平成390日目

平成2年2月1日(木)

1990/02/01

【コソボ】内戦状態に

ベオグラード放送などによると、ユーゴスラビア・セルビア共和国コンボ自治州で続いているアルバニア系住民のデモは1日、州都ブリシュチナ周辺で治安部隊と激しい銃撃戦を展開、この騒ぎに巻き込まれて住民3人が死亡した。クロアチア共和国のテレビは住民6人が死亡したと伝えた。

連邦当局は州都近辺に軍部隊を投入、セルビア系住民の子供約2000人をコソボから外部へ避難させる措置をとった。

アルバニア労働党翼下の政治組織「民主戦線」は1日、首都ティラナで声明を発表、「コソボのアルバニア系住民に対する治安当局の血の弾圧は全アルバニア国民を憤激させている」とユーゴ連邦当局を非難。コソボ情報は内戦に近い状態に陥っており、ユーゴ、アルバニア両国の全面対決にも発展しかねない危機的な事態となった。

目撃者によると、デモ発生九日目の同日、プリシュチナ北方のプジュエボで約3000人のアルバニア系住民が道路にバリケードを楽いて治安部隊と衝突、連邦当局は州都周辺に軍戦車部隊を投入、空からは戦闘機で警戒に当たった。同日はマケドニア共和国でもアルバニア系住民約2000人のデモがあり、アルバニア系住民の抗議活動はコンボ以外にも広がってきた。州当局は一連のデモによる1日までの死者は18人、負傷者は54人と発表しているが、目撃者らは少なくとも29人が死亡したと主張している。《共同通信》



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【東ドイツ・モドロウ首相】統一「連邦」を

東ドイツのモドロウ首相は1日、ベルリンで記者会見し、東西ドイツがそれぞれの軍事同盟から離脱して中立化を果たした上で両国内での選挙によって統一ドイツ連邦国家を樹立することを新たに呼び掛けた。

西ドイツのコール首相は西ドイツの北大西洋条約機構(NATO)加盟継続を前提とした三段階のドイツ再統一案を昨年11月に提唱、これで東西両ドイツの統一案が出たことになり、3月18日に行われる東ドイツの自由選挙を前にドイツ再統一論議が活発になっていく見通しだ。

モドロウ首相は1月30日にモスクワを訪問、その際ゴルパチョフ・ソ連最高会議議長兼共産党書記長が「ドイツの統一にはだれも疑問を持っていない」と発言したことから、中立化によるドイツ再統一でソ連側の了解も得た上での提案とみられる。

モドロウ首相は2月13日にボンを訪問してコール首相と昨年12月に続く民主化後、二回目の首脳会談を行うことになっており、東西ドイツの協力へ向けてこれまで以上に踏み込んだ話し合いを行うことになりそうだ。《共同通信》

【西独】中立化に反発

東ドイツのモドロウ首相が中立化を通じての東西両ドイツの統一構想を提案したことに対して、西ドイツ側は1日、ドイツ統一の目標を示したことを歓迎しながらも、その前提となる東西ドイツの中立化には強い反発を示した。

東ドイツの野党代表との会談のためベルリンを訪れていたコール首相は「ドイツの中立化には絶対反対する」と述べ、モドロウ提案を退けた。

コール首相は3日にスイスのダボスで開かれる政界経済フォーラムの席上、モドロウ首相と顔を合わせることになっているほか、13日にはボンで東西首脳会議を開く。しかし、統一の手順については、3月18日の自由選挙後に成立した政権と話し合うと言明。民主的な手続きを経て成立していないモドロウ政権とは統一の話し合いはしない、との姿勢を見せている。《共同通信》

【自民党・小沢一郎幹事長】食管制度を堅持

自民党の小沢幹事長と三塚政調会長は1日午後のNHKテレビの録画撮りで、臨時行政改革推進審議会が廃止を検討していると報道され、注目を集めている食糧管理制度を堅持する方針を改めて強調するとともに、コメの自由化についても「工業産品の中で(貿易不均衡の)バランスを取ればいい」(三塚氏)と、自民党として応じる考えのないことを表明した。

衆院選挙の最大の争点となっている消費税問題について、過半数確保ができれば国民に認められたことになるとの見解を示した上で、見直し案の法案化にあたっては消費税の基本を崩さないことを前提に野党側との協議にも柔軟に応じていく方針を明らかにした。《共同通信》

【アゼルバイジャン・バグー】街角に弔旗

黒い弔旗がはためく中、ようやく活気を取り戻しつつある街角では今でも、戦車に押しつぶされぺしゃんこになった乗用車の無残な姿が。道路のあちこちには石で囲んだ小さな一角ができ、犠牲者を悼む花束が置かれていた。

民族抗争に絡みソ連軍に制圧されたアゼルバイジャン共和国の首都バクーでは1日、交通機関や工場はかなり正常化し街の表情は落ち着きを取り戻しつつある。しかし、正規軍導入は当然の措置と見る人もいる半面で「兵士らは子供さえ無差別に撃った。許せない」と怒りをぶちまける市民は多く、ゴル「バチョフ政権は人口620万人の同共和国国民の反感、不信という大きな重荷を背負い込んだようだ。

西側記者団の第一陣の一人としてバクー入りした記者は1日、カスピ海が目の前に広がる市内を回った。街角では、アパートのバルコニーやビルの入り口、街灯、信号機にまで黒い弔旗が掲げられていたが、前夜の夜間外出禁止令の時間帯に各所で警備していた装甲車は見えなかった。しかし、軍用ヘリが上空を何度も飛び交い、依然緊張感を漂わせていた。

民族派の武装市民に攻撃された市内のサリャンスキ軍駐屯地では、乗用車やトラックによる封鎖を中から強引に破ろうと戦車が石壁を打ち砕いたという跡も生々しく、銃撃を受け黒く焼けただれたアパートの窓も見えた。

この駐屯地周辺で記者に近一寄ってきたトラック運転手(57)は「兵士がバルコニーにいた子供まで撃ったんだ。こんなことは大戦中のファシストさえしなかった。みんなゴルバチョフが悪いんだ」と訴えた。

別の労働者(23)は戦車につぶされた十台近い乗用車とフロントガラスを撃ち抜かれたトラックを指さしながら「彼ら(兵士)は、負傷して倒れた人の背中も撃った。こんなことがあっていいのか」と目を血走らせながら怒りをぶつけた。《共同通信》



2月1日のできごと