平成2376日目

平成7年7月11日(火)

1995/07/11

【ドジャース・野茂英雄投手】球宴で先発

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ドジャースの野茂英雄投手(26)は11日、米大リーグの第66回オールスター戦にナ・リーグの栄えある先発投手として登板。2回を投げ、ア・リーグ打線から3三振を奪う1安打無失点の力投で、野球が生まれた米国にさらに「NOMO」を強烈に印象づけた。

トルネード(竜巻)投法はこの日もさえた。一回はロフトン(インディアンス)、E・マルチネス(マリナーズ)を得意のフォークボールで、二回にはA・ベル(インディアンス)を速球で三振に仕留めた。

満足そうにマウンドを降りてきた野茂にスーパースターたちが祝福の手を差し伸べ、華やかなベンチはますます盛り上がった。

ア・リーグの先発は3年連続奪三振王のジョンソン投手(マリナーズ)。こちらも2回で3三振を奪い無失点と、2人の投げ合いにスタンドは沸いた。

試合ナ・リーグが3−2でア・リーグに逆転勝ち。

野茂英雄投手 2回で十分です。オールスターは期待以上のものでした。結果も良かったのですごく気持ちがいいです。これからも魅力のある投球をしていきたい。きょうだけでなく大リーグに来て一番学んだことは、野球が楽しいということです。《共同通信》

ナ・リーグの先発マウンドに登る野茂に、三振を幾つとるかという期待がかかった。本人もそれを十分に承知しているが、実はこの大舞台に別の目的を持って臨んでいた。速球でどこまで勝負できるか−。

二回、四番トーマス(ホワイトソックス)を迎え、カウント1−2のときだった。ドジャースで女房役を務めるピアザ捕手のサインに珍しく首を横に振った。フォークボールを嫌い、速球勝負を選んだ。結果はバックネット前へのファウルフライだった。

「打たれても楽しかったと思いますよ」。野茂は短い言葉で振り返ったが、ア・リーグの強打者を迎えて、野茂はこんな風に球宴を楽しんでいたのである。

シャワーを浴びた後、記者に囲まれた野茂の表情には充実感があふれた。「来てよかった」。球宴に選ばれた時、自分のために起こるマスコミの騒動によって、周囲に掛かる迷惑を懸念したこともあったが、アーリントンで野茂は素晴らしい思い出を残した。

「トルネード投法」は、だれかに授けられたものではない。ただ「速い球が投げたい」という一心で投げながら、いつの間にか完成した。それが今、ニックネームとなり、全米のファンを魅了しているのである。

三振を奪う決め球となっているフォークボールに挑戦したのは新日鉄堺に入社した一年目だった。すぐには習得できず、調子も上がらなかった当時を「野球をやっていたことが不思議なくらい」と振り返る。

野茂は普通の人より、人さし指と中指の関節が硬い。ボールがしっかりと挟めるために、フォークがよく落ちる。トルネードでスピードのついた速球。そして落差のあるフォーク。このコンビネーションの完成こそ、サクセスストーリーの原点だった。

わずか2カ月で頂点に上り詰めた野茂だが、「負けることは悔しい」という男は、これから幾つもの山を乗り越え、さらに高いゴールを目指す。《共同通信》



【大相撲名古屋場所】10日目

大相撲名古屋場所10日目(11日・愛知県体育館)横綱貴乃花、大関若乃花はそろって勝って1敗でトップを並走。貴乃花は落ち着いて朝乃翔を突き落とし、若乃花は北勝鬨を押し出した。

2敗の大関同士の一番は、武蔵丸が突き落としで貴ノ浪を下して8勝目を挙げ、通算連続勝ち越し29場所に伸ばした。横綱曙は琴別府を一方的に突き出して7勝3敗。

平幕の2敗力士のうち、剣晃は貴闘力を引き落として勝ち越したが、琴錦は関脇魁皇にはたき込まれて3敗となった。この日の結果、幕内は1敗の貴乃花、若乃花を、2敗で武蔵丸、剣晃が追う。十両は巌雄が8勝2敗で単独首位。《共同通信》

【アメリカ、ベトナム】国交を樹立

クリントン米大統領はホワイトハウスで11日午後、ベトナムとの正式な外交関係樹立を発表した。ベトナムのボー・バン・キエト首相も同日、米大統領の発表を「重要な決定」と歓迎する声明を発表。両国は1975年のベトナム戦争終結から20年を経て、関係を正常化し冷戦時代の過去精算に向かう。

大統領は「戦争の傷をいやし、国内での対立を過去のものにしよう」と訴え、ベトナムとの未来に向けた関係を築く時が来たと強調した。

経済発展を続ける東南アジア地域の有力国ベトナムと米国との和解が実現したことで、同地域は名実ともに新時代を迎え、域内の経済協力や安保対話に一層の弾みがつくことが確実となった。

大統領はクリストファー国務長官を8月初めにハノイに派遣、行方不明米兵(MIA)問題などでの対話を開始することも明らかにした。南北統後のベトナムを米国務長官が訪問するのは初めてとなる。

