1996 平成8年3月28日(木)

平成2637日目

平成8年3月28日(木)

1996/03/28

【東京地裁】オウム真理教に破産宣告

オウム真理教に対する破産申立てについて東京地裁(赤塚信雄裁判長)は28日、麻原彰晃被告(41)の指示によるサリン生成や地下鉄、松本両サリン事件の犯行を認定した上で「教団は債務超過の状態にある」として、同教団の破産を宣告。破産管財人に前日弁連会長で東京弁護士会所属の阿部三郎弁護士(69)を選任した。宗教団体の破産は異例。

破産宣告を受けて、宗教法人の解散決定に基づいて進められていた教団の清算手続きは終了、所属財産はすべて阿部氏の管理下に入り、債権者(被害者)らに分配される。

教団に対する債権の届けは7月6日まで。届け出が適正かどうかを調べる債権調査期日は9月25日、第1回債権者集会と兼ねて開かれる。資産面での教団解体は最終局面を迎えた。

破産宣告の決定理由で赤塚裁判長は、教団の負債が両事件での死者、負傷者の損害賠償額など10項目だけで総額約24億4000万円に上ると試算。一方で、不動産、動産の資産評価額合計は約23億7000万円と算定し「約7000万円の債務超過の状態にある」と指摘した。

計算方法に関しては「資産は高めに、負債は低めにそれぞれ評価した。負債はすべて不法行為による損害賠償債務で、直ちに弁済しなければならないのに対し、資産のほとんどが不動産で、かつ極めて買い手がつきにくい物件が多数存在している」などと説明。教団は支払い不能状態にあるとも言える、と結論付けた。

阿部氏は東京のほか山梨、大阪にも破産管財務を補佐する弁護士を指名、10人前後の体制で作業を進め、3年から5年で終了させたいとしている。

破産は国と地下鉄サリン事件などの遺族、被害者らが昨年12月に申し立て、教団資産の保全処分がとられた。その後東京高裁が宗教法人の解散を命令、清算人に選ばれた小野道久弁護士(62)が、教団資産や負債の調査を進めてきた。《共同通信》



【羽生善治さん、畠田理恵さん】挙式

将棋の名人、竜王など七冠王の羽生善治さん(25)と元女優の畠田理恵さん(25)が28日、東京都渋谷区の鳩森八幡神社で師匠の二上達也日本将棋連盟会長夫妻の媒酌で結婚式を挙げた。

午前8時からの挙式後、2人は将棋会館で会見。大勢の報道陣の質問に羽生七冠王は「これからは二人で力を合わせ、明るい家庭を築き、棋士として、社会人として、しっかりとしなければとあらためて気持ちを引き締めています」と落ち着いた口調で新生活への抱負を語った。新婦の理恵さんは「温かい安らぎのある家庭にしたい。裏方として夫の健康に気を配っていきたい」と控えめながらきっぱりと話した。《共同通信》

【第68回選抜高校野球大会】第3日

第68回選抜高校野球大会第3日は28日、甲子園球場で1回戦3試合を行い、鹿児島実(鹿児島)滝川二(兵庫)国士館(東京)が勝ち進んだ。

優勝候補の一角、鹿児島実は三回、松下の適時二塁打で先制し、六回にも1点追加。大会屈指の好投手、下窪が伊都(和歌山)の反撃を八回の1点に抑えて2−1で競り勝った。地元の滝川二は1−1の同点に追いつかれた直後の七回、義積、岩下の連続三塁打など5安打を集中して一気に4点を奪い、7−1で快勝した。国士館は左腕高野が四回以降得点を許さず、4−2で高松商(香川)を振り切った。《共同通信》

【能越自動車道】小矢部砺波JCT-福岡IC供用開始

富山県と能登地区を結ぶ高規格幹線道路「能越自動車道」の小矢部砺波ジャンクション(JCT)ー福岡インターチェンジ(IC)間6.9キロの開通式が28日、富山県福岡町大滝で行われ、同自動車道は平成2年の着工以来6年めで一部区間の共用を開始した。

