平成898日目

平成3年6月24日(月)

1991/06/24

【大相撲番付発表】貴花田関、史上最年少で小結昇進

角界の若武者、貴花田が史上最年少の三役に“勝ち名乗り”を上げた。夏場所初日に大横綱・千代の富士を寄り切りで破るなど快進撃を続け、三役は確実とみられていたが、24日、愛知県体育館で来月7日から開かれる大相撲名古屋場所の新番付発表で昇進が正式に決まったもので、18歳10か月の小結は、北の湖の19歳7か月を9か月も上回る超スピード出世。藤島部屋では、この貴花田を含め3人が三役にそろい踏み、また若花田も前頭二枚目に躍進し、新番付を手にわき返った。

同一部屋の三役トリオは、昭和50年秋場所の二所ノ関部屋(関脇金剛、麒麟児、小結青葉城)以来のこと。

貴花田は「うれしいです」と言ったあと、「初めて上がったので(兄弟子2人を)見習って行きたい」。そして「名古屋は暑いので夏バテしないように体を作りたい。(史上最年少三役は)関係ありません」と、喜びと責任をかみしめていた。また、若花田は「まだ勉強の最中ですが、早く三役になれるようがんばりたい」と、決意を語った。《読売新聞》

【野村証券、日興証券】社長が辞任

大口法人投資家に対する巨額の損失補てんなどが明るみに出た野村証券は24日午前、臨時取締役会を開き、田淵義久社長の代表権のない副会長への就任と、後任社長に酒巻英雄副社長の昇格を決めた。27日の株主総会後の取締役会で正式決定する。同時に役員会では、今夏の役員賞与の全役員全額カットも決めた。田淵氏は、すでに就任している公社債引受協会長の辞意を明らかにするとともに、田淵節也同社会長の経団連副会長ポストの去就については「田淵会長自身の判断に一任する」と述べた。

業界最大手の野村証券の不祥事はバブルの崩壊で証券界の“古い体質”が一気に表面化したことの象徴ともいえ、今回の社長交代は、国民の証券不信がこれ以上広がらないよう、トップ企業としての責任を明確化するのが狙いとみられる。

野村証券は、暴力団稲川会の東京急行電鉄株の大量買い占め事件に関与しているとの疑惑や京都市の総会屋に金銭を渡していたことが次々と表面化。今月20日には、平成2年3月期の税務申告で、約160億円を自己否認、大口の法人投資家に対し、急落した債券などを高値で買い戻すなどの手法で事実上の損失補てんをしていたことも明らかになった。

この日の記者会見で、田淵社長は、一連の不祥事について、「証券市場の透明性、信頼について厳正な認識が欠けていたとし、社長が業務運営の最高責任者であり、今回の一連の事件を考えて、日判断した」と述べ、引責辞任であることを明らかにした。また、日本証券業協会長に7月1日付で田淵節也会長の就任が内定していることについては「重責だが、ぜひ務めてほしい」(田淵氏)と述べ、予定通り就任する考えを明らかにした。《読売新聞》

一連の証券不祥事で揺れる日興証券は24日午後、取締役会を開き、岩崎琢弥社長の退任と高尾吉郎副社長の社長昇格を内定した。27日の株主総会後の取締役会で正式決定する。同日午前発表された野村の田淵義久社長退任に続いて法人投資家に対する損失補てんや暴力団への資金援助問題などの責任を取ったもので、岩崎社長は代表権のない副会長に退く。大手四社中、二社が突然の社長辞任に踏み切るという、わが国証券史上前例のない事態を迎え、証券界は、投資家の信頼回復へ向けて、早急に体質改善を迫られることになった。

東京証券取引所で記者会見した岩崎社長は、今回の一連の事件について「社会の公器として強く公正、透明性を求められる証券会社にとってその役割を大きく損なうもの」と述べ、暴力団前会長に対する資金援助が報道された今月中旬の段階ですでに辞意を固めていたことを明らかにした。さらに、今期、全役員の賞与を全額カットすることも明らかにし、「ケジメをつけたい」と述べた。

一方、梅村正司会長(日本証券業協会会長)の進退に関しては、「業務の全責任は社長にある。会長に責任はない」との考えを明らかにした。

四大証券のうち、大和、山一も同日、記者会見したが、社長交代の考えはないことを表明。すでに役員に対しては、減俸などで「処分は終わっている」(十亀博光・大和証券常務)との判断を改めて示した。《読売新聞》

【ひとめぼれ】ササニシキ後継新品種の名称決定

宮城県と農水省は24日、人気に陰りが出始めた東北の代表的な銘柄米ササニシキの後継品種として期待されている新品種「東北143号」の名称を「ひとめぼれ」に決定した、と発表した。26日付の官報で告示する。《共同通信》

【社会党・土井たか子委員長】「後継」田辺氏念頭に

社会党の土井委員長は24日、中央執行委員会で執行部の総辞職を決めたのを受け、同日午後、国会内で記者会見した。後任の委員長人事について、公選で選出するという原則を踏まえるべきだとしながらも、21日の田辺誠副委員長との会談に触れて「後についてもお願いしたいと(田辺氏に)申し上げた」と述べ、後継として田辺氏を念頭に置いていることを公式に明らかにした。同時に土井氏は、自ら後任の委員長を指名することは否定、今後、三役を中心に調整を進める考えを示した。

