1992 平成4年12月2日(水)

平成1425日目

平成4年12月2日(水)

1992/12/02

【自民党・羽田派】旗揚げへ

自民党竹下派の小沢一郎・元幹事長グループは2日、都内のホテルで小沢氏ら幹部が会合を開き、羽田孜蔵相を会長とする「羽田派」旗揚げの時期について協議し、臨時国会閉幕直後に予定されている内閣改造・党人事の前に独立する方針を決めた。小沢グループとしては、内閣改造の日程が国会の会期延長幅によって左右されるため、最終判断は小沢氏に一任したが、早ければ、今年度補正予算成立直後の11日前後になる見通しだ。

「羽田派」の規模は、竹下派109人(衆院67人、参院42人)のうち、衆院35人、参院5-10人の計40-45人程度と見込まれている。

小沢グループはすでに、①小渕恵三会長側との関係修復は不可能な状態になっている②竹下派内にとどまったままでは、人事で不利益を被るおそれがある―などから、内閣改造前に旗揚げする方向となっていたが、国会終盤を迎えたことから、幹部間で、正式に対応を協議したもの。その背景には、「内閣改造後に先送りしても、『羽田派』への参加者がすぐに増える見みが立たない」との判断もあるとみられる。

羽田派の正式名称は、先に結成した政策集団「改-革フォーラム21」(代表・羽田孜蔵相)の名称をそのまま採用する方針。会長には羽田氏が就任、小沢氏の派内のポストについては、今後、幹部間で調整する。

小沢グループは、旗揚げまでに参院竹下派への多数派工作を急ぎ、独立時には参院で10人程度を確保、その後の第二次募集組を含め、最終的には20人を見込んでいる」(小沢グループ幹部)という。このため、参院比例代表議員のうち、小渕会長側に偏っている建設、郵政、自治各省OBに対し、小沢グループに参加するよう働きかけている。

2日の会合では、小沢氏のほか、佐藤守良・元国土庁長官、中西啓介・衆院議運委員長らが出席した。《読売新聞》



【宮沢喜一首相】11日にも内閣改造

宮沢首相は2日、臨時国会終了直後に内閣改造・自民党役員人事を断行する方針を最終決断し、同日午後、首相官邸を訪ねた自民党宮沢派の田沢会長代行に伝えた。党内各派領袖にも既に意向は伝達済みとされる。

首相は本年度補正予算案が衆院を通過、3日間程度の小幅延長で成立するめどが立ったことで、11日か12日にも改造に踏み切ることにしたものだ。

組閣に臨む方針として、首相は「適材適所、実力内閣」を想定している。その前提となる党三役人事では、梶山国対委員長の幹事長昇格を軸としつつも、渡辺副総理兼外相の幹事長説も取りざたされており、終盤国会の審議と平行して人事をめぐる各派の水面下の駆け引きは一気に活発化しよう。《共同通信》

【宮沢喜一首相】トルコ・デミレル首相と会談

宮沢首相は2日、首相官邸で、来日中のトルコのスレイマン・デミレル首相と会談した。デミレル首相はトルコが、民族的、歴史的に関係の深い中央アジアの旧ソ連諸国の支援に力を入れていることを説明、「日本とトルコ(の企業)が合弁で中央アジアに進出することなどを期待する」と述べた。

これに対し、宮沢首相は「中央アジアの旧ソ連諸国が民主主義、市場経済体制になるよう、できるだけ協力する。トルコは日本に(貢献策を)示してほしい」と答え、トルコと協調して中央アジアの旧ソ連諸国支援を積極的に行う姿勢を示した。

また、デミレル首相は日本からの企業投資拡大や、トルコ国内の観光資源開発、国内の日本語教育の充実に対する日本の協力を要請した。《読売新聞》

【阪神・中込伸投手】3倍増で契約更改

阪神の中込、湯舟両投手が2日、甲子園球場内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、中込は200%増の3000万円でサイン、湯舟は128%増の3200万円の球団提示額を不服として保留した。

昨季の1勝から今季は9勝(8敗)で防御率リーグ2位の2.42と飛躍した中込は「評価は十分してもらった。すごい額を上げてもらった」と、年俸が3倍に跳ね上がってうれしそう。

一方の湯舟は、6月にノーヒットノーランを達成し、二けたの11勝を挙げたが、球団の評価は低かったようで「向こうの話も提示額も納得できなかった」と、球団側の言い分を聞いただけで交渉の席を立った。(金額は推定)《共同通信》

【ポル・ポト派】監視員6人拘束

国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)スポークスマンは2日の記者会見で、UNTAC停戦監視員6人が1日昼から丸一日以上にわたり、中部コンポントム州でポル・ポト派兵士により身柄を拘束されていることを明らかにした。また、これら兵士から「要求」が出ていることを明らかにし、この事件を人質事件と認識していると語った。だが、「要求」の内容については言及を避けた。UNTAC要員がポト派により長時間にわたり身柄を拘束された事件はこれが初めて。

発表によるとUNTAC停戦監視員2人(英国人)、海軍停戦監視員4人(英国人1人、フィリピン人2人、ニュージーランド人1人)がコンポントム市を流れるセン川をトンレサップ湖に向かいUNTACのゴムボートでパトロール中、1日正午ごろ、コンポントム市から南西20キロの地点で、ポト派の検問所で停止のうえ、下船させられ、その場に拘束された。

UNTACではプノンペンおよびパイリン(ポト派の本部)のポト派に連絡を取り、解放の交渉を行っている。またプノンペンからUNTAC軍事要員がポト派幹部とともに現場に向かうように交渉しているが、プノンペンのポト派事務所はこの要求を拒否している。

拘束された停戦監視員はラジオ無線でコンポントム、コンポンチュナン市のUNTAC支部に連絡を取り続けている。危害は加えられていないという。

また、スポークスマンによるとプノンペンおよびパイリンのポト派代表は、この拘束事件を起こした兵士たちが独立して行動していると述べ、ポト派としてUNTACと対決する政策は取っていない、と答えていると言う。

一方、2日午後2時ごろ、プノンペン市の北70キロの地点で、この事件の増援でコンポントム市へ向かう途中のUNTACヘリコプターが狙撃され、仏軍将校1人が背中に銃弾を受け、負傷した。《読売新聞》



12月2日のできごと