平成1992日目

平成6年6月22日(水)

1994/06/22

【ロス疑惑・一美さん殴打事件】三浦被告、二審も実刑

昭和56年8月、米国ロサンゼルス市で発生したロス疑惑「一美さん殴打事件」で、元女優(34)=実刑確定、刑期満了=と共謀し、保険金目当てに妻一美さん=当時(28)=を殺そうとしたとして、殺人未遂罪に問われた元雑貨輸入販売会社社長三浦和義被告(46)の控訴審判決公判が22日、東京高裁で開かれた。

佐藤文哉裁判長は、最大の争点だった元女優の供述の信用性を認め、懲役6年とした62年の一審東京地裁判決を支持、三浦被告の控訴を棄却した。疑惑の核心とされる「一美さん銃撃事件」を含め三浦被告に対する3度目の有罪判決。全面無罪を主張している三浦被告は一層苦しい立場に立たされることになった。

判決理由で佐藤裁判長は、犯行を自白した元女優の供述について①一美さんがほぼ一致する内容を事件直後に友人や家族に話していた②元女優は事件当日の夜、ホテルの土産物店店員に襲撃状況を告白している―などの点を挙げ、供述を裏付ける事実が豊富と指摘した。

その上で「自分と親兄弟が社会的糾弾を受けることが確実な事実を進んで供述し、服役という事態が現実の問題となった後まで、これを維持することは考えにくい」と述べ、供述の信用性を認めた。

三浦被告の動機については、経営していた会社が行き詰まっていたとまでは言えないものの資金繰りに苦労していたと認定。三浦被告は結婚後も多数の女性と交際し、一美さんに深い愛情を持っていたとは認められないとし、同被告の供述は不自然、不合理な点が多く信用できないとした。控訴審で三浦被告側は「一美さんは転倒して頭にけがをこしただけ」と無罪を主張していた。

三浦被告は殴打事件の約3カ月後に同じロスで起きた「一美さん銃撃事件」では殺人、詐欺罪に問われ、ことし3月、東京地裁で無期懲役の判決を受け控訴。銃撃実行犯とされたが、無罪を言い渡されたA被告(42)については検察側が控訴している。《共同通信》



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【サッカー・ジーコ選手】ブラジルに帰国

サッカーのJリーグ・鹿島アントラーズで活躍したジーコ選手が22日午後、羽田首相から首相官邸で総理大臣顕彰を受けた。

羽田首相は表彰状とともに、シカの皮でできた日本の蹴鞠をプレゼント。ジーコ選手は「いつでも蹴鞠に参加させてもらいたい」と答え、10番のエースナンバーが付いたユニホームにサインし、羽田首相に贈った。《共同通信》

サッカーJリーグの鹿島アントラーズで選手生活を終えたジーコが22日夜、兄のエドゥー監督や同僚のアルシンドらとともに、成田発のバリグ・ブラジル航空機でブラジルに帰国した。

空港内で行われた最後の記者会見で、ジーコは「昨年の名古屋グランパスとのJリーグ開幕戦で、アントラーズは日本だけでなく世界にその実力を見せつけた。自分もハットトリックを決めたし、生涯忘れられない試合だ」と振り返った。《共同通信》

【政界談話室】

○…羽田首相は22日、首相官邸でプロサッカーJリーグ・鹿島アントラーズのジーコ選手に内閣総理大臣顕彰を贈った。厳しい政局運営の中でのつの間の華やかなひと時とあって、式後「本当に日本人に夢を与えてくれた。優しそうな人でしょう。それにプロフェッショナル人」と盛んに相好を崩した。お返しにジーコ選手から贈られたサイン入りのユニホームにも「大事に飾っておくよ」と大喜びだったが、「政局打開のシュートは」との記者団からの問いには「そんな難しい話は…」と途端に歯切れが悪くなっていた。

○…公明党の市川書記長はこの日昼、民放テレビに出演。「一・一ライン問題」について「全く虚像で実態と懸け離れている」と否定した上で「久保さん(社会党書記長)は一・一ラインというものはないと否定している。(与党代表者会議の)5人からもそんな批判は出てない。会議に入ってない人がイメージを語っている」と批判。しかし、社会党が連立与党運営の民主化を求めていることに対しては「民主的にやってるが、より分かりやすくするためなら」と渋々理解を示した。同党の政権復帰をにらんだ政権協議を控えていたため、いつになく微妙な言い回しに終始していた。《共同通信》

【 PL法】成立

欠陥商品による消費者被害を救済しやすくする製造物責任(PL)法案が22日の参院本会議で可決、成立した。交付後1年間の周知期間を経て来年6月にも施行される。《共同通信》

【自民党】羽田内閣不信任案を党議決定

自民党は22日、国会内で役員会、臨時総務会を開き、羽田内閣不信任案提出を党議決定、提出時期については河野総裁に一任することを決めた。森幹事長が「この内閣が続くことは国家、国民のためにならない」として、不信任案提出に関し総裁への一任を求め、了承された。《共同通信》



6月22日のできごと