平成2059日目

平成6年8月28日(日)

1994/08/28

【H2ロケット2号機】打ち上げ成功

打ち上げが延期されていた純国産大型ロケットH2の2号機が、28日午後4時50分、宇宙開発事業団の種子島宇宙センター(鹿児島県)からあらためて打ち上げられた。

H2は順調に飛行、打ち上げから28分後には搭載した軌道上重量2トンの技術試験衛星6型(ETS6)を分離、静止軌道に向かうトランスファ軌道に投入し、打ち上げは成功。同事業団はETS6を「きく6号」と命名した。日本は独自技術による大型ロケットシステムの実用化にまた一歩近づいた。

きく6号では衛星間通信や移動体通信、光通信などの実験が予定され、マルチメディア時代に道を開くことになる。

2号機は今月17日に打ち上げ予定だったが、推進系の弁の故障で一日延期。さらに18日には打ち上げ直前、地上の監視制御装置の集積回路が故障して固体ロケットブースターが点火せず、エンジンを緊急停止していた。同事業団はあらためて点検作業を実施、教訓が実った。

きく6号は打ち上げ1時間後、折りたたまれていた太陽電池パドルを展開して全長30メートルに伸長。5日後にはエンジン部分を切り離し、1カ月以内に赤道上3万6000キロの静止軌道に入る予定だ。

H2は総開発費2700億円。打ち上げ費は1回190億円。2号機は1号機と同じ仕様で、全長50メートル、衛星を除く全重量は260トン。《共同通信》



【村山富市首相】シンガポールで献花

東南アジア歴訪の最後の訪問国として28日、シンガポール入りした村山首相は、同日午後、旧日本軍のシンガポール占領中に殺された人々の慰霊碑に献花した。

1967年(昭和43年)の除幕式以来、日本の首相が慰霊碑に公式に献花したのは初めて。今月24日には土井衆院議長が同じく日本の国会議員として初めて献花している。

午後4時25分、繁華街の一角にある慰霊碑前に到着した村山首相は、ジャヤクマル外相や郭令裕・シンガポール中華総商会会長らの出迎えを受けた後、白と黄色の菊の花輪をささげ、深々と一礼。英語、中国語、マレー語、タミール語の四カ国語で刻まれた碑建立のいわれについて説明を受けながら、周囲を一周、再び深く礼した。

郭令裕会長は「日本の首相として初めてという点が、重要だ。これをきっかけに、他の閣僚などの献花も行われるようになればいい」としつつ、「私も含め、若い世代は戦争を直接知らない。今回の献花が、大きな反響を呼ぶようなことはないだろう」との見方を示した。

地元紙ストレーツ・タイムズの記者は「(50年前のことを謝り続けるのは理解できないとの)マハティール・マレーシア首相の発言は、アジアの声を代表していない。中国系の人々が受けた仕打ちを忘れることはできない」と話した。

慰霊碑は「日本占領時期死難人民紀念碑」と呼ばれ、62年(同37年)に日本軍による虐殺の被害者の遺骨が多数発見されたことから、政府が提供した土地に共同墓地も兼ねて建立された。《共同通信》

【村山富市首相】早期解散を否定

東南アジア歴訪中の村山首相は28日午後、訪問先のシンガポール市内のホテルで同行記者団と会見し、野党側が衆院小選挙区区割り法成立後の早期解散を求めていることに対し、「理解できない。解散は頭の中にない」と早期解散を全面的に否定した。《共同通信》



8月28日のできごと