平成3084日目

平成9年6月18日(水)

1997/06/18

【細川護熙元首相】新進党を離党


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細川護熙元首相が18日、新進党を離党した。昨年末の羽田孜氏(太陽党党首)に続く首相経験者の離党で、小沢一郎党首の求心力低下は必至、執行部は苦しい対応を迫られよう。細川氏の政治目標は判然としないが、将来の政界再編に新たな一石を投じる可能性もある。

細川氏は国会内で記者会見し、政治の閉塞状況を指摘しながら「新進党にとどまって幅広い政治勢力の結集ができるのか」と離党理由を説明。当面は無所属で単独活動する考えを表明したが、党運営をめぐる小沢氏との確執が直接原因ではないと強調した。

これに先立って細川氏は小沢氏と会談、この後、西岡武夫幹事長に離党届を提出し受理された。樽床伸二衆院議員ら旧日本新党系の一部側近議員に同調の動きがあるほか、小沢氏の党運営や保保路線に党内の批判が根強いことがら離党予備軍を刺激、党分裂騒動が再燃する可能性もある。

細川氏は会見で、日本新党系の友部達夫参院議員(新進離党)が逮捕されたオレンジ共済組合事件との関連を否定した。自民党への復党については「考えていない」と言明。新党結成や野党勢力結集にも消極姿勢を示すとともに「既成の枠組みから一歩離れ、政治の流れがこれでいいのか一人で考えたい」と述べた。

小沢氏は同日夕、記者団に「大変残念だが、どうしたら国民のためになるか、日本をより良くできるかを自らの見識に基づいて判断すべきだ」と述べた。

旧日本新党出身者(衆参合わせて19人)は都内で会合、今回の対応を協議したが、行動を共にすべきかどうかなどで意見はまとまらなかった。

細川氏は昨年秋の衆院選挙後に羽田氏とともに「分党論」を提唱した。だが、今年に入ってからはオレンジ事件へのかかわりをめぐって党内で批判を浴びたことから「謹慎」し、目立った言動を控えていた。《共同通信》

民主党の菅直人代表は18日、党本部で記者会見し、細川護熙元首相の新進党離党について「新進党の崩壊現象がさらに進みつつある。政界流動化の大きな要素となる」と述べ、政界再編のきっかけになるとの見方を表明。「これからの大きな政界再編が進む場合に、一緒に活動できることはあり得る」と述べ、将来的な協力関係に期待を示した。

鳩山由紀夫代表は同日記者団に対し、「新たな再編への流れが加速される。旧日本新党系の若手議員が積極的に明日の日本を見つめて行動するよう期待したい」と述べた。《共同通信》

橋本龍太郎首相は18日夜、細川護熙元首相の新進党離党について「政治家の進退というのは自分で決めるということだ。それなりの理由があって行動されるということだろう」と述べた。《共同通信》



【香港・パッテン総督】「名誉ある撤退」

英植民地・香港の最後の総督パッテン氏は18日、日本人記者団と会見し「英国は満足と誇りを持って香港を去る」と述べ香港の反映に果たした英国の貢献を強調するとともに、「香港は植民統治終了に伴い民主主義が後退する初めてのケース」として中国側の対香港政策を厳しく批した。

パッテン総督は現在の香港を「英国的特色を持った中国人の成功物語」と表現。英国統治下で定着した法治主義と清潔な行政が、中国系住民の活発な経済活動を成功させたと総括した。

植民統治については「現時点で19世紀の帝国主義正当化しようとはだれも思わないと述べた。だが、香港が文化大革命の時などに中国からの難民の受け入れ先になった例を挙げ「何に謝罪する必要があるのか」とも語り、返還は「名誉ある撤退」との見方を示した。

総督就任以来進めた香港の民主化政治改革は「住民の希望にこたえた」と言明。1995年に中国の反対を押し切って実施した立法評議会選挙について「中国のやり方に従えば不平等な選挙となり住民と英国、香港政庁との関係が悪化した」と主張した。

さらに「住民は自由選挙が何かを知った。返還後に自由を規制しようとしても時計の針は逆に回せない」と語り、返還後に立法評議会を解散、中国寄りの暫定議会を設立する中国を批判した。また「英国の責任は返還で終わらない」と返還後も中国が中英共同宣言を順守するよう迫る決意を示し、「中国が香港をどう扱うかは中国の将来の行動の試金石になる」と述べた。

自らの今後については、フランスで「アジアに関する本を書く」と語った。将来の英首相候補との声があることに関しては「あまり可能性はない。国会議員として復帰するかどうかもまだ決めていない」と述べるにとどまった。《共同通信》

