平成2484日目

平成7年10月27日(金)

1995/10/27

【オウム裁判】麻原彰晃被告、横山氏を再び弁護人に選任

オウム真理教教祖の麻原彰晃被告(40)は27日午後、2日前に解任したばかりの横山昭二弁護士(67)を再び私選弁護人に選任した。一方、東京地裁(阿部文洋裁判長)はこの日国選弁護人を選任。同被告の弁護士は国選、私選が両方付くという異例の事態になった。

横山弁護士は麻原被告から呼ばれて同日午後1時すぎ、拘置先の警視庁で接見。その際、同被告から「軽率に解任して申し訳なかった。再び弁護活動をしてほしいのでお願いします」と頼まれ、すぐ選任届を作り、そのまま裁判所を訪れて提出したという。

同地裁は東京、第一東京、第二東京の在京3弁護士会から推薦が出されたのを受けて国選弁護人の選任命令を出し、以前に指定されていた11月2日、9日の公判期日を取り消した。《共同通信》

横山弁護士は選任届を出した際、阿部裁判長らに面会。「予定通り、11月2日の期日に出廷する」と述べたが、裁判所側から「既に国選弁護人一人を選任しており、その弁護士の公判進備のためしばらく期間を設ける」と断られたという。 横山弁護士は「11月下旬ごろには初公判が開かれるかもしれないと思っている」との見方を明らかにしたが、弁護士会関係者は「2、3週間で相当数の弁護団を組織する方針に変わりはなく、初公判は年明けにずれ込む見通しだ」としている。

国選弁護人について東京地裁は氏名や人数を明らかにしていないが、弁護士会側から「十数人は必要」の声が出ていることを受け、同地裁は「最終的には10人前後の弁護団になる」としている。 通常の刑事裁判の場合、国選弁護人が付いている時に被告が新たに私選弁護人を選任すると「必要がなくなった」とみなされ国選は解任される。

東京地裁は、「(麻原被告の弁護人問題は)極めて不安定な状態にあり、円滑に審理を進めるためには国選と私選の両方が付くことは認められる」との見解を示している。横山弁護士は「国選弁護人と協力して裁判を進行させていく」と話している。

麻原被告の弁護人にいったん選任されたものの、直後に辞任した野崎研二弁護士(第二東京弁護士会所属)が27日夕、麻原被告と警視庁本庁舎で接見し、同日夜、弁護人選任の要請を受けたことなどを明らかにした。

野崎弁護士によると、接見は麻原被告の求めで午後5時半から約30分間行われ、同被告が「先生を弁護人に選任したい」と申し出た。野崎弁護士は自分が辞任したばかりで、再任された横山昭二弁護士との関係に問題があることなどを説明、横山弁護士を再任した理由を尋ねた上で、引き受けるかどうかの返答を留保したという。《共同通信》



【オリックス・岡田彰布内野手】現役引退を表明

オリックスの岡田彰布内野手(37)は27日、東京都内のホテルで会見し、今季限りで16年の選手生活にピリオドを打つことを前らかにした。

岡田は1980年にドラフト1位で阪神に入団。新人王に輝き、主力選手として85年のリーグ優勝、日本シリーズ制覇に貢献した。94年にオリックスに移籍。また労働組合・日本プロ野球選手会の会長を務めた。球団は二軍監督就任を要請している。

阪神で14年、そしてオリックスで2年。阪神時代はリーダーとしてチームを引っ張り、ファンに親しまれた岡田彰布内野手が16年に及んだ選手生活にピリオドを打つことになった。

岡田は日本シリーズで敗れた翌日の27日、チームの宿舎となっている東京都内のホテルで引退発表に臨んだ。「セとパの両方で優勝できたのは、ファンをはじめいろんな方々のおかげ。感謝しています」。感傷的なムードはなくさっぱりとした顔つきだった。

ことしはオープン戦で右ひじを痛め、何度か一軍とファームを往復した。引退を意識したのは8月の米子遠征のころだった。当時、チームは5連敗中で、仰木監督はやむなくファーム行きを命じた。このとき「監督には、勉強してこい、と言われ、自分なりにもう終わりかなと思った」という。

