平成214日目

平成元年8月9日(水)

1989/08/09

【宇野内閣】総辞職

宇野内閣は9日午前10時から臨時閣議で総辞職を決め、「首相談話」を発表した。これにより6月3日に正式に発足した宇野内閣はわずか68日間で幕を閉じた。

自民党内結党以来では石橋内閣(65日)に次ぐ短期内閣、戦後でも東久邇宮内閣(54日)、石橋内閣に次ぐ短命内閣に終わった。

首相は談話の中で「改革前進内閣として政治に対する信頼回復、国民生活の安定、向上、国際社会で期待される役割を果たすべく専心努力を重ねてきた」と強調するとともに、7月にパリで開かれた先進国首脳会議(アルシュ・サミット)の成果を強調。同時に、参院選での歴史的な大敗を受けて「一切の責任を取り、人身を一新し、内外の山積する重要課題に取り組む清新な後継を作り出すことが必要と判断した」と、退陣の経緯を説明している。《共同通信》




【宇野宗佑首相】官邸に別れ

宇野首相は9日昼すぎ、首相官邸玄関で、官邸職員からお別れの花束贈呈を受け、官邸に別れを告げた。花束を受け取った首相は「いや、どうもありがとう」と大きな声を上げ、手を何回も振りながら玄関先から国会へ向かった。2ヵ月余りの官邸暮らしだったが、さすがに感慨深げな表情だった。

これを前に宇野首相は、首相辞任後の派閥復帰について「戻らない。そういうことはきちっとやる」と述べ、自民党旧中曽根派に戻る考えのないことを明らかにした。首相官邸で記者団の質問に答えた。《共同通信》

【海部内閣】成立(発足は7月10日)

自民党政治再生を目指す海部新政権が9日夜、組閣を終え成立した。10日午後、皇居での首相任命式、閣僚認証式を経て正式発足する。9日夕の国会で第76代首相に指名された海部俊樹新首相は直ちに小沢幹事長ら新党三役を決定。同夜首相官邸で組閣に着手し、午後10時半、山下徳夫官房長官(69)が閣僚名簿を発表した。《共同通信》

【自民党】新三役が会見

自民党の新三役に就任した小沢幹事長、唐沢総務会長、三塚政調会長は9日夜、共同記者会見した。

小沢氏は「政治改革、税制改革が当面の最大の課題であり、全党員の意見、国民の意するところを酌み取って、国民の期待に沿うよう全力で取り組みたい」と、両課題を最優先する考えを示した。

唐沢総務会長も「政治改革、党改革をより具体的に強力に推進したい」と抱負を語り、三塚政調会長は「自民党が積み上げてきた政策を正しく国民に理解していただくために努力したい」と述べた。《共同通信》

【長崎市・本島等市長】非核3原則の立法化を

長崎に44回目の「原爆の日」が巡ってきた。9日、爆心地に近い長崎市松山町の平和公園には、約2万5000人が集い「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が厳かに開かれ、長崎は「あの日」の悪夢を思い起こし、平和への思いを刻んだ。

本島等長崎市長は、世界に向けた「平和宣言」で、米空母からの水爆搭載機水没事故を踏まえ非核3原則の立法化を要求、日本政府に対し「外国に住む日本人および外国人被爆者に、国内の被爆者と同等の援護措置を」と提起、例年より踏み込んだ言葉で国境を超えた平和を訴えた。さらに同市長はアジアでの侵略戦争の責任を反省、内外すべての犠牲者に祈りをささげた。《共同通信》

【第71回全国高校野球選手権】開幕

第71回全国高校野球選手権大会は9日、甲子園球場で開会式を行い、14日間にわたる“球児たちの夏”がスタートした。史上最多の3990校が参加した地方大会の激戦を勝ち抜いた49校、735人の若者たちが、あこがれの晴れ舞台を踏んだ。《共同通信》

丸子実3−10上宮

丸子実のうまさも上宮のパワーには通じなかった。1点のリードを許した上宮は3回、持ち前の集中打を発揮した。それも二死から。まず内藤が一塁線を破る二塁打したのが口火だった。捕逸と小野寺の四球で一、三塁とし、主砲・元木が真ん中の直球をスタンドに3点本塁打してたちまち逆転。さらに3連続長短打と攻め手を緩めず、この回計4点を挙げた。2点差に詰め寄られた7回にも二死無走者から2四球を足掛かりに岡田、鈴木の短、長打で3点を追加して大勢を決めた。《共同通信》

8月9日のできごと