平成2498日目

平成7年11月10日(金)

1995/11/10

【オウム裁判】土谷被告、認否を黙秘

地下鉄サリン事件の殺人罪など5つの事件で起訴されたオウム真理教の幹部土谷正実被告(30)の初公判が10日、東京地裁(山田利夫裁判長)で開かれ、まず麻酔剤チオペンタールナトリウム密造事件(薬事法違反の罪)と指名手配容疑者の隠匿事件(犯人隠匿の罪)の審理が始まった。人定質問で土谷被告は職業を「麻原尊師の直弟子です」と述べ、罪状認否では「黙秘いたします」と起訴事実について全面黙秘した。一連のオウム裁判の罪状認否で幹部被告が黙秘したのは初めて。

弁護人は「黙秘権は刑事責任を問われた被告の最も基本的な権利。国民が事件の真相解明を望んでいることは理解できるが、裁判所は被告の人権を守り適正な審理をお願いしたい」と陳述した。

土谷被告は教祖の麻原彰晃被告(40)の指示で進められたサリンの研究・製造や薬物密造の中心人物とされる教団「化学班」の責任者。残る地下鉄、松本両サリン事件や麻薬・覚せい剤密造事件は今後の公判で審理入りする。

検察側冒頭陳述によると、教団では平成6年6月ごろから、幹部の林郁夫被告(48)が中心となって、信者に麻酔剤を使ってスパイチェックをするようになり、麻原被告の発案で麻酔剤を教義の植えつけにも用いるようになった。

その後、麻酔剤の使用量が増えたが、大量購入は業者から不審に思われるため6年9月下旬ごろ、麻原被告は山梨県上九一色村の教団施設で幹部の遠藤誠一被告(35)と土谷被告に麻酔剤チオペンタールの密造を指示。土谷被告と信者のN被告(35)が同村の土谷被告の実験棟で10月上旬から中旬にかけサンプルの合成に成功した。

遠藤被告はサンプルを元に元信者M被告(40)らと11月上旬までに製造工程を確立。麻原被告は林被告に人体への安全性を確認させた後、量産が始まった。12月上旬からは土谷被告が密造の責任者を引き継ぎ、ことし2月中旬までに計1.7キログラムが製造された。《共同通信》

麻原被告の私選弁護人を務める横山昭二弁護士は10日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、9日に9人の国選弁護団が組まれたことについて「国選弁護団の接見などが一通り終わったら、一堂に会し弁護の基本活動方針を決めたいと思う。私は協調性があるので、十分協調して弁護を進めることができる」と述べた。

国選弁護団と方針が異なった場合どうするか、との問いに対しては「被告は全面否認の方針」とあらためて強調した上で「被告の意向は重視されるはずで、国選だからと言って本人が否認しているものを認める弁護活動をすることはできない」と話した。

また「報道陣が殺到するため(マンションから)裁判所への往復はタクシーを使わなければならず、時間を取られ本来の仕事にも影響が出ている」と不満を漏らし「往復1万2000円の交通費と日当を支払ってもらわなければ記者会見に応ずることはできない。それができるなら週に一回会見してもよい」と述べた。《共同通信》



【新党準備会】寂しいスタート

民主リベラル新党結成に向け、社会党を中心とした「新党結成準備会」が10日、発足した。準備会の顔ぶれは、9月に発足した「新しい政治勢力結集呼びかけ人会議(民主連合)」のいわば身内だけ。新党さきがけや横路孝弘・前北海道知事らの合流という幅広い結集のもくろみは外れ、新党結成の熱気も感じられない寂しいスタートとなった。

新党路線をここまで引っ張ってきた久保亘書記長らは社会党単独の新党移行も辞さない腹を固めているが、村山富市首相は「党が小さくなるようなことはやめてほしい」と慎重姿勢を崩さない。準備会に参加した社会党議員も久保氏に近い者だけとなり、党分裂の芽は残ったまま。新党推進を支持してきた労組も「幅広い結集ができるまで待つべきだ」と、急にブレーキをかけ始めた。《共同通信》

【村山富市首相】江藤長官に厳重注意

村山富市首相は10日午前、過去の植民地政策を正当化する発言をした江藤隆美総務庁長官を呼び、日韓関係に重大な影響を及ぼしたことに遺憾の意を示すとともに閣僚として言動を十分に慎むよう厳重注意した。江藤長官は「各方面に多大な迷惑を掛けた」とあらためて陳謝した。首相は江藤長官の進退は問わなかった。

政府はこれで事態を収拾したい考えで、11日に河野洋平外相を韓国に派遣、政府方針を説明して理解を求めるが、韓国政府は首相の「日韓併合条約は有効」答弁に続く江藤発言に反発を強めており、どこまで理解を得られるかは微妙だ。首相は記者団に対し「オフレコの場での話だし、内容もつまびらかではない。状況を総合的に判断した」と説明した。