土井氏は先の統一地方選敗北の原因について、一昨年の参院選で与野党逆転を実現しながら、その後、同党が期待にこたえられなかったことを挙げ「選挙後、進退について意を決していた。改革案の目安がついたのを区切りに辞意を表明した」と辞任の経緯を説明。後任の委員長人事では、公選の原則を指摘した上で「公選は、飛鳥田委員長の時以来だが、話し合いで決めることもある。挙党一致の状況をつくることだが、三役で取りまとめをしていくことが必要だ」とし、挙党体制づくりのため、できれば話し合いで決めるのが望ましいとの考えを示した。

安保・自衛隊政策の見直しなどを内容とする党改革案については、「平和憲法の理念を踏まえ、現実を理念に近づけることが大事だ」と述べた。《読売新聞》

【海部俊樹首相】ポーランド・ビエレツキ首相と会談

来日中のポーランドのヤン・ビエレツキ首相と海部首相との首脳会談が24日夕、東京・元赤坂の迎賓館で約1時間15分行われた。ビエレツキ首相は、ポーランドの民主化・経済改革について、「コメコン(経済相互援助会議)の崩壊などで困難な面もあるが、民営化の推進などを断固たる決意で継続する」と強調し、ポーランド向け投資の拡大など日本との経済面での関係強化に強い期待を表明した。

これに対し海部首相は、ポーランドの改革努力を支持すると述べ、「引き続き二国間での技術協力や、世銀など国際金融機関を通じての金融協力などで支援して行く」と約束した。また、約1900億円にのぼる対日公的債務についても、主要債権国会議(パリ・クラプ)の決定を踏まえ、50%削減を実施して行く考えを示した。

さらに、対ソ支援問題について、ビエレツキ首相は「西側の対ソ支援がポーランドの輸出機会を失わせる。ことにならないよう配慮してほしい」と要請した。《読売新聞》

【ベトナム】共産党大会開幕

24日開幕したベトナム共産党七回党大会は、グエン・バン・リン書記長の「一般演説」に引き続き、午後はソ連など外国代表による演説が行われ、初日の日程を終了した。

「一般演説」の中でリン書記長は、「ベトナムにとって、社会主義の道以外に真の独立、自由、幸福を実現する道はない」と述べるなど、一党独裁制に基づく社会主義路線を堅持することを改めて強調した。経済政策については、「改革政策は正しかった。この路線を一層推進しなければならない」と強調、86年の第六回党大会から進めら一れているベトナム版立て直し、ドイモイ(刷新)政策」の一層の推進を訴えた。

この「一般演説」は、政治報告や党規約改正案などを要約した形で行われた。リン書記長はまず89年の東欧社会主義圏の崩壊、ソ連内の政治的動揺などを受け、「現在、社会主義は深刻な危機にあり、多方面からの批判にさらされている」と厳しい認識を明らかにした。そして、党と政府の分離や、党内民主化などの政治面での改革を進める必要性を強調した。しかし、「改革路線の決定的な要素は党の堅い指導性である」と述べ、党の指導性強化により、改革路線を推進していくことを改めて確認した。

一方、経済面でのドイモーイ政策の評価については、個人営業の自由や土地の占有権の承認などの、一連の改革を今後も堅持することを表明。しかし、一方で、生産の停滞、高インフレや財政金融制度の未整備、さらに、自由化に伴う汚職などの否定面を克服できていないことを率直に認めた。そして「自立した経済と外国投資の導入は矛盾しない」などと述べ、改革路線を進めるにあたり、日本などの西側諸国の資本力に期待していることを示唆した。

外交政策では、対ソ連との「連帯関係」がベトナム外交のかなめであるとの認識は変わらないが、西側、中国に対しても、「社会、政治体制の違いにとらわれず、あらゆる国と平等かつ相互利益的な協力関係を求める」として、開かれた外交姿勢を取ることを明らかにした。《読売新聞》

【明大・栗本慎一郎教授】辞職へ

経済人類学者の栗本慎一郎・明治大法学部教授が24日、都内のホテルで記者会見し、今年度前期限り(9月30日まで)で同大を辞職することを明らかにした。同日、後藤信夫理事長あての辞表を、学部長に郵送したという。

栗本教授は「大学内には力のある二派(閥)があり、暴力事件も起きている。私自身、身の危険を感じている」と説明、明大生の体質も批判したうえで、「大学の正常化に努力してきたが万策尽きた。研究機関の機能をなくした明大への抗議一の辞職だ」と語った。

一部にうわさのある政界への転身については、「そのために大学を辞めるつもりはない。(辞職の)決断とは無関係」とし、「当面は、中年フリーターかな」と述べた。《読売新聞》

【新潟県寺泊町】病死の89歳夫と20日間

24日午後2時ごろ、新潟県寺泊町、無職Aさん(89)宅寝室で、Aさんが布団の中で死んでいるのを、勧誘に訪れた銀行員が見つけ、与板署に届け出た。

同署で調べたところ、死後20日余りたっており、病死と断定。居合わせた妻は「夕飯を食べさせようと声をかけたが答えはなく、触れてみたら冷たくなっていた」と話している。

調べによると、Aさんは妻と二人暮らしで、5月下旬から寝たきりだったという。布団をかけたまま死んでおり、着衣に乱れもなかった。妻は「長年つれ添ってきたので、かわいそうになり、医者や近所の人にも言わずに、一緒に暮らしていた」と話している。

近所の人によると、Aさんは県職員を辞めた後、退職年金で暮らしていたという。三人の子供は県内に住んでいるが、十年以上前から二人暮らし。近所づき合いはほとんどなく、子供もあまり帰ってきていなかったらしい。《読売新聞》



6月24日のできごと