平成555日目

平成2年7月16日(月)

1990/07/16

【フィリピン・ルソン島地震】

フィリピン・ルソン島で16日午後4時半(日本時間同)ごろ、マグニチュード(M)7.7の大地震が発生した。被害はマニラ首都圏のほかルソン中部、北部地域に広がり、建物崩壊や土砂崩れなどで国軍発表によると、午後11時50分現在、死者総数は89人に達した。

フィリピン地震火山研究所の発表によると、地震は45秒間にわたって続き、震源はルソン島ヌエバエシハ州の州都カバナツアンの南東10キロの地点。フィリピンの震度階(9段階)では、カバナツアン震度8、マニラ、バギオ同7、南イロコス州同6、カガヤンデオロ(ミンダナオ島)同5などとなっている。

国軍情報などを総合すると、北部の山岳地帯のバギオでは建物の多くが崩壊、大きな被害が出たもよう。外国人宿泊客の多い「ハイアット・テラス」をはじめ「ホテル・ネバダ」「ヒルトップ・ホテル」の3ホテルが全壊したといわれ、夜までに救助隊が10遺体を収容した。一部の倒壊したホテル内に外国人のカジノ客ら約150人が閉じ込められているとの情報もある。

しかし、バギオへ通じる国道が土砂崩れで寸断、不通となっている上、通信回線が途絶しているため、被害の詳しい状況は不明で日本人を含む外国人の安否について情報はない。

震源のヌエバエシハ州の被害が大きく、カバナツアンではフィリピン・キリスト教大学の六階建ての校舎が全壊、55人の死亡が確認された。マニラのラジオ放送によると、地震発生当時、260人の生徒が建物の中にいたともいわれ、全員が下敷きになった可能性が強い。このほか、ルソン島各地で橋などが崩壊、死者が出ている。

マニラ首都圏でも下町で火災が発生したほか、映画館など一部の建物が壊れ、ほとんどの市民が屋外に逃げ出す騒ぎとなったが、ビルの崩壊などの報告はなく、ショックで死亡した老人ら死者は2人で済んだ。

地方とマニラを結ぶ通信手段が全面的に途絶しているため、政府は被害の状況を把屋できず、本格的な救助作業は遅れている。ベンソン保健相はラジオ放送を通じ、各医療機関に対し被害状況を報告するよう要請した。

マニラの米国、日本、カナダの3カ国の大使はアキノ政権に対し、救助活動への全面協力を申し出た。《共同通信》




【モデル・ダレノガレ明美さん】誕生日

7月16日のできごと(何の日)

【ソ連・ゴルバチョフ大統領】西独・コール首相と合同会見

西ドイツのコール首相は16日夕(日本時間同日夜)、三日間のソ連訪問終了に当たってカフカス地方のシェレスノウォツクで、ゴルバチョフ・ソ連大統領とともに合同記者会見し、今回の首脳会談で統一ドイツが北大西洋条約機構(NAT0)に加盟することで一致した、と述べた。ゴルバチョフ大統領もこれに対し、完全な主権国家となる統一ドイツが(対外的に)どのような同盟関係を結ぶかは自分で決定できると述べ、統一ドイツのNATO加盟にゴーサインを出した。

7月1日の経済・通貨統合を経て東西ドイツの全面統一は、統一後の対外関係の在り方をめぐって東西ドイツと戦勝四大国(米、英、フランス、ソ連)の六カ国外相会議で協議が続いているが、統一ドイツのNATO加盟に対するソ連の反対が最大の障害になっていた。今回ソ連が譲歩したことで、年内のドイツ統一へ向け大きく前進した。

六カ国外相会議は17日にパリで、また9月にはモスクワで協議を続け、最終的な合意が図られることになる。

コール首相はまた、現在東ドイツに駐留しているソ連軍の取り扱いについて、統一ドイツ政府がソ連との間で撤退についての二国間条約を締結し、ソ連軍は3、4年以内に撤退を完了することになる、と述べた。さらに、ベルリンを含む東西ドイツが統一し、戦勝四大国はドイツ全体とベルリンに対して保有していた戦勝国としての「権利と責任」を終了することで、ゴルバチョフ大統領と一致したと述べた。

