平成1392日目

平成4年10月30日(金)

1992/10/30

【宮沢喜一首相】所信表明演説

第135臨時国会は30日召集された。会期は12月8日までの40日間。宮沢首相は同日午後、衆参両院の各本会議で所信表明演説を行い、政治改革の実現に「不退転の覚悟で取り組む」と強い決意を表明した。

首相は佐川急便事件に関連し政治家と暴力団との関係について「およそ政治家がこのような集団とかかわりを持つべきではない」と厳しく批判。政治資金の透明性の確保、金の掛からない政治活動や政策中心の選挙の実現を挙げ「思い切った政治改革」との表現で抜本改革への意欲を強調。さらに竹下派の抗争などを背景に行き過ぎた派閥活動への反省を示した。《共同通信》



【パーマ訴訟】高裁「退学勧告やむを得ず」

高校の校則で禁じられたパーマをかけたことなどを理由に退学を迫られ、卒業直前に自主退学した東京都内の会社員A子さん(23)が「校則は違憲・違法で退学勧告は行き過ぎ」として私立修徳学園(東京都葛飾区)と校長に卒業認定と卒業証書授与のほか慰謝料500万円を求めた訴訟の控訴審判決が30日、東京高裁であった。

菊池信男裁判長は「パーマ禁止の校則は社会通念上不合理ではなく、無効と言えない。退学勧告はA子さんの態度などからやむを得ず、違法性は認められない」としてA子さんの請求をすべて退けた一審東京地裁判決を支持、A子さんの控訴を棄却した。《共同通信》

【ナムチャバルワ峰】初登頂

中国チベットの秘峰、ナムチャバルワ峰(南迦巴瓦峰=7782メートル)に挑戦していた日中合同登山隊(読売新聞社など主催)は30日午後0時9分(日本時間午後1時9分)、初登頂に成功した。日本側・山本一夫、中国側・ジャブーの両登拳隊長ら第一次アタック隊6人全員が、登頂した。この日は7600メートルのビバーク(不時露営)地点から、一気に登り切った。BC入りから50日目でのアタックで頂点に立った。二次隊も頂上に向かっている。

日中6人のアタック隊は午前8時30分、ビバークを終え、急傾斜の雪面をルートを探しながら進んだ。その後、稜線に上がり、頂上に向かった。ナムチャバルワは東チベットにある難峰で、未踏峰の山では世界最高峰だった。

合同隊は1990年秋にルート偵察の後、昨年、頂上まであと322メートルに迫ったが、悪天候のため登頂を断念していた。

この登山は日中国交回復20周年を記念して計画されたもので、初登頂成功が両国の登山技術の向上と友好促進に花を添えた。《読売新聞》

中国チベットの秘峰、ナムチャバルワ峰(南迦巴瓦峰=7782メートル)に挑戦していた日中合同登山隊は三十日、一日中の第一次アタック隊が午後0時9分(日本時間午後1時9分)に初登頂したのに続いて、第二次隊のうち5人が午後2時30分過ぎに頂上に到達した。この日一日で計11人が一挙に未踏峰を極めた。《読売新聞》

【ピラタス横岳ロープウェイ】ゴンドラが駅に衝突

30日午後4時5分ごろ、長野県茅野市北山の横岳(標高2472メートル)山頂と山麓を結ぶピラタス横岳ロープウェイ(全長2147メートル)で、上下線のゴンドラ2台がほぼ同時に山麓駅と山頂駅ホームの防護用鉄サクとコンクリート床にぶつかった。ゴンドラには、上りに11人、下りに61人の計72人の乗客、乗務員がいたが、衝突のはずみで将棋倒しとなり、70人が救急車で地元の三つの病院に収容された。

このうち同県上山田町温泉、ホテル従業員Aさん(51)ら7人が右足骨折などで重傷。事故当時、現場一帯は雷雨に見舞われていた。衝突の衝撃でホームの鉄サクがねじ曲がったが、ゴンドラ本体に異状はなかった。

乗客は滋賀県野洲町にある目黒化工滋賀工場の従業員46人ら紅葉見物客。男性乗客の一人は「ホームの直前でスピードがゆるまず、そのままぶつかった」と話していた。

ロープウエーを経営している茅野市、諏訪バスなどの第三セクター「ピラタス横岳ロープウェイ」によると、ゴンドラはコンピューターで制御しており、秒速7メートル。上り、下りが同時刻に発車、停車するようになっており、ホームにさしかかると、自動的にホームの前でいったん止まり、約10メートルのホームを進んで完全停止する仕組みだった。操作は山麓駅の機関室で行っている。

諏訪署では自動制御装置の故障が原因とみて関係者から業務上過失致傷の疑いで事情を聞いている。《読売新聞》



10月30日のできごと