平成1931日目

平成6年4月22日(金)

1994/04/22

【連立与党】次期首相候補に羽田孜氏

連立与党は22日午後2時すぎから国会内で5党2会派の党首会談を開き、羽田孜副総理兼外相(58)=新生党党首=を細川首相の後継首相候補として正式決定した。衆参両院本会議での首相指名選挙は25日に行われ、河野自民党総裁、不破共産党委員長も出馬するが、羽田氏が第80代、51人目の首相に選ばれるのは確実。25日中に組閣を終え、非自民の第二期連立政権が発足する。羽田氏は翌26日には国会で所信表明演説を行う。

羽田氏は候補受諾に当たり「国内外の山積する問題に死力を尽くしたい」と決意を表明。焦点は官房長官、外相を中心とした新内閣の閣僚人事に移った。

党首会談では、まず政策合意文書「新たな連立政権樹立のための確認事項」を了承し、署名した。次いで日本新党代表の細川首相が首相候補の選考を求め、村山社会党委員長が羽田氏を推薦、満場一致で決めた。

羽田氏はこの後、各党党首との合同記者会見で「確認事項」に沿って政策遂行に当たる考えを示し、「国際社会で信頼、理解、愛される国をつくるため全力を尽くす」と抱負を語った。《共同通信》



【細川護熙首相】2900万円税務申告せず

細川首相が辞任の理由として自ら明らかにした資金運用疑惑で、首相の公設第一秘書八塚南海夫氏は22日午前、記者会見し、首相が東京都内の企画会社社長に資金を預けて得た実質的な運用益約2900万円を税務申告していなかったことを明らかにした。八塚氏は税務申告については「時効分を含めて適切な措置を取る」として修正申告をすることを示唆した。

一方、会社社長に資金を預けて運用していたことについて、出資法と貸金業法の両面から検討した結果、首相の側には法的問題はなかったという見解を明らかにした。《共同通信》

【細川護熙首相】「脱税じゃない。申告漏れ」

細川首相は22日午後、公設秘書の記者会見で首相の個人資金の運用益に脱税疑惑が明らかになったことについて「脱税じゃない。申告漏れ」と述べ、脱税の意図はなかったことを強調した。

首相の責任についても「私は道義的責任を取って(首相を)辞めるんですから。責任をとったじゃないですか」と述べ、国会議員辞職や日本新党代表辞任の考えはないことをあらためて示した。首相官邸などで記者団の質問に答えた。首相はいらだちを隠せず、質問を遮ったり、「何言ってるんだ」と独り言を吐き捨てる場面もあった。《共同通信》

【武村正義氏、鹿野道彦氏】羽田氏支持を表明

連立与党の首相候補に決まった羽田新生党党首(外相)は22日午後、武村新党さきがけ代表、鹿野道彦新党みらい代表、柿沢弘治自由党党首と相次いで国会内で会談、25日の首相指名選挙を含め今後の「羽田政権」への協力を求めた。

武村氏は首相指名選挙で羽田氏を全員一致で支持すると言明。鹿野氏も「できる限り協力していきたい」と、羽田氏支持の立場を表明した。柿沢氏は「党内で協議し、25日の午前中に返事をする」と述べるにとどまり、回答を留保した。ただ、同氏は会談後、記者団に「連立与党の政策合意は幾つかの点で踏み込み不足の点はあるが、全体的に一歩前進と評価する」と強調、羽田氏支持に回る可能性を示唆した。

外相などでの入閣が一部で取りざたされる鹿野氏は記者会見で、自身の入閣の可能性について「今の段階では想定していない」と述べた。《共同通信》

【政界談話室】

○…細川首相は22日、「緑の羽根」募金運動キャンペーンで首相官邸を訪れたミス東京の上口真弥さん(20)ら美女二人に囲まれ「こういうのは何回やってもいいなあ」。胸に羽根をつけてもらうと「もう一つつけていただいてもいいんですよ」と軽口を飛ばすなど、吹っ切れた様子。もっとも、「肥料をやれば来年も咲きます」と鉢植えの桜を贈られた時には、すかさず横から武村官房長官が「内閣の寿命より長い」とぼそり。周囲は笑ったが、首相は厳しい現実に引き戻された表情。

