平成3087日目

平成9年6月21日(土)

1997/06/21

【勝新太郎さん】死去

映画「座頭市」「悪名」シリーズなどで強烈な個性を発揮し、「カツシン」の愛称で大衆的な人気を集めた俳優の勝新太郎さんが21日午前5時54分、下咽頭がんのため千葉県柏市の国立がんセンター東病院で死去した。65歳。東京都出身。葬儀・告別式は20日午後1時から東京都中央区、築地本願寺本堂で。喪主は妻の女優中村玉緒さん。

勝さんは平成8年夏、下咽頭がんのため千葉県柏市の国立がんセンター東病院に入院、いったん退院したが、9年1月から再び入院、治療を続けていた。

昭和29年大映に入社し、「花の白虎隊」でデビュー。36年「悪名」、37年「座頭市物語」で看板スターとなり、40年の「兵隊やくざ」も成功を収め、従来の二枚目スター像を破るアウトロー的主人公を演じたこの三作のシリーズで活躍した。特に盲目の居合の名手を演じた「座頭市」は、一世を風びする当たり役で、海外でも好評を得た。

邦画界の斜陽化を憂い42年、勝プロを設立し、数々の映画、テレビ作品の製作にかかわり、映画「顔役」などを自ら監督し、意欲を示した。平成2年には麻薬所持でホノルル税関に逮捕され、帰国後起訴。4年麻薬取締法違反で執行猶予付きの有罪判決を受けるなど、私生活でも映画の主人公そのままの奔放な行動で世間を騒がせた。兄は俳優の若山富三郎さん(4年死去)。《共同通信》

「しゃべれなくなったら、次は声を失った勝新を見せるぞ」。入院中の病床でも復帰に執念を燃やしながら21日亡くなった勝新太郎さん。日本映画全盛期のアンチヒーローとして喝采を浴び続け、破天荒な役者人生を貫いた。

「俺たちゃな こ法度の裏街道を歩く渡世なんだぞ いわば天下の嫌われもんだ…」。当たり役「座頭市」のせりふさながらに、実生活でも時折社会の枠を踏み外したが、スキャンダルをも種にする天衣無縫なキャラクターで人々に愛された。

二枚目で売り出したものの、大映で同期の市川雷蔵さんに人気をさらわれ、伸び悩んでいた勝さんは、昭和35年の「不知火検校」で演技に開眼したといわれる。「これで駄目なら役者をやめてやれ」と思って臨んだアウトロー的な役どころは、悪への願望を封じ込めて日常を送る観客に大受けし、一気にスターの座に。この成功は「悪名」「座頭市」「兵隊やくざ」という大ヒットシリーズに連なる。

勝さんの人気を決定付けた「座頭市」シリーズは全26作。盲目にして居合抜きの達人という設定が「ヒーローは美剣士」という時代劇の概念を覆した。弱者のはずの市の小気味いい立ち回り。勝さん自らが編み出した座頭市剣法に観客は酔いしれた。

スキャンダルの中でも、麻薬取締法違反で執行猶予付きの有罪判決を受けた事件は、芸能活動を大きく妨げた。映画は平成2年の「浪人街」が最後となった。病院のベッドでこんこんと眠っている時、勝さんはしばしばカメラをのぞくしぐさをしたり、腕を動かしたりして周囲を驚かせたという。見果てぬ映画の夢を見ていたのだろうか。《共同通信》



【デンバー・サミット】経済声明を発表

米国で開かれている主要国首脳会議(デンバー・サミット)は21日夕、エリツィン・ロシア大統領を除く先進7カ国首脳がインフレなき経済成長と雇用、高齢化対策などを最重要課題と位置付けた「経済声明」を発表した。

日本に対しては内需主導型の力強い成長で、対外黒字が大幅に増えることを回避するよう求めた。声明と併せて、金融市場の健全化に向け金融機関の監督強化策などを盛り込んだ蔵相報告と、ミャンマー情勢などへの懸念を表明した外相報告を発表。

最終日の22日午後に、一連の議論を集大成した8カ国首脳の「共同宣言」をまとめ閉幕する。《共同通信》

【橋本龍太郎首相】ウエスタンブーツを披露

橋本龍太郎首相は21日夜、デンバー市内で開かれた社交行事に、夫人同伴で出席。各国首脳とステージから入場すると突然ズボンのすそをまくり上げ、クリントン米大統領から贈られたばかりのウエスタンブーツを披露。首相のちゃめっ気に観客は大喜び。大きな拍手で迎えた。

