平成1474日目

平成5年1月20日(水)

1993/01/20

【ビル・クリントン氏】第42代米大統領に就任

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米国民の再結集を旗印に、民主党のビル・クリントン氏(46)が20日、米国の第42代大統領に就任した。クリントン氏は歴代大統領の中で三番目に若く、初めての戦後生まれ。アルバート・ゴア副大統領(44)とのベビーブーム世代コンビで、21世紀をにらんで、経済力の強化を柱とする米国の再生に取り組む。

クリントン氏はこの日午前11時半(日本時間21日午前1時半)から連邦議会議事堂の西口玄関前特設会場で開かれる就任式に臨み、正午(同2時)に宣誓した。続いて、約20分間の就任演説を行い「米国は、われわれが多大の努力を払ってつくり出してきた世界を指導し続ける」と唯一の超大国としての責任を強調、「平和な外交手段によって行動するが、必要とあれば、力を行使する」と述べた。また、内政では、最大の課題である膨大な財政赤字を削減する意志を表明し「われわれは国民と未来に投資する必要がある」と訴えた。

新大統領は「米国の良いところによって直すことのできない悪いところはない」と述べ、米国の「再生」を力説した。クリントン氏が就任後に直面する最大の内政課題は米経済の足かせとなっている約4兆ドルの累積赤字対策。4年間で年間の財政赤字を半減するという公約の実行は非常に難しい。外交面でも、対イラク政策で決断を求められ、旧「ユーゴスラビア内戦への対応を迫られるなど、難問が山積している。また、経済安全保障を外交政策の三本柱の一つとするクリントン政権は、より強硬な対日姿勢を取るとみられている。

演説終了後、クリントン新大統領はヒラリー夫人(45)らとともに、議会からホワイトハウスまでペンシルベニア通りを約3キロにわたりパレードした。ブッシュ大統領はバーバラ夫人(67)と就任式に出席したあと、同日午後には地元のテキサス州ヒューストンに向けて出発する。《共同通信》



【イラク】対米関係修復を期待

クリントン新米政権の発足を機に、米欧軍から度重なる攻撃を受けたイラクは、対米挑発姿勢から一転して米国との関係の修復を求める構えを示した。新政権誕生に合わせて、イラクは20日朝からの一方的停戦を宣言するとともに、今回の危機の原因の一つとなった国連機乗り入れに対し無条件の同意を国連に通告した。

米国とイラクは1990年夏のイラク軍のクウェート侵攻を発端とした湾岸危機まで蜜月状態にあった。米政府は、79年の革命で成立したイラン・イスラム政権の封じ込めを中東政策の基本の一つに置いていたからだ。

米政府はフセイン・イラク政権を利用し、8年間続一いたイラン・イラク戦争ではイラク側に経済的、軍事的な協力を続けた。同戦争終結後、中東随一の軍事大国に成長したイラクはクウェート侵攻という誤算を犯し、米国と正面から対立する結果となった。

湾岸危機に伴う経済制裁、それに続く湾岸戦争でイラクの経済生産基盤は破壊され、国民は高インフレの中で苦しい生活を強いられ、不満は根強い。フセイン政権にとっては、経済危機打開のための石油輸出の再開が緊急課題だ。

ブッシュ政権はフセイン大統領の出身基盤であるイスラム教スンニ派のほかシーア派やクルド人が混在するイラクの民主化を再三要求してきた。しかしイラク側としては、湾岸戦争前も同様の国内政策を取っていたにもかかわらず米国とは親密な関係を維持していたと、苦々しく感じている。

「サウジアラビア、クウェート、エジプトや中南米諸国には民主的政治機構はなく、人権への配慮も全くない」(アブデルジャバル・モフシン・イラク大統領報道官)と米国に反発しながらも、クリントン次期米政権との関係修復を模索するイラク側の外交路線は、困難を極めることになろう。《共同通信》

