1994 平成6年1月1日(土)のできごと(何の日)

1994/01/01

平成6年1月1日(土)

平成1820日目

【アフガニスタン】カブールで激戦

アフガニスタンの首都カブールで1日、ラバ二大統領派と民兵勢力、ドスタム将軍派の部隊がロケット砲や野砲などによる砲撃戦を13時間以上展開、少なくとも8人が死亡、250人が負傷した。戦闘が下火になるに従って、市内の病院に運ばれる者が増えており、死傷者数は増加する見込み。

大統領と対立しているペクマティアル首相のスポークスマンはパキスタンのペシャワルで、同日未明にぼっ発した戦闘に反大統領派の全勢力が参加した、と述べており、カブールでは野砲弾やロケット弾など7000発以上の砲弾が飛び交うなどここ半年間で最大の戦闘になった。

特に、大統領派とドスタム将軍派の部隊は市内の高地に陣取って互いに砲撃したが、砲弾の多くは目標を外れ、市民の住宅に着弾、死傷者がかなり出たもよう。また、市内各所で、大統領派と将軍派の部隊が激しい銃撃戦を展開した。

大統領派の部隊がいったん将軍派の手に落ちたカブール空港を奪回したことがら、戦闘は下火に向かっているという。ラバニ大統領派と将軍派の首都での戦闘は初めてである。《共同通信》

カブールからの報道によると、アフガニスタンの首都カブールで1日早朝から激しい戦闘が起き、病院関係者らによると、これまでに約70人が死亡、少なくとも670人が負傷した。カブールでは昨年5月以来、最大の戦闘となった。

報道によると、交戦したのはラバニ大統領派のマスード前国防相が率いるイスラム協会の部隊と北部マザリシャリフを拠点とする民兵組織、ドスタム将軍派の部隊で、ロケット弾の応酬のほか、ドスタム派戦闘機による首都中心部への爆撃も行われた。

アフガニスタンでは主導権争いからラバニ大統領派とヘクマティアル首相派の部隊が昨年11月から12月にかけて首都近郊のタガブ、サロビ地区で約2カ月間戦闘を続け、12月末にようやく停戦に合意したばかり。ドスタム将軍派が今回新たに大統領派の部隊と衝突した背景は不明だが、ドスタム派がヘクマティアール首相派、親イランのシーア派イスラム統一党と手を結び、ラバニ政権打倒に決起した、との情報も流れている。《共同通信》



【米・ニューヨーク】ジュリアーニ新市長就任

昨年11月のニューヨーク市長選挙で現職の黒人市長を破り、24年ぶりに民主党から市政を奪回した共和党のルドルフ・ジュリアーニ氏が1日、第107代市長に就任した。

「麻薬と犯罪の温床となったニューヨークを徹底的に清掃する」という公約を掲げ激戦の末当選しただけに、犯罪の抑止が財政の立て直しとともに四年間の任期の最大課題になる。市長は新警察長官にボストン市警長官を指名するなど、34の主要ポストを入れ替えて人事を一新した。《共同通信》

【ガザ】イスラエル軍発砲、5人負傷

イスラエル占領地ガザの中心部で1日、パトロール中のイスラエル軍部隊が石や火炎瓶を投げられたため、パレスチナ人青年2人を逮捕、さらに発砲し、付近の病院によると、5人が負傷した。

この事件を取材していた記者8人のうち、AP通信社の記者ら2人が兵士に銃床で殴られ、全員が一時、記者証を没収された。

軍スボークスマンは、発砲による負傷は4人であり、記者証没収は退去要求に抵抗したための措置だと述べ、退去要求と同時に殴打が始まったとする記者側と見解を異にしている。《共同通信》

【サッカー第73回天皇杯】横浜フリューゲルスが初優勝

サッカーの第73回天皇杯全日本選手権決勝大会最終日は1日、東京・国立競技場で鹿島アントラーズー横浜フリューゲルスのJリーグ勢同士の決勝を行い、延長戦(5分ハーフ)の末横浜Fが6−2で勝って初優勝を飾った。

試合は前半6分に鹿島が黒崎のシュートで先制したのに対し、横浜Fは同44分にエドゥーがPKを決めて追い付き、後半18分には鹿島DF大場の反則(退場処分)で得たPKを、再びエドゥーがけり込んで逆転した。しかし10人となった鹿島は同終了直前の44分、奥野が同点ゴールを挙げて、延長に持ち込んだ。

延長に入って後半7分、横浜Fは渡辺のヘディングシュートで勝ち越し。その後は10分と13分にアマリージャ、14分に反町と、立て続けに得点を重ねて鹿島を突き放した。《共同通信》

【第38回全日本実業団対抗駅伝】旭化成が5連覇

第38回全日本実業団対抗駅伝は1日、前橋市の群馬県庁前を発着点とする7区間86.3キロのコースに32チームが参加して行われ、旭化成が4時間14分21秒で5年連続17度目の優勝を遂げた。

1区では、5000メートルの日本記録を持つ高岡寿成(鐘紡)が飛び出す展開だった。しかし旭化成は2区の高尾憲司が3位から首位に浮上。高尾はじめ、3区の大崎栄、4区の森下広一と3人連続区間最高で優勝への基盤を固め、6区の佐保希、アンカーの谷口浩美も快調に飛ばし楽々逃げ切った。《共同通信》

【新年祝賀の儀】

年頭に当たり天皇、皇后両陛下が皇太子ご夫妻はじめ皇族方や首相などから祝賀を受ける「新年祝賀の儀」が1日、皇居の宮殿で行われた。

午前10時前、えんび服姿の天皇陛下とローブデコルテの皇后さまが宮殿・松の間へ。皇族方が順に進み出て新年の祝賀を述べ、続いて細川首相や閣僚、最高裁長官、衆参両院議長、国会議員らが四つのグループに分かれ、両陛下にあいさつ。午後は各国外交団が民族色豊かな服装で宮殿を訪れ、両陛下にあいさつした。《共同通信》

【細川護熙首相】政治改革成立に全力

細川首相は新年にあたり、1日付で「年頭のあいさつ」を発表し、政治改革、行政改革、経済改革の3つの改革に引き続き全力を挙げる考えを強調した。

特に政治改革については「早期成立に向け全力を尽くすのが課せられた使命だ」とし、今国会の会期内成立に強い決意を表明した。《読売新聞》

細川首相は1日、午前の皇居での新年祝賀の儀に出席した後、首相公邸で新年会を開き、閣僚や連立与党の幹部など約120人と新年のあいさつを交わした。

新年会には閣僚のほか、社会党の久保、公明党の市川両書記長らが参加。「なるべく質素にやりたい」という首相の意向から、新年会は自民党の歴代首相とは異なった「ごく身内だけ」(首相周辺)のつつましいものとなった。

首相は、熊本県知事時代は毎年のように軽井沢などでスキーをして正月を過ごしていたが、首相就任後初めての正月となった今年は、都内でテニスを楽しむ程度。最大の選挙公約だった政治改革関連法案の「年内成立」を果たせず、予算編成作業が越年して景気対策も思うように打ち出せなかったことから、正月3が日は、公邸で静かに過ごす“自宅謹慎”の日々となった。《共同通信》



1月1日のできごと

シェアする

フォローする