平成1798日目

平成5年12月10日(金)

1993/12/10

【皇后陛下】回復の兆し

神奈川県・葉山町の葉山御用邸で静養中の皇后さまは10日、金沢一郎東大教授(神経内科)の診察を受けた。その結果、声が出ない症状に回復の兆しが出てきたという。10月20日に倒れて以来1カ月半ぶり。宮内庁筋によると、皇后さまはまだ完全とは言えないが、少しずつ言葉を話せる容体となり、症状は回復に向かっているという。 宮内庁によると、皇后さまは7日にささやくような、声だが「陛下」「サーヤー(紀宮さま)」と発語されたという。 皇后さまは59歳の誕生日の10月20日、東京・元赤坂の赤坂御所で倒れ、言葉が出ない状態となった。11月に入って公務に復帰、愛媛、高知両県を訪問、8日からは新御所への引っ越し作業のため、天皇陛下、紀宮さまとともに葉山御用邸で静養されていた。

宮内庁は10日、天皇、皇后両陛下が来年2月中旬、第二次大戦の激戦地として知られる硫黄島など小笠原諸島を訪問されると発表した。天皇の同諸島訪問は昭和2年に昭和天皇が、父島、母島を訪問して以来。硫黄島は初めてという。《共同通信》



【細川護熙首相】「コメ交渉に理解を」

細川首相は10日午前の参院予算委員会で、コメの部分開放に関する調整案について「明らかにできない部分について唐突に思うことが多いかもしれないが、外交交渉であることを理解してほしい」と述べ、「追加的譲歩」と「影の関税化」(関税率低減の進行)という2つの問題が先の政府与党首脳会議で示された調整案骨子から欠落していたことについて釈明した。

首相は「密室交渉と言われるが、多国間交渉でまとめねばならない。国民にオープンに分かりやすくするのが望ましいが、限度がある」と強調した。自民党の浦田勝氏の質問に答えた。《共同通信》

【細川内閣】「コメ開放」閣僚に不満相次ぐ

10日午前の閣議後の閣僚懇談会で、コメ部分開放を11日に正式決定したいとする細川首相の意向をめぐり、社会党閣僚を中心に「交渉の全体像が不透明だ」「農業、農民の将来が見えない」などの疑問や不満が相次いで表明され、閣内の調整不足ぶりを露呈した。

論議は、先に示された調整案骨子から7年目以降についての追加的譲歩の条項が漏れていた点に集まった。社会党閣僚は「ショックだった」(久保田経企庁長官)、「調整案の扱いに疑問点がある」(上原国土庁長官)、「外国はどうなっているのか。今日決めるのは困難だ」(五十嵐建設相)、「今日は羽田外相発言を聞いただけで、方針を決めるのではない」(佐藤自治相)などと次々に発言。さらに大内厚相(民社党委員長)も「基本的なことをきちんと説明すべきだ」と、外交当局の姿勢を批判した。

羽田外相がまず閣議で「多国間の折衝でもあり、食い違いが出た点をおわびする」と陳謝。加えて畑農相もその後の閣僚懇で「追加条項など心配をお掛けしたことをおわびする」と頭を下げた。

閣議後の記者会見で、石田総務庁長官(公明党委員長)も「閣僚に対して(追加的譲歩など)想定されるものは議論できるよう、説明すべきだった」と遺憾の意を表明。また伊藤運輸相も「不満だ。社会党の閣僚として重大な判断がいる」との決意を示すなど、各閣僚発言はコメ問題にまつわる気持ちの揺れをのぞかせた。《共同通信》

【羽田孜外相】「コメ問題」でジュネーブへ

政府、連立与党は10日午後、コメ市場開放問題をめぐる新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)への対応について大詰めの調整をし、羽田外相を同日夜、急きょジュネーブへ派遣した。10日夜に予定されていた政府与党首脳会議は、正式決定への運びをめぐる連立与党内の足並みの乱れや、外相のジュネーブでの協議を見守るため、直前になって中止された。

また11日午前の閣僚懇談会は予定通り開かれるが、政府が開催を決めていた同日午後の首脳会議と臨時閣議は取りやめになり、コメ部分開放受け入れの正式決定は週明けの13日以降にずれ込むことになった。この結果、コメ市場部分開放の正式決定時期と国会の会期延長問題が絡み合うのは確実で細川政権は極めて難しいかじ取りを強いられることになった。

武村官房長官は10日夕の記者会見で、外相派遣について「四極閣僚会議の可能性も含め、新ラウンド全体の総括的指揮を執る目的だ。自民党や社会、民社両党など与野党を含めて強い要請があった」と説明した。

今回の派遣決定には、交渉期限ぎりぎりまで政府が努力した姿勢を打ち出すことで、社会、自民両党や農民らの強硬な反対を和らげようとの狙いがあるとみられる。村山社会党委員長は10日夜、首相官邸で細川首相と会談し「最後まで努力してほしい。外相派遣は結構なことだ」と評価した。《共同通信》

連立与党は10日夕から夜にかけ、政府が羽田外相のジュネーブ派遣を決めたことを受け、2回にわたって代表者会議を開き、コメ問題の対応を協議した。

この中で事前に代表者に連絡が不十分なまま、首相官邸と自民党との協議で派遣が決定されたことに対し「一生懸命政権を支えようとしているのにどういうこととか」などと官邸側の対応に激しい反発が続出した。最終的には「政府が決めたものを覆すわけにはいかない」と外相の派遣を了承。13日以降のコメ問題決着に向け政府側の対応を見守ることでけりがついたものの、コメ問題の最終局面で連立政権のもろさを改めて露呈した格好で、終盤国会の行方にも尾を引くことになりそうだ。

代表者会議では、新生党の小沢代表幹事、公明党の市川書記長が特に厳しく批判。羽田外相の派遣に了承を求める鳩山官房副長官に「代表者はだれも聞いていない。自民党と話してすぐに官房長官が発表するとはどういうことか」など繰り返しがみついた。また、9日の政府与党首脳会議で外相か農相の派遣を求めた与党側に対し、政府側が「いま閣僚を派遣しても意味がない。かえって日本側が注文を付けられることになる」と難色を示したことを指摘し「一夜にして変わったのはどういうわけか」と詰め寄る場面もあった。

民社党の米沢書記長も「コメ問題の収拾の大事な場面で、官邸の不手際は否めない」と同調した。ただ、コメの再交渉を主張してきた社会の久保書記長は終始沈黙を守っていたという。《共同通信》

【ネルソン・マンデラ氏、フレデリック・デクラーク氏】ノーベル平和賞受賞

アパルトヘイト(人種隔離)撤廃の基礎を築いたとして、今年のノーベル平和賞を受賞した南アフリカの黒人組織、アフリカ民族会議(ANC)のネルソン・マンデラ議長(75)とフレデリック・デクラーク大統領(57)への授賞式が10日、ノルウェーの首都オスロで開かれ、両氏に賞金計670万スウェーデーン・クローナ(約8800万円)が授与された。

マンデラ議長は、来年4月の制憲議会選挙について「選挙は歴史的な第一歩であり、人種差別がいかなるところで起きてもこれと断固闘うという共通の誓いを示すものだ」と強調。デクラーク大統領は「われわれは間違いなく勝利を収めるだろう。平和を信じるわれわれは国民に対して、彼らの権利と安全を保障する上で一層の努力を続けなければならない」と述べた。《共同通信》



12月10日のできごと