平成1935日目

平成6年4月26日(火)

1994/04/26

【中華航空140便墜落事故】

26日午後8時15分ごろ、愛知県西春日井郡豊山町の名古屋空港で台北発名古屋行き中華航空140便エアバスA300−600R(乗客乗員272人)が着陸に失敗、滑走路南側で炎上した。

愛知県警、名古屋市消防署、航空自衛隊などが消火・救出作業に当たり、同機は午後9時すぎ鎮火したが、運輸省名古屋空港事務所などによると、27日午前1時までに乗客ら233人の死亡が確認されたほか、さらに不明者を捜索している。

今回の事故は、日本の戦後航空事故史上では、昭和60年8月の日航ジャンボ機墜落事故(死者520人)に次ぐ惨事となった。中華航空などによると、乗客は2歳以下の乳児2人を含め257人、乗員は15人。乗客のうち15人はJTBなどが募集したツアー客。外国人は約100人だった。

運輸省によると、中華航空機は計器着陸装置(ILS)を使って滑走路南側から北に向かって着陸しようとして失敗、炎上した。事故機は管制塔から着陸許可を受けて間もなく「着陸をやり直す」と連絡した直後、交信を絶った。事故機は左右に揺れながら着陸態勢に入り、着陸直前に機首を上げ、機体後部を打ち付けるような形で滑走路南端に落ちたという。

中華航空の日本支社長は会見で「事故機は着陸時に右の翼が地面に接触して炎上した」と語った。空港関係者の話では、事故機は機首を東側に向け、尾翼以外は原形をとどめないほどめちゃくちゃに壊れているという。《共同通信》



【南アフリカ】アパルトヘイトに幕

南アフリカ史上初の全人種選挙は26日午前7時から投票が始まった。人工の4分の3を占めながら、これまで政治の表舞台から締め出されてきた黒人有権者1600万人を含む2200万人以上の有権者が投票を開始、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策は名実ともに解体した。

この日は投票所へ行けない病人、老人、受刑者らに限って投票を受け付け、黒人たちは生まれて初めての一票を投じた。ヨハネスブルグ周辺の老人ホームでは早朝、500人以上が長い列をつくって投票を待った。

選挙に反対する白人極右連合のテロが心配されたが、同日午前10時(日本時間午後5時)現在、爆弾、送電線破壊などの妨害工作はない。《共同通信》

【社会党・村山富市委員長】連立離脱を表明

社会党の村山委員長は26日未明、党本部で緊急記者会見し「連立政権の枠組みを決めた上で政権合意をし、新政権を発足させることになっていた。その前提が崩れた」と連立政権を離脱する意向を正式に表明した。

1994年度予算案については「細川政権の与党としての責任があるのだから、予算の成立には万全を期す」と述べたが、新政権発足に当たっての基本政策合意については「連立政権から離れるのだから拘束されない」との見解を示した。予算成立後の衆院解散・総選挙については「これからの推移を見ないと分からない」と述べ、その可能性を否定しなかった。《共同通信》

社会党の連立政権離脱という非常事態で指名当日の組閣を断念した羽田新首相は26日未明、首相官邸で報道各社のインタビューに応じ、混乱の経過を説明した。就任後初めての「記者会見」が釈明の会見、しかも時間は未明と、細川政権をそのまま踏襲した格好となった。

羽田首相は、社会党の行動について「大変残念」としながらも「各党から私に投票してもらった立場として、ぜひ社会党と一緒にやりたい」「心を割った話し合いをしたい。まだ話し合「う余地はある」などと「率直な対話から道が開ける」という首相の信条を懸命に説いた。しかし、もたつきのダメージを覆い隠したいのか、口数はいつもに増して多かった。

社会党が統一会派結成を「背信行為」としていてることに対しては「背信と言われるのはちょっと違う」「誤解があろう」とやんわり反論したが、統一会派結成が25日に行われたことについては「今日にあるというのは承知していなかった」と正直に告白。政局を動かしているのは小沢新生党代表幹事という。「二重構造」をかえって暴露した形だった。《共同通信》

羽田新首相による組閣の遅れのあおりを受け、26日午前に予定されていた定例閣議は地方自治法改正案の決定などの案件があったものの中止となった。憲法6条によると、「天皇は国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命する」との規定があり、首相が法的に地位を得るのは、あくまでも天皇の任命による。このため、羽田氏は国会で指名を受け実質的な首相となっているが、任命式を終えておらず、正式な「首相」とはいえない。 羽田氏の首相任命式までは形式的には総辞職した細川護熙氏が首相の職務を執行することになっている。《共同通信》

連立政権離脱を決めた社会党に対し羽田新首相や小沢代表幹事をはじめとする新生党幹部は26日、社会党の「政権復帰」を求めて必死に働き掛けた。しかし村山社会党委員長は「今の段階で何も話をすることはない」と夕方前には都内の議員宿舎に帰宅、新生党側の接触を一切絶ってしまった。

「羽田・村山会談」による事態の打開についても「とき既に遅し」(山口鶴男元書記長)とかたくなな姿勢を崩さない社会党に、他の与党は「少数政権」発足に踏み切るかどうかの瀬戸際で、厳しい選択を迫られている。この日昼の社会党を除く連立与党の党首・代表者会談で検討された打開案は①統一会派「改新」の説明が不十分であったことを謝罪する②自由党の参加に手続き的不備があるとの社会党の主張に配慮する③社会党閣僚ポストの1減案を撤回するーなど。

小沢氏が午後、久保社会党書記長に会って、この打開案を示し、羽田・村山会談の地ならしを進めたが、久保氏は「ポストの問題ではない」と拒否。当初「呼び掛けがあれば羽田氏との会談に応じる」としていた村山氏は「行方不明」と称して、議員宿舎に雲隠れしてしまい、対社会党工作の「取っかかりさえつかめない状況が続いた。

社会党離脱の原因となった「改新」結成については、夕方になって民社党の大内委員長が「白紙撤回」を口にしたほか、新生党内で複数の幹部から「十分検討できる」との見直し発言が出始めた。社会党側でも、一部で「改新が撤回されれば、何とか修復に向かうべきではないか」との柔軟論が右派・中間系の政策集団「デモクラッツ」の幹部会合などで浮上しているが、「覆水盆に返らずだ」(山岸連合会長)と冷ややかな見方が依然多い。《共同通信》

【政界談話室】

○…羽田新首相は社会党の連立政権離脱ショックから一夜明けた26日午前10時すぎ、首相官邸に現れたが、目はしょぼしょぼ。午前4時近くまでインタビューに答えたり、社会党への対応に追われたためで、記者団の「寝不足では」の問いに「1時間半しか寝てないんだ」。首相正式就任前の激震に、対応を尋ねられても「あちら(社会党)も何か思い込みがあるんだよな」とぼやくばかり。「タイムリミットは考えていない」と社党説得の努力は示したが、村山委員長の色よい返事はなし。「平成の改新」に「普通の人」は打つ手なし?

○…自民党の小渕恵三元幹事長はこの日、党役員会で選挙対策本部事務総長に正式決定。森幹事長と一緒に記者会見したが「気力、体力、知力ともあの人(森氏)ほど持っているとは思わないが、力いっぱいやりたい」といつになく冗舌。最近は党の役職もなくあまり目立つこともない上、会長を務める旧竹下派「経世会も政策集団・平成政治研究会に衣替え。派閥領袖としての影も薄くなっただけに「この職に立った以上、公正にやっていく」と大張り切り。派閥を割った羽田新首相らのつまずきもやる気に輪をかけた。《共同通信》



4月26日のできごと