平成1937日目

平成6年4月28日(木)

1994/04/28

【羽田内閣】発足

kakuryo80
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羽田連立内閣が28日夕、皇居での閣僚認証式を経て正式に発足、1955年の第2次鳩山内閣以来、戦後5回目の少数与党政権となった。

主要閣僚では、新生党から官房長官に熊谷弘氏、蔵相に藤井裕久氏が再任、通産相に畑英次郎氏が起用され、外相には自民党を離党した柿沢弘治自由党党首が就任した。20の閣僚ポストのうち新生党が8、公明党が6と、両党主導が鮮明な内閣となった。

羽田首相は「改革と協調」を内閣の基調として税制、経済、行財政の諸改革達成に全力を挙げるとともに、国際的地位にふさわしい役割と責任を果たすとの首相談話を発表、初閣議で内閣一体となった取り組みを指示した。しかし社会党の離脱で政権基盤は極めて弱く、政局は本年度予算成立後の衆院解散・総選挙の可能性をはらんで、緊迫した状況が続きそうだ。

新内閣では社会党が占めていた6閣僚と新党さきがけが抜けた分が、各党に割り振られる形となり、政治改革担当相ポストは廃止された。新生党は3ポスト増え大蔵、通産、官房以外に加藤六月氏が農相、石井一氏が自治相、左藤恵氏が国土庁長官、佐藤守良氏が北海道、沖縄開発庁長官、永野茂門氏(参院)が法相にそれぞれ就任。官房副長官に北村直人氏が起用され、官邸は新生党で固めた。

2ポスト増の公明党は石田幸四郎委員長が総務庁長官に再任。初入閣組では二見伸明氏が運輸相、森本晃司氏が建設相、日笠勝之氏が郵政相、近江巳記夫氏が科学技術庁長官、浜四津敏子氏(参院)が環境庁長官に就任した。科技庁長官だった社民連の江田五月代表は閣外に去った。

民社党は大内啓伍委員長が厚相として再任。1ポスト増えた分は神田厚氏が防衛庁長官に就いた。日本新党からは寺沢芳男氏(参院)を経企庁長官に起用。民間出身の赤松良子文相は再任された。「改新」に合流した院内会派「改革の会」からは鳩山邦夫氏が分相で入閣した。

羽田首相は28日午前、皇居での任命式を経て第80代首相に正式に就任。この後、官邸で村山社会党委員長と会談したが、委員長が政権復帰を拒否したため、同党抜きで組閣を断行した。《共同通信》



【羽田孜首相】社会党政権復帰「あきらめていない」

羽田首相は28日夜、首相官邸で就任後初の記者会見を行い、少数与党政権となったことに関連し社会党の政権復帰を「まだあきらめていない」と述べ、社会党の説得を続ける考えを強調、自民党とも政策協力を模索することで政権の安定化を図る考えを示した。組閣の遅れについては「国民に謝罪する」と陳謝した。

取りざたされる早期の衆院解散・総選挙については「解散する状況にない」と否定。その上で、新制度での総選挙の根幹となる小選挙区の区割り法案成立を今国会中に果たす考えを強調した。

細川政権が白紙撤回した国民福祉税に関しては、直接税の負担が過大だという点には国民的理解が進んでいるとの見方を示し、6月中に間接税率の引き上げに取り組み、年内に税制改革法案の成立を目指す姿勢を打ち出した。

国連の安全保障理事会常任理事国入りについては「(安保理が)改革されるなら責任を果たす」と述べ、積極的に進める方針を明らかにした。国連平和維持活動(PKO)の平和維持軍(PKF)参加凍結の解除には慎重姿勢を示した。《共同通信》

【永野茂門法相】死刑執行「ちゅうちょするのはよくない」」

永野茂門新法相は28日夜、法務省での就任記者会見で死刑問題に触れ「慎重にやることはもちろんだが、公正な裁判の結果なのだから(死刑の)執行にちゅうちょするのはよくない」と述べた。

昨年、計7人の死刑が執行された一方、今月6日には超党派の国会議員103人が「死刑廃止を推進する議員連盟」(田村元会長)を発足させるなど、死刑制度の存廃論議が高まっている中、踏み込んだ発言として波紋を広げそうだ。

「死刑執行を一時的に停止する考えはあるか」との質問には「私自身にはありません」と答えた。《共同通信》

【政界談話室】

○…羽田首相は28日朝、他閣僚に先立ち正式に首相として任命され、地方制度調査会で「一人内閣という異例な中での会合となって恐縮だが、国事の停滞は許されない。あえて審議をお願いする」と厳しい表情であいさつ。これに先立ち村山社会党委員長に政権復帰の最後の呼び掛けをしたが不調に。記者団から「社会党抜きの組閣となったが」「少数与党だが」とただされると「残念なんだけどね。やむを得ないね。本当に残念なんだけど」などと「残念」を連発。同日夕には新内閣を発足させたものの、晴れ晴れしい船出とほとても言えない様子だった。

○…自民党小渕派の小渕会長はこの日の派閥の総会で「岩手県出身の原敬首相は人を束ねる秘けつとして金の欲しい人には金、ポストの欲しい人にはポスト、勲章の欲しい人には勲章をやると答えたという伝説がある」と紹介。返す刀で「同じ岩手の人は」小沢新生党代表幹事を暗に示し「金とポストはやったが、もう一つの勲章を忘れたのではないか。代議士のは士、侍の士。つまりプライドだ。それれ、金とポストで人間が寄ってくると思ったのだろう」と、連立政権から社会党が抜けた理由が小沢氏の不人情にあると分析してみせた。《共同通信》



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