平成2391日目

平成7年7月26日(水)

1995/07/26

【天皇、皇后両陛下】長崎訪問

戦後50年の「慰霊の旅」として長崎市を訪問した天皇、皇后両陛下は26日午後、平和公園の平和祈念像前で原爆犠牲者に供花、原爆資料センターと原爆養護ホームを訪れて被爆者らを励まされた。

両陛下はまず、長崎市内のホテルで、高田勇知事から被爆者健康手帳を持つ県民が現在約8万8000人いることなど、長崎の戦後の歩みについて説明を受けられた。

続いて両陛下は平和公園を訪れ平和祈念像前に進み、原爆死没者10万2275人の名簿が納められている「原爆殉難者名奉安箱」の供花台に白菊の花束をささげ、深々と頭を下げて犠牲者のめい福を祈られた。

被爆資料を展示した原爆資料センターでは、伊藤達也館長とともに県原爆遺族会会長の下平作江さんら被爆者団体の代表5人が説明に当たり、原爆投下時刻の11時2分で止まった柱時計や「この子を残して」の著者として有名な故永井隆一博士の展示物などを視察された。

下平さんは母親と姉、兄が原爆で死亡、生き残った妹も後遺症に苦しんで自殺したことなどを話し、両陛下は体の具合を気遣うなどいたわりの言葉を掛けられた。

両陛下はこの後、原爆養護ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」を訪問。今も後遺症に苦しむお年寄りらが打楽器などで「長崎の鐘」を演奏、日の丸の小旗を振って両陛下を歓迎した。両陛下は27日午前、長崎空港から次の訪問広島へ向かわれる。《共同通信》



【プロ野球オールスターゲーム最終戦】全セ7−6全パ

プロ野球サンヨーオールスターゲーム最終戦、全セントラルー全パシフィックは26日、広島球場で行われ、全セが7−6で勝った。最優秀選手には決勝点を放った松井(巨人)が選ばれ、通算成績は全パの65勝49敗6分けとなった。

全セは一回、江藤の2点適時二塁打で先制したが、中盤に全パの反撃に遭い、五回まで3−5とリードされた。しかし六回に金本(広島)の本塁打と和田(阪神)の適時打で追いつき、さらに二死一、三塁から松井の右前打で勝ち越し。6投手の継投で逃げ切った。《共同通信》

【村山富市首相】中日友好協会会長と会談

村山首相は26日、首相官邸を訪れた孫平化・中日友好協会会長と会談した。孫氏は台湾の李登輝総統の訪米問題に関し、「中米関係が難しくなっている。50年間苦労して良い状態にした中日関係が、中米関係のようになっては困る」と述べ、台湾との交流に慎重な対応を求めた。

これに対し、首相は「(日中が難しい関係になるような)そんなことはない。長い間、先輩たちが築いたものをさらに発展させないといけない」と述べ、日本として、従来通りの「一つの中国」政策に変わりがないことを強調した。《読売新聞》

【社会党】村山政権支持を確認

社会党は26日午後、党本部で中央執行委員会を開き、参院選結果について論議した。関山信之政審会長は16議席となった責任を取り村山富市首相(委員長)以下、執行部が総辞職すべきだと主張したが、他の中執から具体的な責任論は出ず、村山政権を支えていくことを確認した。

中執委に先立つ三役懇談会で、久保亘書記長は「首相は政務に専念している。責任はすべて私にある」と述べたが、自身の進退には言及しなかった。また中執委では「大敗北だが、展望のない敗北ではない。近づく総選挙に向けて態勢を整えねばならない」と述べた。

久保氏は得票率の落ち込みは最小限に食い止めたことなどを挙げ「社会党の存在意義を示し、国民の期待にこたえる活動に自信を持つべきだ」と強調。村山政権が自民党主導に偏らないよう「より民主的な運営に努める」と述べた。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・村山富市首相は26日「暑いね」とひと言。猛暑が稲作に与える影響について記者団から聞かれると「山間部はどうかな、良くなるといいが」。さらに「参院選の厳しい結果を乗り越えて、実りの秋を迎えられそうか」と突っ込まれた首相は「まあ、やるべきことはきっちりやっていくことだ」と自らに言い聞かせていたが、硬い表情のまま。いったん辞意を漏らした後に続投を決断しただけに、内閣改造や景気対策と連なる難問の山を登り切るのは容易でない?

○・・・社会党の森井忠良国対委員長はこの日、参院選を終えて初の記者会見をし、9月に臨時国会を召集して1995年度第二次補正予算を成立させるべきだと提唱した。第二次補正をめぐっては、参院選前に久保亘書記長が「8月の臨時国会で成立させたい」との見解を表明、その後、選挙戦中に軌道修正した経緯がある。それだけに森井氏は「予算案はそう簡単にできない。事実上、無理だ」とあらためて釈明したものの、この分では党首脳による選挙向け発言の後始末がさらに続きそうな気配も。《共同通信》

【新進党・小沢一郎幹事長】衆院解散遠のく

新進党の小沢一郎幹事長は26日午前、都内のホテルで経済同友会の牛尾治朗代表幹事ら幹部と会い、経済政策や政局の見通しなどについて意見交換した。小沢氏は次期総選挙の時期について「いま動きがないと、もっと先になるだろう」と指摘、村山政権が存続する以上、衆院の解散は遠のいたとの認識を示した。

さらに、今回の参院選結果を基にした衆院選の議席予測で、新進党が過半数を制する結果が出ていることに触れ「衆院選は参院選とは別だ。現実はあんなものではない。楽観できない」と強調、同党内に出ている楽観ムードを戒めた。

小沢氏と経済同友会幹部の公式会合は新進党結党以来初めて。同友会側が参院選で躍進した同党との関係強化を図る狙いがあるとみられているが、牛尾氏は会合終了後、記者団に対し「今日の会合は3週間前から決まっていた。参院選結果とは無関係だ」と語った。《共同通信》

【ボスニア紛争】「米国化」へ

米上院本会議は26日、ボスニア・ヘルツェゴビナ(イスラム教徒主導)に対する国連武器禁輸措置を米国が単独で解除することを規定した「1995年ボスニア・ヘルツェゴビナ自衛法案」を賛成69、反対29の賛成多数で可決した。

米単独の解除が「火に油を注ぎ状況を悪化させる」として反対を貫いてきたクリントン大統領は拒否権を行使する構えで、下院での審議も控え、実際に実施されるかどうかは微妙な情勢だ。

しかし、米上院が国連安保理決議に真っ向から挑戦する意思を示したことで、セルビア人勢力との戦闘で劣勢にあるイスラム教徒側が勢いづくのは確実。また現地に地上部隊を出している英国やフランスなどとの亀裂が深まり北大西洋条約機構(NATO)の政策調整が複雑化するのは必至で、就任以来悩まされてきたボスニア問題でクリントン大統領は再び窮地に立たされた。

クリントン大統領は投票直前まで有力議員への説得工作を続けたが、上院の可決でボスニア政策をめぐる米政府と議会の足並みの乱れが一層顕著になった。

同法案はセルビア人勢力の攻撃への防衛力を強化できるようボスニア政府軍への武器提供を可能にすべきであるとの考えから、国連防護軍の撤退完了時か、ボスニア政府が国連安保理に防護軍の撤退を要請した日から12週間後に米大統領がボスニアへの武器禁輸を解除することを定めている。

この日の投票では拒否権を覆すための3分の2(67票)以上の69票を集めており、下院に送付される同法案の審議の行方が注目される。法案は下院通過後に大統領に送られる。《共同通信》

7月26日のできごと