行事は、カントリー・アンド・ウエスタンからジャズまで、米国の有名歌手が競演する豪華プログラムだったが、分刻みの厳しい日程に、首相はいつの間にか居眠り。しかしプログラムが終了し退場の際には、握手を求める大勢の地元市民に笑顔で握手を返すサービス精神を発揮。クリントン大統領も「ブーツを見せたのはヒットだった」と高得点をつけた。《共同通信》

【カンボジア】ポル・ポト派消滅を宣言

カンボジアのラナリット第一首相は21日、プノンペン市内で記者団に対し「ポル・ポト(元首相)、キュー・サムファン(幹部会議長)の拘束が確認された。(反政府ゲリラ組織)ポル・ポト派は、政治的にも軍事的にも消滅した」と言明、ポル・ポト政権時代(1975−79年)に、虐殺や強制労働などでカンボジア国民約200万人を死亡させたとされるポト派の解体を宣言した。

第一首相は、フン・セン第二首相と共同で、元首相を裁く国際法廷開設を求める書簡を近く、アナン国連事務総長に送ることで第二首相と合意したことも明らかにした。

国際法廷をめぐっては、これまで開催を疑問視する声が大半だったが、両首相の見解が一致したことで一気に現実味を帯びてきた。第二首相も同日「ポル・ポト派全部隊は近く、政府軍に統合されるだろう。これは(7月の)東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟を前に、ポト派時代が完全に終わることを意味する」と指摘した。

第二首相はまた「ポル・ポトとキュー・サムファンがプノンペンに連行されるの待っている」と語ったが、その時期について第一首相は「慎重を要することであり、第二首相と相談する」と述べるにとどまった。

ポル・ポト派は60年に結成されたカンボジア共産党が前身。60年代後半の中国の文化大革命に強く影響され、政権時代はポル・ポト元首相を頂点とする同派指導部は原始共産主義の実現を掲げた。貨幣や私有財産制度、学校、病院を茨々と廃止し、都市住民を強制的に農村に移住させる政策を採用した。さらに、医師や教師ら知識人を大量処刑する「恐怖政治」で、カンボジア社会に深刻な後遺症を残した。

91年のパリ和平協定調印による内戦終結後も、同国北西部の密林を中心にゲリラ活動を続け、国連管理下で行われた93年の総選挙もボイコットした。しかし、昨年夏のイエンラ・サリ元副首相率いる兵士約4000人の大量離脱で急速に弱体化し、タイ国境近くの本拠地アンロンベンには、最高幹部のほか2000−3000人の兵士が残るだけになっていた。《共同通信》

【石川県加賀市】同姓同名で課税ミス

同姓同名による課税ミスで、加賀市内の会社員男性(46)が石川県山中町の男性名義の同市大聖寺敷地の宅地約127平方メートルに対する固定資産税を23年間にわたって支払っていたことが、21日までの同市の調査で分かった。23年間の納税額は約43万8980円にのぼり、同市税務課は規定に基づき10年分の納税分を返還し、山中町の男性の遺族に過去5年分を課税することにしている。

誤って課税された会社員は、加賀市が今年5月から納税者に送付を始めた固定資産税の課税明細書を見てミスに気付いた。加賀市税務課によると、山中町の男性は昭和49年に同市内の宅地を親から相続した。税務記録を管理するコンピューターに、同姓同名の個人コードが並んで記録されたことから、同課は当時の担当職員が二人を取り違えて入力したのではないかとみている。

誤課税された男性と宅地所有の男性の姓名は漢字の表記も読み方も全く同じ。宅地所有者は既に亡くなっているが名義はそのままで、宅地が二筆に分かれ、残り一筆については所有者側に課税されていたため、遺族もミスに気付かなかったという。

地方税法では誤課税の場合、5年分までが返還対象となるが、加賀市では市固定資産税等過誤納金返還金支払要綱に基づいてさらに5年さかのぼり、10年分を返還する。誤課税を受けた会社員には、10年間の納税分27万2400円に還付加算金を加えた計34万5500円が支払われる。

また、山中町の男性の遺族には地方税法に基づき、過去5年分の14万5600円が課税される。加賀市では課税ミスを「深くおわびすると同時に、速やかに返還の手続きを進めている」と弁明しており、誤課税を受けてきた男性は「この件では何も話すことはない」としている。《北國新聞》



6月21日のできごと