平成553日目

平成2年7月14日(土)

1990/07/14

【グンゼワールドテニス】伊達公子選手、準決勝で敗退

テニスのエキシビション大会、グンゼワールド第4日は14日、東京体育館で男女シングルスと混合ダブルスの準決勝を行い、日本の伊達公子(ヨネックス)はガブリエラ・サバティーニ(アルゼンチン)に2−6、6−4、2−6で破れ、決勝進出はならなかった。《共同通信》




【インド・シン首相】辞意

インドのV・P・シン首相は14日、与党ジャナタ・ダル(JD)の内部対立による混乱の責任をとって辞意を表明し、昨年12月発足したシン政権は最大の危機を迎えた。しかしボンマイJD総裁は首相の辞表を受理せず、職にとどまるよう要請する考えを示し、同日深夜(日本時間15日未明)開かれる予定の党緊急幹部会議でも、首相の続投を求めることで事態の一応の収拾を試みる公算が強まった。

デビ・ラル副首相は12日、州議会選挙立候補の際に招いた流血事態の責任を党内外から問われて5月にハリヤナ州首相を辞任していた子息のチョウタラ氏を、強引な方法で州首相に復帰させた。

このため13日夜以降、シン首相に近いネール商業・観光相ら計六閣僚が「党路線に反する行動で、国民に申し聞きができない」として辞表を提出した。シン首相は「副首相らの決定には関与していなかったが、私は党内外の信頼と支持を失った」として14日朝、辞表を提出した。《共同通信》

【坂本三十次官房長官】金沢で講演

北国政経懇話会七月特別例会は14日、金沢市の金沢ニューグランドホテルで開き、内閣官房長官の坂本三十次氏が「海部政権の歩みと今後」と題して講演した。

第二次海部内閣発足から約5カ月間、海部首相の女房役として政権を支えてきた坂本氏は「日米関係は日本の基軸であり、欧米のように血縁や文化を共有しない以上、お互いに相手を理解する努力が不可欠」と述べ、内政では政治改革や土地問題など内閣の命運が懸かる難問に対して「手練手管は使わず無念無想で臨み、首相と呼吸を合わせて死にものぐるいで頑張る」と強調した。講演の要旨は次の通り。

先ごろ最終報告の合意をみた日米構造協議は、以前ならば内政干渉に該当する事例ばかりだった。大規模小売店舗法の規制緩和、公共投資の増額をはじめ、日本の官庁が縄張り意識を捨てて結束して交渉に当たったのが成果につながった。アメリカは「門戸を開いて仲良くしよう」というのが古くからの鉄則で、これを甘くみた結果が第二次大戦の敗戦を招いたともいえる。

日本は「アメリカなくしては立ち行かない国」である。しかし、アメリカとは民族や文化が異なるため、日ごろからのコミュニケーションが何よりも大切だ。成熟した日米関係を構築するにはお互いが改善すべき点を率直に指摘し合う姿勢が必要であり、そこから相互理解が生まれてくる。日米安保条約にも両国が国際経済政策で食い違いがある場合はただすと書いてある。

アジアでは、韓国の大統領が来日し、両国間に新たな友好の礎を築いた。中国関係では日本がヒューストン・サミットで、凍されている借款問題を解消した。いまや時代はボスト冷戦であり、サミット経済宣言でも北方領土解決に関する事項が盛り込まれた。9月にはソ連のシェワルナゼ外相が来日する予定であり、北方領土問題で何らかの進展があると思われる。

以前は一内閣で一つの仕事を成し遂げればよかった。ところが、海部内閣は国内外ともに難問が山積している。年末に交渉期限が迫ったコメの市場開放問題、消費税問題も秋の国会で決着が求められる。《北國新聞》

【大相模名古屋場所7日目】安芸ノ島関に土

大相模名古屋場所7日目(14日・愛知県体育館)関脇安芸ノ島に土がついて全勝がなくなり、7力士が1敗で並ぶ混戦となった。安芸ノ島は1敗大関霧島の右すくい投げに続く突きとしを食って霧島戦3連敗。横綱千代の富士は平幕巨砲を無難に寄り切って連敗を免れ、両国が足を滑らせ労せずして勝った北勝海とともに1敗を堅持した。

大関小錦は小結孝乃富士を力で圧倒、旭富士も平幕板井をあっさり送り出して1敗を守った。北天佑は5勝目。1敗は2横綱、3大関、それに安芸ノ島と平幕春日富士の7人。十両は若花田と再十両の琴白山の2人が1敗で並走している。《共同通信》




7月14日のできごと