平成383日目

平成2年1月25日(木)

1990/01/25

【アビアンカ航空52便墜落事故】


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米航空当局によると、25日午後9時45分ごろ、ニューヨーク州ロングアイランドで、コロンビアのボゴタ発メデジン経由ニューヨーク行きコロンビア国営アビアンカ航空52便のボーイング707型機(乗客142人、乗員7人)がジョン・F・ケネディ空港へ着陸する直前、墜落した。

現地警察当局によると、この事故により多数の死者が出たが、少なくとも80人の生存者がいる模様。目撃した地元住民の話として、同機は高級住宅街わきの木々が生い茂った丘に墜落したという。《読売新聞》


コロンビアのアビアンカ航空ボーイング707旅客機(乗員9人・乗客149人)が25日夜(日本時間26日正午前)、米ロングアイランド島コーブネック付近に墜落した事故で、地元ナッソー郡警察当局者などによると、67人が死亡、約80人の負傷者が救出され、その多くは重傷で病院に収容された。乗客には子供7人が含まれている。在ニューヨーク日本領事館は日本人乗客がいなかったことを運認した。

現場はケネディ国家空港から約25キロの、ニューヨーク州でも指折りの高級住宅地。事故機は三つの部分に分かれ飛散したが、着陸態勢に入り、低空を飛行していたことと、爆発を免れたことが、比較的多数の生存者がいたことにつながったとみられる。

墜落と同時に、消防、ナッソー郡警察などが現場に駆け付け教助作業に当たっており、地元テレビの報道によると、連邦航空局(FAA)がノライトレコーダーを回収した。

アビアンカ機は、25日午後1時半、コロンビアの首都ボゴタを出発、メデジンを経由して、同8時15分ケネディ空港に到着の予定だった。

事故原因についてはFAA、警察が調査しているが、当時ニューヨーク一帯は濃霧に加え小雨が降って視界が悪かった。アビアンカ航空スポークスマンは、ケネディ空港が混雑して旋回を余儀なくされ燃料切れに近い状態で落したのではないかとしている。

しかし空港当局者は、同機が指定以外の滑走路から進入したため、着陸のやり直しを命じたとして混雑説を否定、航空専門家は、墜落の衝撃度からみて、炎上しなかったのは燃料切れか、それに近い状態だったと思われると指摘している。また、四基のエンジンのうち何基かが、着陸体勢に入った後不調になったとの情報もある。

アビアンカ航空では昨年11月27日、ボーイング727機がボゴタを離陸直後に爆発、墜落し107人全員が死亡する事故があったばかり。警察当局は麻薬カルテルの仕掛けた爆発物によるテロとみていた。今回の事故について米麻薬取締局(DEA)は事前に何の脅迫もなかったとしてテロの可能性を否定している。《共同通信》




【森高千里さん】シングル「道・青春」発売


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【日銀・三重野康総裁】円安は行き過ぎ

三重野日銀総裁は25日、就任後初めて大阪で記者会見し、年初来円安ドル高の為替相場が続いていることについて「日本の経済界、市場は(現行水準よりも)やや円高方向での安定を望んでいる」と述べ、間接的な表現ながらも現在の円安が行き過ぎであるとの見方を明らかにした。

三重野総裁は円安の原因として「内外の政治不安を背景としたいろんなうわさで動いている」との考えを示すとともに「(これまでの)日本経済のインフレなき内需中心の構造変化は円高をある程度テコにしてきた。昨年9月末のG7(先進七カ国蔵相・中央銀行総裁会議)でも、その時以上のドル高はやめようと合意した」と述べ、現在の円安に対する不快感を述べた。ただG7開催の必要性については「国が協調して緊密な連絡を取っており、改めて開く必要はない」と明確に否定、公定歩合引き下げについても現段階では考えていないことを重ねて表明した。《共同通信》

【東京都】道路陥没事故で新幹線工事中止命令

東京都台東区のJR御徒町駅ガード下で発生した都道本郷亀戸線(通称春日通り)の陥没事故で、道路管理者の東京都は25日夕、同道路地下でトンネル工事を実施していた新幹線鉄道保有機構に対し工事中止命令を出した。《共同通信》

【長崎市・本島等市長】言論の自由を強調

長崎市立市民病院に入院中の本島等長崎市長(67)は25日、狙撃事件後初めてインタビューに応じ、「昭和天皇にも私自身にも戦争責任があるのは当然のことだ」「言論の自由は人、場所を超越したものだ」などと述べ、戦争責任は天皇を含め皆が負うべきことを改めて強調するとともに、今後もこの新年を守り通していく考えを示した。

本島市長はこの日、病室でガウン姿、外に酸素吸入のチューブを付けたまま、約20分間インタビューによどみなく答えた。

この中で本島市長はまず「市民のみなさんにご迷惑を掛け申し訳ないが、私としては日ごろ考えていることを申し上げただけ」と前置き。言論を封殺するテロ行為について「一番悲しいし遺憾だと思う。新憲法が国民の最大の基準であり、たとえ悶死するようなことを言われても(言論の自由は)守らねばならない」と強調した。

また「凶弾を受け、改めて天皇の戦争責任についてどう思うか」との質問には「天皇にも当時の軍閥にも、指導的立場の末端にいた私にも、多少にかかわらず戦争責任があったというのは当然のことだ」とし、今後も場合によっては「申し上げねばならないこともある」と信念に変わりがないことを強調した。

昨年12月、警備を自ら解除した点に関しては、当時、周辺の騒ぎが一時に比べ沈静化していた、との判断を示したうえ「国民お互いが信頼し合って生きていると思っていた」と語った。《共同通信》

【政界メモ】励まし、それとも皮肉?

◯..海部首相は25日昼、田村前衆院議長を都内の料理屋に招き、昼食をともにしながら慰労した。「田村さんが議長になって、止まっていた。国会もトントン動いた」と頭を下げる首相に対し、田村氏は「総理は君一なのだから、毅然と己の決断で党や内閣にイニシアチブを発揮することが必要だ。ワンマン志向はよくないが、そんなことは君に関してはないだろう」と耳の痛い激励。

首相が衆院議員になる前から「かわいがっていた」というだけに会合は田村氏の独壇場。「選緒で過半数を一人でも超えれば、駄目と言われても(首相を)やるんだ」とハッパをかけられた首相。心強い激励と受け取ったか、それとも痛烈な皮肉に聞こえたか?

◯…社会党の伊藤政審会長はこの日の記者会見で、政府予算案の組み替え要求の基本方針を説明。「衆院解散後、政審会長が記者会見するのは珍しいんだ。書記局の連中は、委員長の記者会見での発表ものを書くのが仕事だと思っている」と不満を漏らした。

自民党政調会長が脚光を浴びるのに比べ、野党側は黒子役に徹することが多いだけに「こういうのは万年野党の構図だ。政権政党は政策で勝負しなければ」。もっとも自分の選挙のことを聞かれて「複数候補擁立論のあおりで出遅れている。選挙に落ちた政審会長と言われないように…」と、急に心は選挙区へ―。《共同通信》




1月25日のできごと