平成2054日目

平成6年8月23日(火)

1994/08/23

【村山富市首相】フィリピン訪問

村山首相は23日午後、東南アジア歴訪の最初の訪問国、フィリピンに政府専用機で到着し、マニラ市内のマラカニアン宮殿での歓迎式典に臨んだ。

ラモス大統領夫妻の出迎えを受けた首相は、軍楽隊による両国国歌の吹奏後、大統領とともに儀礼兵を閲兵。さらに宮殿内に移動して記帳した。《共同通信》



【亀井静香運輸相】制裁発言を撤回

亀井運輸相は23日の記者会見で、アルバイト(時給制)のスチュワーデス採用見直しに応じない航空会社については増便を認めないと発言したことに関して「安全運航に配慮する社とそうでない社と結果的に差がつくという意味で述べたが、圧力と感じられるので取り消す」と述べ、制裁発言を撤回した。

同相は「行政指導に基づいて日本航空の子会社がアルバイトスチュワーデスの募集を中止したことは評価したい」とした上で、「待遇の違いを持ち込むのはやめてほしい」と、勤務現場の一体感維持の観点から、あくまで雇用形態が正社員と異なるスチュワーデス採用には反対の意向を重ねて表明した。

「ただ、こちらの気持ちであって、命令、強制ではない。(航空各社に)それでも強行されたらどうこうできない」と「絶対に認められない」としていた従来の強硬姿勢をトーンダウンさせた。

「教育がきちんとでき、一体感、使命感などチームワークがとれる方策を航空会社が持ってくれば検討したい」とも述べ、契約社員から正社員に登用する制度の用意や事故時の補償などに配慮すれば、航空会社の方策を認める含みも残した。

日経運の永野健会長が「女性の就職環境は厳しい。時給制でも就職できるのはいいことだ」などと亀井運輸相を批判したことについては「安全や働く者の地位保全に注意を払わないで、ただもうければいいという利潤優先の考え方が根底にあり、嘆かわしい」と強く反論した。《共同通信》

【政界談話室】

○…河野副総理兼外相は23日、東南アジア4カ国歴訪に出発した村山首相を羽田空港で見送り。これに先立つ記者会見で細川、羽田政権当時は「見送り簡素化」の方針で外相クラスによる首相見送りは原則として自粛していた点を指摘されると「形式的見送りをするつもりはない」と、自民、社会、新党さがけ3党首の風通しの良さを売り物にしているだけに“実”がこもっていることを強調。さらに「実質的に後を託されるわけだからきちんと見送りたい」と首相臨時代理としての存在感をアピールしていた。

○…海部元首相はこの日午前、衆院議員会館で開かれた参院愛知再選挙選対本部発足式で本部長就任のあいさつ。「目前に迫った再選挙でこっち(野党)の方がいい、ということをはっきりさせる必要がある」と、げきを飛ばした。さらに「江戸八百八町をつくったのは愛知県から出た徳川家康、大阪の町を立派にしたのも愛知から出た豊臣秀吉だ」と愛知県出身の偉人を引き合いにしきりにお国自慢。最後は「今、愛知から新しい日本の議会政治の歴史をつくらなくてはならない」と力説。激戦必至の選挙戦で与党の推す候補者に勝てば、将来は海部氏も歴史上の偉人になる?《共同通信》

【自民党・森喜朗幹事長】海部氏を皮肉る

自民党の森幹事長は23日午後、参院愛知再選挙遊説のため訪れた名古屋市内で講演し、共産党を除く野党候補陣営の選対本部長である海部元首相を「あの人の裏切りのおかげで自社さ連立政権ができた」などと痛烈に皮肉った。森氏は村山連立内閣樹立の直後、社会党の久保書記長と2人だけで会談し、羽田前内閣総辞職後の政争を振り返り突っ込んだ意見交換をしたエピソードを披露。

当時、非自民連立政権への復帰に軸足を置いていた久保氏が「森さんに村山首相で、と言われた時は本当につらかった」と打ち明けたのに対し、森氏の方も「どうしてギリギリの場面で社会党がわが党と組むことになったのか、まだ分からない」と率直な疑問をぶつけた。久保氏は「それは海部さんのおかげですよ。彼の(首相指名選挙への)出馬で一・一(小沢新生党代表幹事と市川公明党書記長)は社会党を切るつもりだ、と全党内が反発した」と解説したとか。

森氏はこの後、「大学の先輩として35年も指導を受けた人。簡単に(小沢氏らの)毛針をのんだことが残念でならない」などと海部氏を批判した。激しい選挙戦の敵方総大将の背信行為を攻撃し、与党側候補の戦いを有利にしたい狙いがありあり。《共同通信》

【ナゴヤドーム】起工式

ナゴヤドームの起工式が23日、建設予定地の名古屋市東区にある三菱重工工場跡地で行われた。東京、福岡両ドームに続く本格的ドーム球場で、既に着工している大阪ドームと同じく1997年春完成予定。《共同通信》

【関西国際空港】防災訓練

開港まで12日と迫った関西国際空港で23日、第五管区海上保安本部の関西空港海上警備救難部などが、タンカーから空港島に移す航空燃料が海上に大量に流出、タンカーにも火災が発生したとの想定で、巡視艇など8隻約100人を出動させて防災訓練を行った。

国内初の本格的海上空港として建設された新空港は、島の南東端にある桟橋に横付けしたタンカーから地下に埋設のパイプラインを通して、滑走路西側の貯油タンクまで直接、給油ができる。開港後は大型タンカーが一日当たり2、3隻停留する。

この日は午後2時から、25キロリットル(約18トン)の燃料が海に流れたと想定して、桟橋の周囲200メートルにオイルフェンスを張り、拡散を防止。大型放水銃や、4隻の船から一斉に海上の目標点に向かって放水した。《共同通信》



8月23日のできごと