これにより戦後体制の特殊な状況下で制限されていたドイツの主権が完全に回復することになる。コール首相は、完全な主権を行使して、自由かつ自主的にどのような同盟に加盟するかを決定することができる、と指摘。さらに「統一ドイツはNATOに加盟する」と述べた。

一方、ゴルバチョフ大統領は「ソ連が望むか否かにかかわらず、統一ドイツがNAT0に入る時が来るだろう。それが統一ドイツの選択ならば統一ドイツはソ連と協力しなければならない」と述べた。

ゴルバチョフ大統領はソ連の方針変換を、西ドイツに対する信頼感とNATOの政治機構への転換があったためだ、と述べた。六月末から続いた欧州共同体(EC)、NATO、先進国首脳会議(ヒューストン・サミット)を通じて西側がソ連の改革を支援し、対ソ敵視政策を転換する方針を打ち出したことと、その際に西ドイツが積極的役割を果たしたことを高く評価した発言だ。《共同通信》

【政界メモ】家族と昼食、疲れいやす

○…海部首相は16日、夕方まで東京・三番町の私邸で家族とともに過ごし、先進国首脳会議(ヒューストン・サミット)出席を含め、10日間の訪米の疲れをいやした。

秘書官の配慮で、事務方からの連絡はシャットアウト。宮田輝参院議員の死去の報があっただけで、サケマス漁船だ捕事件の漁船2隻が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から日本に向かったことも「テレビのニュースで知った」とか。首相によると「たまった新聞の整理をした」り、サミットの思い出話をしながら家族と昼食をとったそうだが、サミットではポイントを稼いだといわれるだけに、内心ホクホクで余韻を楽しんだに違いない。

○…この日、自民党の金丸元副総理は三重県・長島町で開かれた「中部新国際空港とリニア中央新幹線建設早期実現を求める地元陳情会」に出席した。

金丸氏は「海部首相は愛知から出ているし、大野運輸相は岐阜だ。こうした政治家を十二分に使って建設促進に努めるのが皆さんの役目だ」と関係自治体の首長にハッパ。さらに「空港が名古屋にないことがおかしいんだ」などと景気よく建設推進論をぶち上げた。これには同席した奥田自治相が「私が来たのは、金丸のおやじが何でも軽く約束するとあとが大変なのでお供した」と、金丸氏にブレーキをかけるのに躍起。《共同通信》

【大相撲名古屋場所9日目】旭富士、小錦勝ち越し

大相撲名古屋場所9日目(16日・愛知県体育館)1敗は旭富士と小錦の両大関となった。旭富士は1敗同士の対戦で、関脇安芸ノ島を左四つ、寄りからの左すくい投げで快勝。小錦は元気者琴錦にもろ差しを許したが、両差し手を抱え込んでの寄りで危なげなく勝ち、ともに勝ち越した。

両横綱は楽勝。千代の富士は簡単に板井を寄り切り、花ノ国をあっさり押し出した北勝海とともに2敗を守った。

平幕に2敗がなくなり、旭富士、小錦を1差で追うのは両横綱と安芸ノ島の3人。十両は若花田が1敗を保って勝ち越し、依然単独トップ。《共同通信》

【第103回芥川賞・直木賞】選考会

第103回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が16日夜、東京・築地の「新喜楽」で開かれ、芥川賞は辻原登氏の小説「村の名前」(「文学界」6月号)に、直木賞は泡坂妻夫氏の同「蔭桔梗」(新潮社刊)に決まった。正賞(時計)と副賞各100万円。贈呈式は8月20日午後6時から、東京・丸の内の東京会館で。

芥川賞については丸谷才一選考委員が「辻原作品は現実感があって大変面白い。辻原さんは日本文学が久しぶりに得た有望な新人」と述べた。直木賞については平岩弓枝選考委員が「泡坂作品は紋章上絵師という特殊な職業の人を主人公にして、登場人物たちを情感豊かに描いた筆力が評価された」と説明した。《共同通信》

【若原一郎さん】死去

歌手の若原一郎さんが16日午後5時45分、肝臓がんのため神奈川県茅ケ崎市の長岡病院で死去した。58歳。横浜市出身。

18歳でNHKのど自慢の全国大会に入賞。33年の「おーい中村君」などでの明るい歌唱でスターに。50年代に入り萩本欽一さんのバラエティー番組に出演、再び人気を得た。《共同通信》




7月16日のできごと