【皇太子さま】中東歴訪延期に

政府は20日午前の臨時閣議で、22日からの皇太子殿下の中東六カ国歴訪について、イラクの国連決議違反に対する米国などの武力行使で現地情勢が「親善訪問するにはふさわしくない環境」との理由で延期することを了解した。

既に六カ国の了承を得ており、改めて外交ルートを通じて日程を再検討するが、情勢が流動的である上、皇太子殿下は小和田雅子さんとの結婚の儀を控えていることもあり、訪問がいつ実現するかの見通しは立てにくい状況だ。

閣議では、河野官房長官が「殿下の訪問は昨年12月18日の閣議了解に基づき準備を進めてきたが、イラクの国連決議違反により「米、英、フランス三国の武力行使が生じた。この時期の訪問は環境がふさわしくないとの結論に達した。政府としては誠に残念だが、一日も早い実現を希望する」と発言、了解された。

河野長官はこの後の記者会見で、延期理由について「各方面からの情報を分析したが、安全については全く問題があるとは思えない。しかし親善訪問はどれだけ余裕をもって成果を上げられるかどうかだが、その状況にない」と述べ、全体の雰囲気が親善の旅にふさわしくないことを指摘した。《共同通信》

【野球殿堂入り】村山実氏、稲尾和久氏

野球体育博物館の第33回競技者表彰委員会は20日、東京都文京区の同博物館内で行われ、表彰委員212人(未投票の10人を除く)による記名投票(10人以内の連記)を開票の結果、稲尾和久(55)、村山実(56)両氏の野球殿堂入りが決まった。

投票では、鉄腕投手として西鉄の黄金時代を築いた稲尾氏と、ダイナミックな投法でライバル巨人の長嶋、王らと名勝負を演じた元阪神の村山氏の2人が、当選必要数である有効投票数212票の75%(159票以上)を獲得した。《共同通信》

【宮沢喜一首相】「党改革に全力」

自民党は20日午前10時から東京・日比谷公会堂で第56回党大会を開いた。

宮沢首相(総裁)はあいさつで「今年は戦後民主主義の正念場の年だ。政治は国民のかつてなく激しい不信の中にあり、深憂に堪えない」と、佐川急便事件による政治不信の高まりに危機感を表明した上で「政治改革を実現し、国民の政治への信頼を確立するため、何よりもまず、わが党が自らを変革しなければならない」と述べ、党改革に全力を挙げる決意を強調した。

同時に「制度面の見直しを行うべきだ」とも述べ①政治資金の透明性の確保②カネのかからない政治活動③政策を中心とした選挙の実現―などの抜本的改革を先頭に立って推進する姿勢も表明した。

大会は、政治改革や景気回復が柱の平成五年運動方針などを決定し、同日昼に閉会した。首相は景気対策については「当面の最重要課題」とした上で、平成5年度予算の早期成立とともに「必要があれば遅滞なく思い切った手を打つ」と、追加対策の可能性を示唆した。

首相はあいさつで「党が長らく政権を維持できた理由の一つは、党内で自由な主張とかっ達な発言が保障され、議員それぞれが活力を十分に発揮できたことにある。今や党運営に硬直化の弊がみられ、本来の党内民主主義を取り戻すことが急務だ。党の良き伝統への回帰を目指した新しい動きをてこに、自己改革に励まなければならない」と述べ、党内民主主義の確立を目指した党改革の重要性を指摘した。

しかし首相は、党内で高まっている改憲論議やコメ自由化問題への言及は回避した。《共同通信》

【小泉純一郎郵政相】郵貯見直しを強調

衆院逓信委員会は20日、郵便貯金批判を続けている小泉郵政相の発言をめぐって通常国会の開会前に異例の審査を行った。質問に立った与野党7人の委員が全員、郵政相の一連の発言を批判、全国特定郵便局長会や郵政関係労組の幹部中らも見守る中での大臣糾弾し色彩が強い場となった。しかし、郵政相は「行財政改革の一環として、郵便貯金や財政投融資の見直しを検討していく必要がある」と、持論でもある行革推進論を展開した。

