平成837日目

平成3年4月24日(水)

1991/04/24

【政府】ペルシャ湾への掃海艇派遣を決定

政府は24日夜、首相官邸で安全保障会属と臨時閣議を相次いで開き、ペルシャ湾に敷設された機器の除去のため自衛隊の掃海艇を派遣することを正式に決定、「平和、人道的な人的貢献策」として国民の理解と協力を求める政府声明を発表した。海部首相は閣議後、記者会見し「(湾岸戦争の)正式停戦で戦闘に巻き込まれる懸念はない」として、平時で、しかも地域を限定した派遣であること強調、海外派兵につながる恐れはないことを重ねて表明した。

自衛隊の本格的な海外派遣は1954年の発足以来初めて。野党や中国などアジア諸国内に“無原則な海外派遣”として強い懸念が生じているほか、自民党内にも慎重論や法改正論があり、新たに浮上したクルド難民空輸への対応を含め今後に問題を残しそうだ。

政府の決定に基づき海上自衛隊の掃海艇な天隻が26日、出発する。

政府声明は、湾岸危機でイラクがペルシャ湾に敷設した機雷の早期除去、日本タンカーを含む船舶の航行安全回復が「国際社会の要請」であることを指摘し「被災国の復興に寄与すると同時に、輸入原油の相当部分を湾岸地域に依存する日本にも喫緊の課題だ」として派遣の必要性を強調。

派遣の法的根拠については、自衛隊法99条(機雷等の除去)を挙げるとともに、今回の派遣決定が①正式停戦が成立し、平和が回復した状況下である②遺棄機雷を除去するもので武力行使の目的を持たない③憲法が禁止する海外派兵には当たらないと正当性を掲げ、「戦争放棄」の平和国一家の理念に持の決意を改めて示している。《共同通信》

【海部俊樹首相】掃海隊派遣は警察活動

海部首相は24日夕の参院本会議で、ペルシャ湾への海上自衛隊の掃海艇派遣について「自衛隊法99条に基づく機雷除去のための派遣だ」と強調。

その上で派遣問題とわが国防衛の基本原則である「専守防衛」との関係について「99条に基づく機雷除去は一種の警察活動であり、自衛隊本来の任務を規定した第13条(に基づく派遣)ではなく、(99条が)同法8章(雑則)にしるしてあるところからみても専守防衛と直接の関連はないと考える」と答弁、掃海艇の派遣は警察活動であり、専守防衛とは抵触せず、専守防衛の枠外の行動であるとの見解を示した。

これは社会党の喜岡淳、公明党の猪熊重二、共産党の諌山博の三氏が派遣の根拠をただしたことへの答弁。

首相が派遣は警察活動であり専守防衛とは直接関係ない、との新判断を示したことに対し野党は反発しており、今後新たな論議を呼びそうだ。《共同通信》

【政界談話室】再登板説否定に躍起

○…海部首相は24日、中国国家体育運動委員会の伍紹祖主任と会った。この直前、掃海艇派遣をめぐる新華社通信の「海外派兵の第一歩」との中国側の報道に、首相が「派兵じゃない。過剰反応じゃないか」と気色ばむ場面があっただけに、伍主任との会談後も記者団の質問は掃海艇に集中。

ところが首相は「そう言うんじゃないよ。同じアジアの国として北京のオリンピックと広島のアジア大会を一緒にやろうということだ」と、一転して上機嫌で応対。首相は「一緒にテニスをやろうとも言ったんだ」と付け加え、スポーツの世界に政治は抜き、と言わんばかりだった。

○…ニューヨーク滞在中の竹下元首相はこの日、コロンビア大学での昼食会に出席。あいさつに立った旧知のジェラルド・カーチス教授は「若槻礼二郎と竹下氏は同郷だ」と切り出し、二人とも「首相就任前に蔵相を歴任」「日米関係改善に全力を尽くした」と共通点を列挙。続けて「知ってもらいたいのは、若槻は二回総理をやったことだ」と、竹下氏の再登板に熱いラブコール。

これには竹下氏、「二人とも旧制松江中の出身だが、若槻氏は開学以来という大秀才。私は恩師の先生方から“お前は天才だ”と言われたことはない」と相違点をに強調、再登板説の否定に躍起だった。《共同通信》

【大阪地検、府警】特別背任容疑でイトマンを強制捜査

中堅商社イトマンの不明朗な絵画ビジネスと不動産投融資をめぐる疑惑で、大阪地検特捜部と大阪府警捜査2課は24日朝、特別背任などの疑いで、東京、大阪、京都、愛知、兵庫の5都府県の関係箇所を捜索、初の強制捜査に着手した。《共同通信》

【イラク】クルド人自治認める

イラクのクルド人組織、クルド愛国同盟のタリバニ議長は24日深夜(日本時間25日未明)記者会見し、フセイン・イラク大統領と、クルド人の自治権を含む4項目で原則合意に達したことを明らかにした。

タリバニ議長は八つの主なクルド人組織のリーダーの一人として同日、フセイン大統領と会談しており、今回、原則合意に達したことで、トルコやイランに逃れたクルド人難民の帰還を含め、クルド問題に進展がありそうだ。

またフセイン大統領にとっては、クルド組織と合意に達したことで、米国をはじめとする各国の干渉を防ぎ、国内問題として処理できる基盤を築いたということができる。

タリバニ議長を含むクルド代表団は①イラクの統一の維持②民主化の推進③クルド人の自治④イラクの独立維持ーの4項目で、政府と基本的に合意した。《共同通信》

【林正之助さん】死去

関西笑芸のメッカで多くの漫才師やお笑いタレントを育て、「吉本王国」を築き上げた吉本興業会長の林正之助氏が24日午前2時46分、心不全のため大阪市福島区の大阪厚生年金病院で死去した。92歳。大阪市出身。葬儀・告別式は5月13日午後1時から大阪市中央区難波千日前、なんばグランド花月で、吉本興業社葬として行われる。葬儀委員長は中邨秀雄同社社長。

大阪の米問屋に生まれ、19歳の若さで「吉本興業部」の総監督になり吉本生みの親、実姉せいさんの片腕として活躍。寄席「花月」を興し東京、京都などに進出。大正末年、映画の台頭で寄席の危機感から花菱アチャコを引き抜き、横山工ンタツとのコンビを結成するなど“笑売”に力を注ぎ万歳を漫才とした。

戦時中は寄席も休業や空襲で焼かれ苦しい時代だったが、昭和23年「吉本興業」の社長に就任。34年「梅田花月」を開場した。

笑福亭仁鶴、横山やすし、西川きよし、桂三枝、オール阪神・巨人らのほか、明石家さんまらお笑いのスタータレントを続々輩出させた。《共同通信》



4月24日のできごと