式では綿貫民輔元建設相、中沖豊富山県知事、佐藤孝志高岡市長らがテープカットし、地元福岡町大滝の獅子舞や来賓によるテープカットで開通を祝った。

能越自動車道は北陸、東海北陸の両自動車道が交差する小矢部砺波JCTから小矢部東IC、福岡ICを経て、高岡、氷見、七尾市を通り、輪島市に至る延長約100キロの自動車専用道路。北陸、東海北陸両自動車道と結ばれており、開通区間の幅員は23.5メートル、時速100キロに設計されている。

開通後は富山県道路公社が管理し、料金は日本道路公団管理の高速道路と一体徴収する全国初のノーバリケード方式が採用される。また福岡ICと国道8号を結ぶ延長2キロの小矢部バイパスも同時に完成した。

北陸自動車道の金沢東ICから福岡ICまでの普通車料金は750円、富山ICから福岡ICまでは850円で、富山県道路公社が管理する。《北國新聞》

【北陸道・徳光PA】上り線にもハイウェイオアシス完成

北陸自動車道徳光パーキングエリア(PA)上り線のハイウェイオアシス完成式が28日、松任市徳光町の現地で行われ、高速道路と海辺が一体となった憩いの空間の誕生を祝った。

ハイウェイオアシスは建設省の承認事業で、PA周辺に休憩所や公園、駐車場などを整備し、高速道路利用者が高速道を出ずに周辺施設へ行けるようにするのが狙い。徳光では平成2年3月に下り線で、全国に先駆けて高速道路と海浜公園との一体化が図られた。

今回は松任市が上り線PA東側の約1.1ヘクタールの敷地に、小型100台、大型12台収容の駐車場(5600平方メートル)、日本海が眺められる見晴らし台、広場、園路を約6億円かけて建設した。

式では細川久米夫松任市長や建設省、県関係者が「周辺施設の魅力をさらに高め、海辺のふれあいの場として全国に発信していきたい」とあいさつ。記念ゲート前でテープカットが行われた後、早速、車を乗り入れた県外の利用者に同市長から花束が贈られた。

上り線PAでは、2月に既設駐車場の拡張とともに売店やトイレも完成した。《北國新聞》

【政界談話室】

○・・・橋本龍太郎首相は28目、金丸信・元自民党副総裁死去の知らせを聞き、記者団に「寂しいなあ」を連発。「僕の初当選後の内閣で、竹下さん(登・元首相)も金丸さんも初めて政務次官になったんだ」と当時の思い出をしみじみと紹介した。「金丸国対」の名を残した国会対策のプロだっただけに首相は「一つの国会対策の在り方を作り上げた」とも評価。住専処理問題をめぐる新進党の衆院予算委封鎖で国会が長期空転した後でもあり、金丸氏死去で首相としては国会対策の名手不在をあらためてかみしめた様子。

○・・・この日の衆院予算委理事会で、新進党の野田毅理事は平成8年度予算案審議を桜になぞらえ「東京の開花宣言はまだかな」と探りを入れた。自民党の深谷隆司理事が「今週か来週の頭には咲かせたい」と、週明けには採決の日程合意を取り付けたい考えをにおわすと、同党の桜井新理事も「自民党本部前の桜は咲いたよ。岐阜の風が吹いたのかな」と参院岐阜補選の圧勝をちらつかせてけん制。桜井氏は「花見桜の下で、こざを敷いて待っているから」と誘ったが、新進党の予算委ピケの記憶が生々しいだけに、与党側から「また座り込むの」と心配そうな声も。《共同通信》