村山首相は10日午前の閣議後、野坂浩賢官房長官とともに国会内で江藤長官と会い、江藤発言が外交問題に発展したことを憂慮しながら「韓国の方々を深く傷付けた」と述べ、厳重注意した。江藤氏は「誤った独り善がりの発言だった」と陳謝した。《共同通信》

【韓国政府】河野洋平外相の訪韓を拒否

政府は10日、江藤隆美総務庁長官の過去の植民地政策に対する発言問題で、村山首相が江藤氏を厳重注意。日韓関係修復を急ぐため、11日から河野洋平外相の韓国派遣を予定していたが、江藤氏の更迭を求める韓国政府が反発、外相受け入れを拒否した。

韓国側は江藤氏の処分が厳重注意という軽いものにとどまったことについて「適切な措置を取らなければ意味がない」と態度を硬化させており、アジア太平洋経済協力会議(APEC)大阪会議の際の日韓首脳会談開催も極めて困難な情勢となった。首相の日韓併合条約をめぐる国会答弁をきっかけに悪化した日韓関係は、深刻な事態に直面した。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・村山富市首相は10日、ロサンゼルス・ドジャースの野茂英雄投手が米大リーグの新人王を獲得した感想を記者団から聞かれ「それはすごいね。(野茂投手は)子供たちのアイドル、あこがれだ。いいことだね」と満面に笑みを浮かべ、手放しの喜びよう。首相が若かりしころのアイドルを問われると「戦争中じゃったから、そんなに明るい話題はなかった」としながらも「野球なら川上哲治さん、女優なら田中絹代さんだね」と昔を懐かしむ表情に。沖縄基地問題、江藤隆美総務庁長官の問題発言と難題続きの中で、野茂投手の話題は一服の清涼剤になったよう。

○・・・新進党の小沢一郎幹事長はこの日、療養生活から約1週間ぶりに党務に復帰。常任幹事会では「数日間すみません。今日からまたよろしくお願いします」と頭を下げ、しおらしく復帰宣言したものの、体調を尋ねた記者団には「よくないね、ずっと。病院に入っている時が一番よかった」と軽口。さらに「(記者クラブから要求がある)記者会見はやってやってもいいが、何も分からないからやっても仕方ない」「君らの顔を見ていないのが一番、健康にいい」と相変わらずの毒舌ぶりを発揮、記者団をけむに巻いていた。《共同通信》

【ドジャース・野茂英雄投手】新人王「うれしい」

野茂日米の新人王に輝く―。米大リーク、ナ・リーグの新人王が日本時間10日(現地時間9日)発表され、ドジャースの野茂英雄投手(27)が日本人として初めて選出された。 野茂は宿泊していた小松市から東京・東品川の記者会見場に上下ジーンズのラフな姿で現れた。1990年(平成2年)の近鉄時代に新人王に選ばれたが、海の向こうの米国でも新人王という、二国にまたがっての快挙を成し遂げ、その喜びを語った。

小松市加賀八幡の北陸体力科学研究所でリハビリ中だった野茂は吉報がモーニングコールになったという。「普通に電話を取ったら、アメリカからの電話だった。別に待っていたわけではないです」

ライバルはプレーブスの三番打者ジョーンズ三塁手。激戦が予想されていたが、28人の記者投票の結果、18人が野茂に1位票を投じた。期待する一方で不安もあったようで「本音を言えばもらえるかどうか分からなかった。彼が選ばれてもおかしくなかったので、もらえたことはうれしい」と話す。

1990年に近鉄でも新人王に輝き、日米での受賞。「日本の時は最初からある程度もらえると分かっていたところもあった。でも、両方うれしいです」と言って笑顔を浮かべた。

ドジャースからは4年連続で新人王が出た。「僕一人でなく、みんなが新人王になることに協力してくれた。みんなで勝ち取れた」とナインへの感謝の言葉も忘れなかった。 既に来季に向けてのトレーニングを開始している。「ワールドシリーズに出たいので、優勝に向けて一勝、一勝積み重ねていきたい」と二年目へ抱負を語った。

午前10時50分ごろ、東京に向かうため、北陸体力科学研究所を出た野茂投手は、青色のカッターにブレザーというリラックスした姿で、ヤクルトスワローズの吉井理人投手と一緒に小松空港を後にした。 野茂は7日から、北陸体力科学研究所と隣接の加賀八幡温泉病院で整形、内科、眼科、歯科などの診察を受け、特に肩とひじを入念にチェックした。《北國新聞》



11月10日のできごと