平成1013日目
1991/10/17
この日のできごと(何の日)
【カンボジア】複数政党制認める
カンボジア人民革命党の臨時党大会が17日から二日間の日程でプノンペンで開幕した。党大会の開催は85年10月の第5回大会以来6年ぶり。
この日提案された新党綱領草案では、党名を「人民党」と変更、新政体については表現、出版、移動、宗教などの自由が保障された自由民主主義で複数政党制をとると明確にうたった。
演説したフン・セン首相は、「もし選挙に勝ては現在の土地建物は収用すると宣伝している党派があるが、これは新たな種類のポル・ポト体制をもたらすもので、カンボジアを混乱に陥れる」と述べ、暗にポル・ポト派、ソン・サン派を非難、「わが党は現在の土地建物の所有権を保護する」と繰り返した。《読売新聞》
昭和64年1月1日〜このサイトをご覧頂いている日の一週間前まで、すべての日の「何らかの」できごとを記しています。
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【自民党・三塚派】吹田、倉田氏が退会
自民党三塚派出身の吹田自治相(衆院山口2区)は17日昼、倉田寛之参院議員(千葉選挙区)とともに三塚派事務所に三塚博会長を訪ね、派閥退会届を提出し受理された。これは加藤政調会長が分派行動を理由に三塚派を除名されたことに抗議、加藤氏と今後行動をともにすることを明確にしたもので、田名部党国民運動本部長らも順次派閥離脱に踏み切るものとみられている。
三塚氏は吹田氏らとの会談の中で「加藤氏除名の時からあなたたちがこういう行動をとると思っていた」と慰留はせず、倉田氏に対しては「君をここまで決断させた私にも責任がある」と述べたという。《共同通信》
【自民党総裁選】3氏が奔走
自民党総裁選の告示を19日に控え、立候補を予定している三塚博、宮澤喜一、渡辺美智雄の3氏は17日、いずれも都内で関係団体への支持要請や各派内での情勢分析などを続けた。
宮澤氏支持を決めた竹下、河本両派はいずれも幹部が所属議員を集め、運動の強化を指示、宮澤派との連絡対策本部も開き、共同推薦人、合同出陣式の段取りなども決めた。一方、三塚派は吹田自治相らの派閥退会の対応に追われた。《共同通信》