【橋本龍太郎首相】署名代行に着手

橋本龍太郎
https://www.kantei.go.jp/

橋本龍太郎首相は28日夕、沖縄県の米軍用地を引き続き使用するため、署名代行の法的手続きに着手した。29日に代行手続きを終え、3月末で契約期限が切れる楚辺通信所(読谷村)の一部用地について6ヶ月間の緊急使用を県収用委員会に申し立てる。

大田昌秀知事が代理署名を命じる高裁判決を拒否したことに伴う措置。米軍への基地提供は日米安保条約上の義務で、極東の安定と平和に資するとの政治目的に加え、4月に訪日するクリントン米大統領との会談を円滑に行う狙いもあり、首相は署名代行を決断した。《共同通信》

【オウム・ビデオ問題】

郵政省、1カ月以内に処分検討

郵政省の松野春樹事務次官は28日の記者会見で、TBSが坂本弁護士のインタビューのビデオテープをオウム真理教幹部に見せた問題で、「今後適宜TBSから事情を聴き、どこかで区切りをつけたい」と述べた。

TBSは、1カ月後をめどに社内調査の結果をまとめる方針だが、次官は「当面それを念頭に置くが、1カ月というのは長い気がする」として、郵政省として独自に調査を進め、1カ月以内にも何らかの処分を検討する可能性を示唆した。

参院も参考人招致

参院逓信委員会は28日夕の理事懇談会で、TBSの坂本堤弁護士インタビュービデオ問題に関連、4月2日午後の同委に、同社の磯崎洋三社長と4月1日から日本民間放送連盟会長に就任する氏家斉一郎日本テレビ社長の2人を参考人として呼ぶことを決めた。このほかTBSの幹部1人も呼ぶこととし、人選は及川一夫委員長に一任した。

衆院逓信委員会も既に3日の委員会に磯崎、氏家両氏とTBSの大川光行前常務の3人を参考人招致することを決定した。《共同通信》

【金丸信さん】死去

自民党副総裁を務め、東京佐川急便から5億円の不正献金を受けたとして衆院議員を辞職、巨額脱税事件で東京地検に逮捕され、公判中の金丸信氏が28日午前8時、糖尿病による脳こうそくのため山梨県中巨摩郡白根町の自宅で死去した。81歳。山梨県出身。

金丸氏は自民党で最大派閥だった旧竹下派(経世会)会長として政界に強い影響力を行使。金丸裁定により宮沢政権発足後は後ろ盾として党副総裁に就任、国政全般ににらみを利かせた。

しかし最大派閥を維持するための無理な政治資金集めが災いし、1992年(平成4年)、佐川急便事件で政界を引退。93年3月には所得税法違反容疑で東京地検に逮捕された。

金丸氏は昭和11年東京慶大を卒業。地元で酒造会社を経営後、33年の衆院選(山梨全県区)に初当選以来、連続当選12回。この間、建設相(田中内閣)、国土庁長官(三木内閣)、防衛庁長官(福田内閣)、副総理(中曽根内閣)と主要閣僚を歴任。党幹事長、総務会長、国対委員長をはじめ、衆院税制問題特別委員長、衆院国会移転に関する特別委員長など要職をこなした。

中曽根政権下の幹事長時代には、61年7月の衆参同日選挙で自民党を300議席(衆院)の圧勝に導き、保守政権安定の基盤を築いた。

「世代交代は時の流れ」が持論で、子供同士が結婚している竹下登氏の政権を目指し、田中角栄元首相(故人)の圧力を押しのけながら60年2月の「創政会」発足、62年6月の竹下派結成に奔走。同年秋の総裁選で竹下、安倍、河本3派の連携確立に努め、中曽根康弘首相(当時)による「竹下指名」を勝ち取った。

竹下政権はリクルート事件により1年7カ月で終局を迎えたが、平成元年8月には海部政権づくりで主導権を発揮。3年10月、海部氏の再選断念後、関係が薄かった宮沢喜一氏を急きょ担ぎ出すという早業も見せた。《共同通信》



3月28日のできごと