○…社会党の野坂浩賢国対委員長はこの日、国会内で記者会見し、連立与党の政策合意の内容について「総体的に譲歩になるが、党の主張は取り入れられた」と精いっぱいの前向き評価。これまでの名うての「社会党主体性論者」はどこへ行った、と思わせるひょう変ぶりだった。あれほど抵抗した間接税引き上げ問題についても「所得税減税をする。福祉ビジョンも作らなければならない。その財源は必要だ」と物分かりの良いこと。しかし、最後は「(社会党が)自民党のようにならないよう十分対応しなければならない」と、社会党分裂だけが気に掛かる執行部の本音がちらり。《共同通信》

【自民党】攻めの姿勢明確に

自民党は22日、連立政権が後継首相を事実上羽田外相に決めて連立の枠を維持したことに関し「無理な合意が行われたわけで、政策的に十分攻めの姿勢が取れる。野党として国民の理解を得て、存在を示す必要がある」(河野総裁)と、細川政権に比べて難産だった“第二期連立政権”の羽田政権はくみしやすしとの見方だ。

連立与党の政策協議合意までの過程が、自民党には、「複雑で整合性がない。取りあえずまとめたが、矛盾が露呈している」(森幹事長)と映っている。「本会議、予算委で政策論争を挑んで、矛盾点を明確にしたい」(同)と、連立与党内の政策上の違いを引き出し、連立政権の本質が「国民不在の権力ゲーム」(小里国対委員長)でしかないことを明確にしたい考えだ。

羽田首相については「細川首相が持っていた国民的人気というオーラ(霊気)がないから魅力のない政権になる」(宮沢派幹部)と、戦いやすさを強調する向きもある一方で、「よく知っている間柄だから攻めにくいよな」(河本派幹部)との声もある。羽田氏とかつては同じ派閥だった小渕派には、小沢新生党代表幹事に対するような反発はなく、「羽田さんは自民党に対し、融和策を取ってくる。小沢氏とやがてそりが合わなくなる」(小渕派幹部)とみて、硬軟両面作戦も必要との意見だ。《共同通信》

【新生党・小沢代表幹事】渡辺氏との連携になお含み

新生党の小沢代表幹事は22日夕、フジテレビ番組に出演し、自民党離党を断念した渡辺元外相について「渡辺さんも現状を厳しく認識し、このままではいけないと考えている。自民党との連携は(連立側の)趣旨に反するが、渡辺さんが危機意識で自民党を離れ、一緒にやろうというのなら喜んでやりたい」と述べ、今後渡辺氏が自民党を離党した場合の連携に含みを残した。

小沢氏は羽田党首(外相)が後継首相候補に決まったことについて「日米関係、税制、朝鮮半島など(懸案が)いろいろある。思う通りに決断してやってほしい」と期待を表明した。《共同通信》

【リチャード・ニクソン元米大統領】死去

ウォーターゲート事件に絡んで1974年に辞任したリチャード・ニクソン元米大統領が22日午後9時(日本時間23日午前10時)すぎ、脳梗塞の後遺症のためニューヨーク市のコーネル大学医療センターで死去した。81歳だった。ニクソン氏は在任中、対ソ緊張緩和を推進、歴史的訪中やベトナム戦争終結などの実績を上げ、大統領辞任後も対ロシア支援を訴え、世界各地で講演するなど精力的な政治活動を続けていた。

同氏は18日、ニュージーャージー州の自宅で脳梗塞のため倒れ、同医療センターに運ばれた。集中治療室で手当てを受け、一時容体が好転したが右半身不随となり、話ができない状態だった。

1913年1月9日、カリフォルニア州生まれ。デューク大学卒業後、46年カリフォルニア州選出の共和党下院議員、50年同上院議員を歴任し、52年からアイゼンハワー大統領政権の副大統領を務めた。60年の大統領選挙で接戦の末、民主党ケネディ候補に敗れ、62年のカリフォルニア州知事選でも敗退、いったん政界引退を表明した。

68年の大統領選で奇跡的なカムバックを果たして当選。72年再選されたが、その選挙戦中に起きた民主党全国委員会本部の盗聴事件(ウォーターゲート事件)のもみ消し工作などの責任を追及され、議会の弾劾を避けるため74年8月9日に辞任した。米国で在職中に辞任した大統領はニクソン氏が初めて。

辞任後は、ニューヨークを拠点に著述、講演などの活動を続け、世界各地を旅行するなどしていた。著書に「指導者たち」「ノーモア・ベトナム」などがある。昨年6月、パトリシア夫人に先立たれて以来、健康状態が悪化していた。《共同通信》



4月22日のできごと