平成3220日目

1997/11/01

この日のできごと(何の日)

【サッカーW杯アジア最終予選】日本2-0韓国

日本が、細く残されたフランスへの道を途絶えさせることなく、一歩進んだ−。サッカーの1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会アジア最終予選B組の韓国−日本は1日、ソウルの五輪スタジアムで行われ、W杯初出場へ後のない日本が、B組首位を決めている韓国に2−0で快勝した。日本は、同予選初戦のウズベキスタン戦(9月7日)以来6試合ぶりの勝利で、東京での韓国初戦(9月28日)で逆転負けして以来続いた悪い流れを断ち切った。

これで通算2勝4分け1敗となり、勝ち点を10に伸ばして試合消化の一つ少ないアラブ首長国連邦(UAE)を抜いてB組2位に浮上。アジア第三代表決定戦進出の可能性を残した。日本が韓国で同国代表を破ったのは、1984年9月の日韓定期戦以来で、韓国内では2勝2分け12敗。通算で10勝14分け33敗となった。

満員の大観衆、約8000人もの警備陣が配備される異様な雰囲気の中、日本は前半1分に名波(磐田)が先制ゴール。その後も、積極的な押し上げでペースを握り、37分に相馬(鹿島)の折り返しを呂比須(平塚)が決めた。

後半は中盤で双方が激しく競り合う壮絶な展開となったが、粘り強くしのぎ、岡田武史監督は3戦目で初勝利を挙げるとともに、韓国に同予選初黒星をつけた。日本は8日、東京・国立競技場でカザフスタンと同予選最終の2回戦を行う。《共同通信》

昭和64年1月1日〜このサイトをご覧頂いている日の一週間前まで、すべての日の「何らかの」できごとを記しています。

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【橋本龍太郎首相】ロシア・エリツィン大統領と会談

橋本龍太郎首相は1日昼、ロシア・東シベリアのクラスノヤルスクに到着。エリツィン大統領と非公式首脳会談を行い、ロシアの市場活性化やエネルギー開発促進のための対話強化など経済分野の協力を盛り込んだ「橋本・エリツィンプラン」に合意、2000年までに実行に移すことを確認した。首相は来年春の大統領訪日を要請、大統領も受諾した。

また首相は、ロシアのアジア太平洋経済協力会議(APEC)へのロシアの加盟に支持を日本として初めて表明、大統領は謝意を示した。

これらの合意は「信頼・相互利益・長期的視野」の新三原則に基づく新たな対ロ政策の具体的な第一歩となり、日ロ関係は新たな段階を迎えたといえる。《共同通信》

【新進党・小沢一郎党首】分党論「聞いていない」

新進党の小沢一郎党首は1日、小松市のホテルプラザリオンで会見し、12月に予定される同党党首選に関して「今は出馬するかしないかも考えていない。参院宮城補選と国会の最中であり、連立政権の無為無策と過ちを突くことに全力を挙げる」として、自身の態度表明を臨時国会終了後に持ち越す考えを示した。

党首選出馬を表明した鹿野道彦氏が「党内の人心一新」を唱えたことについて、小沢氏は「新進党は55年体制を打破して新しい政治を構築する役割を果たし、今も果たしつつある」と反論した。小沢氏周辺から出ているとされる「分党論」について、小沢氏は「そんなものは聞いていない」と強く否定。逆に「新進党として皆で戦えば大きな力を発揮できる。昨年の衆院選も党内が一団結していれば勝利していた」として、鹿野氏ら反小沢氏グループをけん制した。

来夏の参院選石川選挙区に関して、小沢氏は原則論としたうえで「党公認の独自候補を擁立するのがベストだが、現実の状況によって様々な選択があり得る」として、非自民の連携も視野に入れた候補擁立を進めるよう県連に求める姿勢を示した。《北國新聞》

【中国・江沢民国家主席】米・ハーバード大で講演

米国公式訪問中の江沢民中国国家主席は1日午前(日本時間2日未明)、米東海岸マサチューセッツ州の名門ハーバード大学で、約1100人の教職員、学生を前に「相互理解を強化し、強固な友好関係を築こう」と題した講演を行った。

講演後の質疑応答で「(1989年の)天安門事件ではなぜ対話を拒否して戦車を出したのか」との質問に答える中で、江主席は「われわれ(共産党)の活動には欠点や誤りもあるが、常に改善している」と述べた。この発言について、天安門事件での武力弾圧の誤りを認めたとの見方が一部の外国メディアから出ており、「失言」として中国国内で問題になる可能性もありそうだ。

江主席はこの発言の前段で「われわれは人民の声を聞くよう努めている」と強調。党や政府の活動に欠点や誤りがあること自体は、党大会や全国人民代表大会(国会)の報告でも認めており、今回の発言も一般論として答えたともとれる。

天安門事件について中国当局の統一見解は、クリントン米大統領との共同会見で江主席が述べたように、「国家の安定のため、法に基づいて必要な措置を取ったもので、これにより今日の改革・開放が進んだ」とされている。

また、この日も会場近くで人権問題などへの抗議活動が行われたことについて、「米国に来てから、米国の民主主義について本で読むより理解した」とした上で「私は71歳だが耳はよく、(外の)スピーカーの声が聞こえる。私はもっと大きな声を出すだけだ」と語り、聴衆の笑いを誘った。《共同通信》

【英・チャールズ皇太子】元妃死去後、初の陽気な姿

南アフリカ訪問中のチャールズ英皇太子は1日、ヨハネスブルクで開かれた英国の人気女性ポップグループ、スパイス・ガールズ一のチャリティーコンサートを二男のヘンリー王子と訪れ、メンバーとキスを交わすなど、ダイアナ元妃死去後、初めて陽気な姿を見せた。皇太子親子は、同日深夜のコンサート前にスパイス・ガールズと写真撮影に応じた。

王子は、公の場に出るのが元妃の葬儀以来とあってか、やや緊張した様子。メンバーの一人にキスされると、黙ってはにかんだ。一方、ふだん「厳格な父親」といわれる皇太子は、自らメンバー五人全員にあいさつのキスを振る舞う大胆さだった。《共同通信》

【小坂一也さん】死去

カントリー・アンド・ウエスタンの歌手として活躍した俳優の小坂一也さんが1日午前6時10分、食道がんのため東京都中央区の国立がんセンター中央病院で死去した。62歳。名古屋市出身。

昭和29年、カントリー・アンド・ウエスタンバンド「ワゴンマスターズ」を結成してレコードデビュー。「ハートブレイク・ホテル」「青春サイクリング」などのヒットを飛ばし一躍アイドル歌手に。32年からは俳優として映画にも出演し、田中絹代らと共演した木下恵介監督の「この天の虹」で演技に開眼。篠田正浩、山田洋次の初監督作品に出演するなど、松竹の青春映画に欠かせないスターとなった。

49年には女優の十朱幸代さんと結婚したが、離婚。1970年代後半からは、「細雪」などの映画で渋い中年の役柄で新境地を開いた。その後もテレビ、ラジオなどで幅広く活躍。「私をスキーに連れてって」などの若者映画やトレンディードラマのわき役として渋い魅力を発揮した。《共同通信》



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