長い選手生活で一番の思い出は、やはり阪神時代の昭和60年、中心選手として日本一に輝いたこと。球団からは二軍監督の要請を受けているが、岡田は「神戸に帰ってゆっくり考えたい」と態度を保留している。《共同通信》

【村山富市首相】米軍基地代理署名「決着を」

村山富市首相は27日の参院予算委員会の集中審議で、共産党の上田耕一郎氏が大田昌秀沖縄県知事の米軍用地強制使用の代理署名拒否問題で「11月20日の日米首脳会談までにどういうメドをつけるのか」とただしたのに対し「当面、緊急を要する問題としてきちっと決着をつけなければならない」と述べ、知事が署名拒否を続ける場合は法的手続きに入る考えを示唆した。

首相は同時に「11月4日の知事との会談では誠心誠意話し合い、互いに理解と納得を得る結論を見出したい」とし、対米交渉を通じ沖縄の米軍基地の整理・統合、縮小問題の前進を図り、知事の理解を得る努力を続ける姿勢を強調した。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・村山富市首相は27日、プロ野球日本シリーズでのヤクルトの優勝に「そうじゃのう。あとでテレビ(ニュース)で見た」とそっけない感想。ところが、ヤクルトの野村監督が「勇将の下に弱卒なし」という言葉をモットーにしたことを引き合いに、記者団が「社会党を率いる首相は?」と水を向けると、一瞬考え込んで「(社会党は)みんな一騎当千のつわものじゃからな」。同党の新党問題はこの日の臨時中執委で、激論の末に結論を持ち越したが、なかなかまとまらないのは、つわものぞろいのせいと言いたかった?

○・・・新進党の江田五月広報企画委員長はこの日の記者会見で、同党がこのほど作った核実験反対のポスターを披露。デザインはフランスの新聞に載せた意見広告そのままで、日本語で「フランスだからでも中国だからでもありません。核実験を行う国だから、私たちは抗議するのです」と加筆。参院本会議で武村正義蔵相に「一回限りのパフォーマンス」と皮肉られたいわくつきの意見広告だけに、江田氏も「一回きりだと言われましたので、ポスターにしました」ときっぱり。反核ではこちらが元祖と言わんばかりに、武村氏への対抗心をあらわにしていた。《共同通信》

【フランス】核実験

フランス国防省は27日夜、南大平洋フランス領ポリネシアのムルロア環礁で現地時間同日午後1時(日本時間28日午前7時)、再開3回目の地下核実験を実施したと発表した。規模は60キロトン以下で、既存核弾頭の信頼性確保が目的。

オーストラリアやニュージーランド、日本ばかりでなく、欧州諸国でも批判が強まる中での実験続行で、フランスは国際世論の非難にもかかわらず計画通り実験を実施する意思を示した。

発表によると、今回の実験規模は60キロトン以下。9月5日の再開1回目は20キロトン以下、10月1日の2回目は110キロトン以下だった。広島原爆は15キロトン級。

実験の目的は既存弾頭の安全・信頼性の確保と発表されており、核弾頭の起爆装置、核物質などの劣化の程度を測り、性能を維持するためとみられる。フランスの核実験はこれで通算207回となる。

9月に4年2カ月ぶりの核実験を再開したフランスのシラク大統領は当初、来年5月末までに計8回の実験を行うと発表した。今月中旬には米テレビとの会見で計6回の実験を行うと計画の縮小を明らかにしていた。

フランスは一連の実験の目的を、将来、核実験に代わる模擬装置の開発に必要な技術の確立、最新型弾頭の爆発試験、既存弾頭の安全・信頼性テストの3つを挙げている。

1回目、2回目の実験後、日本など各国は、駐在するフランス大使を呼んで抗議するなど、再三にわたって実験中止を申し入れてきた。また、世界各地でフランス製品ボイコットの動きなどが起こったが、実験を中止させる有効な手段とはなっていない。《共同通信》



10月27日のできごと