ただ就任直後から郵貯を民営化すると発言したことが、30万人の郵政職員に動揺を与えているとの指摘に対して、小泉郵政相は「これからは大臣としての発言に注意し、誤解のないように努める」と態度を軟化。民営化の進め方についても「郵政事業が国民から信頼されているのも事実だし、そういうことも踏まえていろいろな人から意見を聞いて検討していく。私の在任中に(民営化を)やろうなどとは毛頭考えているわけではない」と慎重に対応していく意向を示した。

委員会では与野党の委員がそろって郵貯の民営化反対の立場を表明。これに対し郵政相は「日本経済を発展させていくには、官業は民業の補完に徹するべきんで、民間ができることは民間に任せればいい」と反論。さらに、郵貯が集めた資金を活用する財政投融資についても「財投機関はたくさんあるが、それが全部必要なのか。このままだとどんどん拡大していくだけだから、行政の簡素化のためにも見直し論議が必要だ」と、財投制度全体の改革の必要性を強調した。《共同通信》

【大相撲初場所11日目】曙、貴花田、ともに土

大相撲初場所11日目(20日・両国国技館)横綱、大関昇進を目指す大関曙と関脇貴花田がそれぞれ2、3敗目を喫し、平幕の大翔山が1敗で優勝戦線の単独トップに立った。曙は栃乃和歌を突き放し切れず、左上手投げに横転させられ場所後の横綱昇進が絶望的となった。貴花田は大翔山の右下手投げに敗れ、大関昇進は極めて難しくなった。かど番を脱出した大関小錦は好調琴別府を寄り切って、2敗をキープ。関脇琴錦は元気者の若花田に完敗して4敗目を喫したが、関脇武蔵丸は勝ち越した。《共同通信》

【オードリー・ヘプバーンさん】死去

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「ローマの休日」など数々の名作に出演し、妖精のような魅力で世界の映画ファンを魅了した女優のオードリー・ヘプバーンさんが20日、大腸がんのためスイニス・ローザンヌの自宅で死去した。63歳だった。

ヘプバーンさんはベルギーのブリュッセル生まれ。父はアイルランド系英国人の貿易商、母は貴族の血を引くオランダ人だった。19歳で単身ロンドンのバレ工学校に進学。舞台姿が映画関係者の目に留まり、端役で映画にデビューした。

数本の映画に出た後、「ジジ」のブロードウェー公演の主役に抜てきされ、この舞台を見たウィリアム・ワイラー監督が「ローマの休日」(1963年)の王女役に起用。滑らかで気品ある美しさと天衣無縫の無邪気さが爆発的人気を呼び、ショートヘアの「ヘプバーン・カット」が話題に。

この作品でいきなりアカデミー主演女優賞を獲得。翌54年にはブロードウェーの「オンディーヌ」で米演劇界最高の栄誉であるトニー賞を得て「オードリー時代」が幕を開けた。グラマー・タイプ全盛のハリウッドに衝撃を与え、個性的な美しさがまず求められる風潮の契機となった。

名匠ビリー・ワイルダー監督の「麗しのサブリナ」(54年)「昼下りの情事」(57年)などで妖精的魅力を振りまいた。70年代からは出演作は少なくなり、スピルバーグ監督の「オールウェイズ」(89年)が最後の作品となった。《共同通信》

【園山俊二さん】死去

「ギャートルズ」「ペエスケ」「さすらいのギャンブラー」で知られる。漫画家の園山俊二さんが20日午前8時55分、肝不全のため川崎市高津区の虎の門病院分院で死去した。57歳。松江市出身。

早大商学部卒業。在学中に福地泡介らと早大漫画研究会設立に参加した。卒業後に「毎日小学生新聞」に「がんばれゴンベ」を連載、漫画家のプロとしてデビューー。原始時代の人間などを登場させた「ギャートルズ」で文春漫画賞を受賞。代表作はサラリーマンの悲哀を描いた「花の係長」などがある。《共同通信》



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