平成368日目

平成2年1月10日(水)

1990/01/10

【中国政府】北京の戒厳令解除へ

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中国の李鵬首相(党政治局常務委員)は10日夜、テレビ、ラジオを通じて8カ月近くにわたった北京市内の戒厳令を11日から解除すると発表、11日午前0時(日本時間同1時)をもって解除された。また戒厳令の解除に伴い昨年6月4日の血の鎮圧以来、一般市民の立ち入りが禁止されていた市中心部の天安門広場が開放された。

これにより米国、日本などの対中経済制裁緩和が大きく加速されるが、李首相は北京と全国の情勢の安定を示すものとして戒厳令の解除を誇示する一方、共産党の指導、社会主義の道の堅持の必要性を強調、内外の敵対勢力に対処するよう訴えた。

また李首相は、国際的にどのような風波が起きようとも中国は断固として社会主義の道に沿って進むと宣言、東欧諸国の急進的改革・開放に反対であることを鮮明にしており、今後も厳しい政治的引き締め製作が続くことは確実で“戒厳令なき戒厳態勢”が続くとみられる。

北京では昨年3月15日に胡耀邦元総書記が死去したのをきっかけに民主化運動が爆発、5月20日に李首相ら強硬派指導部は戒厳令を実施、6月3日から4日にかけて当局発表だけで319人の死者を出す武力鎮圧を行い世界に衝撃を与えた。

10月1日の国慶節に解除されるのではないかとの見方も一部にあったが、西側諸国の反発をよそに戒厳令は長引き、中国最大の祭日である春節(旧正月、ことしは27日)を前にしてようやく指導部は解除を決定した。李首相は演説でも「間もなく迎える春節を楽しく過ごそう」と呼び掛けた。《共同通信》




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【韓国・盧泰愚大統領】北朝鮮対策改善を強調

韓国の盧泰愚大統領は10日午前、青瓦台(大統領官邸)で新年記者会見を行い、南北間の対話・交流の促進、緊張緩和努力、経済力回復など新年の国政方針を明らかにした。

この中で大統領は、例年の韓米合同軍事演習「チームスピリット」の実施規模をことしは縮小すると公式に明らかにし、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の対応措置を求めた。

大統領はまた南北首脳会談の早期開催を改めて呼び掛け、南北離散家族の故郷訪問が急務であると強調するとともに、交流促進への北側の誠意を求め、南北通行通信協定の締結を実現させる方針だと指摘。北が応じさえすれば金剛山などの観光資源の共同開発を始めることができるとし、9月の北京アジア大会での南北統一チームづくりをはじめスポーツ交流を通した南北相互の開放と協力に積極的な姿略を示した。

これらはいずれも北朝鮮の開放化、民主改革を促進させることを目的としたこれまでの政策をさらに進めるもの。大統領はこの日の会見で「韓(朝鮮)半島の軍事的緊張が少しも緩和されておらず、北韓(北朝鮮)はいまだに変化しないまま硬直した路線を固守している」と指摘した。《共同通信》

【海部俊樹首相】ベルギー・マルテンス首相と会談

欧州歴訪の第2の訪問国であるベルギーに到着した海部首相は10日午前9時25分から、ブリュッセルの首相府でマルテンス首相と約1時間会談、欧州情勢などを中心に意見交換した。《共同通信》

【大相撲初場所四日目】三横綱、三大関そろい勝ち

大相撲初場所四日目(10日・両国国技館)今場所初めて三横綱、三大関がそろって勝った。力士生命のピンチを迎えた大乃国は、右からのすくい投げでくせ者逆鉾を下して3敗を免れ2勝目。千代の富士は小結霧島をつり出して初日から4連勝。北勝海も板井を無難にさばいて3勝目を挙げた。

大関小錦は元気者の関脇寺尾を一方的に押し出し、旭富士は小結両国に逆転勝ちしてともに土つかず。北天佑は栃司を寄り切った。

寺尾と平幕起利錦の初黒星で、勝ちっ放しは、千代の富士と小錦、旭富士の三人となった。十両は北勝鬨と大若松の二人が4連勝。人気の貴花田は旭里を寄り切って2勝2敗の五分に持ち込んだ。《共同通信》

【大相撲・春日野清隆親方】死去

大相撲の元横綱栃錦で、日本相撲協会の前理事長、現相談役の春日野清隆親方が10日午前7時20分、肺炎のため福岡市城南区の福岡大病院で死去した。64歳。東京都出身。遺体は同日中に東京の春日野部屋に移送して仮通夜を行う予定。告別式は日本相撲協会葬として行われるが、日取りなどは未定。

春日野親方は昨年11月3日、九州場所に備えて福岡市内の宿舎に入っていたときに倒れ、翌4日に同病院に入院して治療を受けていた。

本名大塚(旧姓)で昭和14年1月場所初土俵を踏み、新十両のときに栃錦に改名。軽量ながら、出し投げ、内掛けなど多彩な技を駆使する技能派力士として出世を続け、29年夏、秋場所と連続優勝を果たして横綱に昇進した。

当時106キロ(178センチ)だった体重が増すとともに相撲ぶりも押し、寄りの正攻法に変わり、15場所遅れて横綱に昇進した好敵手、若乃花(現二子山理事長)と好勝負を繰り広げてファンの人気を二分。テレビ放送初期の30年代前半に、栃若時代を築き「名人横綱」とうたわれた。《共同通信》




1月10日のできごと