【梶山静六官房長官】改革へ着実な一歩

梶山静六官房長官は18日午後の記者会見で、第140通常国会の閉幕に当たって「数多くの重要法が成立し、橋本内閣が掲げるさまざまな改革実現に向け着実な一歩を踏み出すことができた」と述べ、改革に弾みを付けることができたとの認識を示した。継続審議となった介護保険法案や財政再建法案(仮称)などを審議するための臨時国会の召集時期については、明確な見通しを示さなかった。

橋本龍太郎首相は「健保法(改正)が国会で通った時の方が(閉幕より)感無量だった。健保法は昭和42年には社会党の委員長、書記長の首が飛んだほど問題だった。そういう意味では修正はあったが、一国会で通過するとは本当に変わったんだな」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・橋本龍太郎首相は18日午後の衆院本会議後、国会閉幕のあいさつで民主党控室を訪れた。首相は鳩山由紀夫代表が先月、諫早湾干拓事業見直しの要請に来たことに触れて「この人はムツゴロウの焼き物(置物)を持ってきた。これは有田焼か何かと聞いたら、いい加減なことを言うんだ。かば焼きだって言うんだよ」。鳩山氏は「私はかば焼きとは申し上げませんと言っただけ」と反論したが、首相の思わぬ先制攻撃に、鳩山氏は日ごろの冷静さとは打って変わった慌てぶりを見せた。国会も無事閉幕し、首相の口も自然と軽くなった様子。

○・・・自民党の村岡兼造国対委員長ら国対メンバーはこの日午後、国会近くの神社にそろってお参り。村岡氏はこの日閉幕した通常国会の開会に当たって「国会の円滑な運営」を祈願しており、今回は「数多くの法案が成立し、祈願が成就したお礼」(村岡氏)が目的。国対委員長として在職日数が故金丸信氏を超え、同党で歴代1位になった村岡氏は「もうご勘弁を」と今国会限りで身を引く考え。もっとも、祈願成就に合わせて「橋本首相の六大改革の実現もお願いした」とかで、新たな舞台での活動に向けた意欲の表れか。《共同通信》

【カンボジア】第二首相が最後通告

カンボジアのフン・セン第二首相(人民党副党首)は18日、南部プレイベン州で記者団に対し、ラナリット第一首相率いる民族統一戦線が反政府ゲリラ組織ポル・ポト派のキュー・サムファン幹部会議長と政府側への帰順をめぐって交渉していることについて「裏切り行為だ」と非難。連立政権内での協力を維持するのか、ポト派側につくのかを2、3日以内に決めるよう、第一首相に決断を迫った。

カンボジアでは首都プノンペンで17日、二大与党の人民党と民族統一戦線の兵士らによる銃撃戦が起きるなど与党間の対立が強まっている。第二首相は「最後通告」を突き付けたともいえ、現連立政権は1993年の発足以来、最大の危機を迎えた。

一方、ポト派はポル・ポト元首相の本拠地脱出が伝えられるなど崩壊への動きを加速させている。外交筋は「ポト派という共通の敵が消滅すれば、もともと水と油の両首相が一緒にやれるわけがない」と指摘している。

銃撃戦は17日深夜、同市中心部で約2時間にわたり、ラナリット第一首相派(民族統一戦線)と、フン・セン第二首相派(人民党)の兵士らが展開、第一首相派の護衛2人が死亡した。

20年以上続いた内戦に終止符を打った91年10月のパリ和平協定調印以降、最も大規模な市街戦となり、首都で本格的な戦闘によって死者が出たのは初めて。《共同通信》

【MLB】野茂投手、長谷川投手が対決

ドジャースの野茂英雄投手、エンゼルスの長谷川滋利投手とも一度は勝利投手の権利を手にしたが、ともに勝ちを逃す結果になった。18日、ロサンゼルスで行われた交流試合で先発した野茂と救援の長谷川が投げ合ったが、野茂は七回途中、5失点で降板。六回から二番手でマウンドを踏んだ長谷川も三番手の投手が打たれて勝利を逸した。

野茂は15試合目の先発で11奪三振の力投だったが、4−4の七回サーモンに勝ち越し本塁打を浴び、その後、走者を残して降板した。長谷川は5−4の七回一死一塁でマウンドを降りたが、ホルツが代打アシュリーに逆転2ランを喫した。試合はドジャースが7−5で勝った。《共同通信》



6月18日のできごと