有とするとしている。

セルビア人勢力がこの提案を受け入れない場合、米国、ロシアなどはイスラム人勢力への武器禁輸を解除することを検討しており、国際社会としては最終的な提案とみられている。《共同通信》

【北朝鮮・金日成主席】死去

平壌放送が9日正午、報じたところでは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金日成主席が8日午前2時、急病のため死去した。同放送は、金主席は7日、心筋梗塞で倒れたと報じ、死因を心臓病と発表した。82歳。同放送は、葬儀委員長に子息の金正日書記(52)が就任すると伝えた。

一方、米情報筋は、金主席死去の報道について、米朝高官協議第三ラウンド開催と「不思議に時期が一致し過ぎている。自然死とは考えにくい」と述べ、何らかの内部抗争による死亡の可能性がある、との見方を明らかにした。

韓国の金泳三大統領は、急報を受け、直ちに李炳台国防相に電話し、全軍は動揺せず安保に万全を期するよう求め、全軍に特別非常警戒令を指示した。

金主席は、6月16、17両日、訪朝したカーター元米大統領と会談し、テレビの画面を通じて元気な姿を見せた。カーター氏も、会談後「金主席は非常に健康で元気に見えた」としていた。

1946年に臨時人民委員長となって以来実に約半世紀にわたって最高指導者の地位にあり、国父的存在だった金主席の死去により、独自の社会主義路線を続けてきた北朝鮮は、息子の金正日書記の指導体制に移る見込み。

8日にジュネーブで始まったばかりの米朝高官協議第三ラウンドに深刻な影響が出ることが確実視される一方、25日から予定されていた南北首脳会談は中止となる見通し。

日本にとっては、安全保障などに及ぼす影響に重大な関心が持たれる一方、中断状態の日朝国交正常化交渉の再開は当面望み薄となった。北朝鮮が立感を深め暴走する事態を懸念する声が強まりそうだ。

国際的な孤立と経済不振が長期化し、核開発疑惑問題が未解決の中での死去だけに、金正日体制の北朝鮮は直ちに厳しい内外の試練に直面する。《共同通信》



7月8日のできごと