平成595日目

平成2年8月25日(土)

1990/08/25

【イラク政府】邦人20人を強制連行

外務省に入った連絡によると、片倉駐イラク大使らは25日午前11時40分(日本時間同日午後4時40分)、マンスールメリアホテルを訪ね、イラク側の治安当局者に邦人との面会、差し入れ、医療サービスを求める口上書の写しを手渡した。

ホテルの前でイラク側と折衝中で、午後0時15分(日本時間午後5時15分)、ホテル内から40人程度が乗った大型バスが出てくるのを日本大使館員が目撃。外国人と一緒に約20人の日本人男性が乗っていたという。館員が車で追跡したが途中で見失った。治安当局者は「ラシドホテル、パレスタインホテルに移った」と述べたが、日本大使館は所在を確認できなかった。

日本大使館の国枝公使がイラク外務省に邦人の行き先、安全保護をただしたのに対し、イラク側は「調査のうえ回答する」と述べた。外務省では邦人約20人の連行先について不明としているが、米国人、英国人、フランス人が軍事施設やキャンプに人質になっており、人質となった可能性もあるとみて確認を急いでいる。

マンスールメリアホテルには22、23の両日、クウェートからバグダッドへ移動した213人が収容されていた。成人の男性146人、女性39人、子供28人。全員元気との連絡が寄せられていた。

一方、在クウェート日本大使館には城田臨時代理大使、内藤書記官の2人が残っている。水や食料は確保されており、当面大使館に踏みとどまる方針だ。ただ電気などが切断されたことでイラク側による強制的な閉鎖は近いとみて、事態の急転に備えている。《共同通信》




【在クウェート日本大使館】電気、水道が停止

在クウェート各国大使館閉鎖命令の最終期限から一夜明けた25日、各国大使館を包囲するイラク軍は日本大使館などへの電気、水道の供給をストップ、電話線を切断するなどし、大使館閉鎖を強制しようとするイラク側の兵糧攻めが本格化した。

約20の大使館が25日もイラク側の命令を無視して外交官残留を続けているが、このうち日本、米、英、イターリアなど10カ国の大使館が前日に引き続いてイラク軍兵士の包囲下に置かれている。しかしいったん停止した英大使館への電気供給は25日未明に再開され、出動した戦車は朝になって姿を消した。25日夕までに、イラク側に外交官強制排除の動きはない。

イラク外務省高官は25日、「(外交官排除に)当面武力は使わないし、今後も武力が必要になるとは思わない。しかし(外交官特権が消滅した)彼らには今や何の特権もなく、いかなる便宜、施設も供与されない」と語り、持久戦の構えを見せている。

国営イラク通信は24日、大使館閉鎖命令に従わない国の外交官(家族は除く)のイラク出国を許可しないと伝えた。このため、最低要員を残して最終期限前にクウェートを脱出した米、英外交官も、イラク出国を拒否されてバグダッドに足止めされている。

各大使館に対するイラク側の措置は一定しておらず、西ドイツ外務省は25日朝、昨夜いったん切断された電話回線が朝になって復旧したと発表した。一方、日本大使館のほか、24日から25日にかけてイタリア、フランスの大使館でも電気や水道の供給がストップするなどした。《共同通信》

【ヨルダン・アカバ港】日本船が入港断念

運輸省が25日明らかにしたところによると、イラク向け輸出の日本製自動車を積載し、ヨルダンのアカバ港に向かっていた日本郵船の自動車専用船2隻が同省の指示により、入港を断念、日本に引き返している。

イラクへの経済制裁に関連し、イラク向け商品を積載した船舶に政府が荷揚げ中止の緊急指示を出したのは初めて。日本郵船の自動車専用船2隻は1隻がイラク向けトヨタ製乗用車約700台、2隻目がトラック、乗用車など約20台を積載、7月下旬から相次いで日本を出航した。《共同通信》

【山梨県甲府市】二浪生、両親を刺殺

25日午前7時ごろ、甲府市内の水晶研磨業Aさん(49)方で、Aさんと妻(47)が殺されたらしい、と近くに住む人から110番があり、駆け付けた南甲府署員が玄関付近で死亡しているAさん夫婦を発見した。家の中にいた大学浪人生の二男(19)が犯行を認めたため、殺人の疑いで逮捕した。

二男は「幼い頃から親の顔を見るのも嫌だった」と供述したが、殺害の直接の動機については自供していない。親類の人の話では、大学受験をめぐって、両親と時々言い争いがあったという。《共同通信》

【多々羅大橋】着工

本州四国連絡橋で唯一、未着工だった尾道今治ルート(西瀬戸自動車道)の多々羅大橋(広島県・生口島―愛媛県・大三島)の起工・くわ入れ式が25日、広島県瀬戸田町の生口島などを会場に行われた。

正午からの生口島・瀬戸田町営サンセットビーチでのくわ入れ式には綿貫建設相、加瀬正蔵本四連絡橋公団総裁、竹下虎之助広島、伊賀貞雪愛媛両県知事ら関係者約200人が出席。この後、会場を愛媛県側の大三島に移し、午後1時半から、同県上浦町の上浦中学校体育館での起工式には、くわ入れ式の出席者をはじめ、地元関係者ら計900人が参加、起工を祝った。

多々羅大橋は、昭和48年の石油ショックで建設が凍結された本四連絡橋のうち、最後まで凍結が解除されず、16年ぶりの着工。平成10年の完成が予定されている。

平成10年には、既に着工している来島大橋(愛媛県・大島―同今治市)が完成、尾道ー今治ルートの全面開通が見込まれており、本州、四国間は神戸・鳴門、児島・坂出ルートとともに三ルート時代を迎えることになり、人的、物的交流の活発化、観光資源開発による地域経済の活性化など、地元の期待は大きい。

同大橋は、高さ約200メートルの二つの主塔部から楽器のハーブのように張り出したケーブルが橋全体を支える斜張橋で全長1480メートル。橋の長さの基準となる主塔間は890メートルで、完成すれば斜張橋としては世界最長となる。建設費は約1100億円。《共同通信》




8月25日のできごと