正常化決定の理由について大統領は、MIA問題の解明がベトナム側の協力で進展したことを挙げ、国交樹立がMIA問題のさらなる進展のための「重要なステップ」となると訴えた。

米国内では、ベトナムのMIA問題での協力を不十分とし正常化を時期尚早とする批判が議会や退役軍人組織の間で今も根強いが、大統領は関係を正常化しベトナムの民主化や改革を促すことが戦争犠牲者の「名誉を守ることになる」と説いた。

大統領はこの日の発表に、ベトナム戦争で捕虜となったマケイン上院議員(共和党)ら正常化を支持する議員や退役軍人、軍関係者などを招き、関係正常化は、「安定し平和なアジアにおける自由で平和なベトナム」を実現するという「米国の国益にかなう」と述べ、その意義を強調した。

また、最恵国待遇(MFN)の付与問題など経済面での関係拡大を検討する政府委員会を設置し、貿易、投資拡大も進めることを発表した。

クリストファー国務長官はブルネイで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大外相会議に出席する機会を利用して8月初めにハノイを訪問する。《共同通信》

【アウン・サン・スー・チーさん】民主化のために尽くす

自宅軟禁から6年ぶりに解放されたミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(50)は11日午後、自宅で約40分間にわたり記者会見し、今後も民主化のために尽くしていくことを強調するとともに、対話を通じた国民和解の必要性を訴えた。だが軍事政権についてに直接担当を避け、慎重な姿勢を示した。

また、依然として野党「国民民主連盟」(NLD)のメンバーであることを指摘し、政治活動については「一歩ずつ段階的に展開していきたい」と述べ、意欲を見せた。

スー・チーさんは、長い間軟禁されていたため、現状を認識していくには時間がかかるとしており、今後の政治活動にはしばらく時間をおいて取り組んでいくとみられる。

記者会見は自宅1階の洋間で行われ、内外の記者団やヤンゴン駐在の外交官ら計約100人が詰め掛けた。スー・チーさんは薄紫と紺系の民族衣装姿で時折、冗談も交えながら、解放の喜びを見せていた。

スー・チーさんはまず、3ページの声明を読み上げ「わが国の安定と幸福は、国民和解に向けたすべての政治勢力の努力にかかっている」と述べた。その上で「対話こそが問題の速やかな解決へのカギであることは疑いない」と強調、対決ではなく、対話を重視した政治活動を展開していく考えを示した。《共同通信》

【ロシア・エリツィン大統領】心臓病で入院

口シア大統領府によると、エリツィン大統領が11日午前、心臓の病気でモスクワの中央病院に入院した。虚血性心疾患で検査と治療が行われている。同日午後の発表では胸の痛みは収まり、心電図のデータも正常になった。大統領は歩ける状態で、数日間入院した後、「来週には意務に復帰するという。

エリツィン大統領はソ連時代の1987年11月に心臓発作を起こしており、心臓病の不安は常に指摘されていた。来年6月に任期切れを迎え、再選出馬に向けての最大の不安材料が健康問題だった。

イズベスチヤ紙によると、大統領は11日朝、自宅から病院に運ばれた。今回の入院は健康不安をあらためて裏付け、再選戦路に大きな打撃となった。年末の議会選挙、来年6月の大統領選挙を控えるロシア政局に重大な影響が出るのは必至だ。

憲法の規定では大統領が急死したり、執務遂行不能に陥った場合、首相が代行となり、3力月以内に大統領選挙が実施される。チェルノムイルジン首相の報道官は「現在、首相が大統領職を代行する理由はない」と語った。

大統領と電話で話したイリューシン首席補佐官は大統領が病院で執務を続ける意向を示したことを紹介、今月19日からのノルウェー訪問も予定通り行われると、健康不安を打ち消した。《共同通信》

【新進党・米沢隆副党首】首相を精神障害者呼ばわり

新進党の米沢隆副党首は11日夜、参院選応援のため訪れた新潟市内で講演し、阪神大震災に関連して「村山内閣はまさに危機管理ができなかった内閣の代名詞。社会党は防災訓練に自衛隊は参加するなと言ってきた」と指摘するとともに、「村山政権は経済構造改革と言いながら何もしない」と村山内閣の経済政策を「無策」と批判した。

米沢・新進党副党首は11日の新潟市内の講演の中で、村山社会党委員長(首相)を、精神障害者を意味する表現で批判した。これに対し、社会党の政策担当首脳は、同日夜、「そういう言葉を使うこと自体がおかしい。もっと冷静に議論すべきだ」と反発した。《読売新聞》

【政界談話室】

○・・・村山富市首相は11日、米大リーグの野茂英雄投手がオールスター戦先発に選ばれたことに「いいことだね。名誉なことだ。こうなったら五つでも六つでも三振を取ってもらいたい」とニコニコ顔。すかさず記者団が参院選と結び付けて「選挙の応援では首相のことを“社会党のエース”と言う人もいるが、勝利を重ねることはできそうか」と水を向けると、見る見る険しい表情になり「厳しい選挙だがしっかり頑張りたい」。連日の選挙応援の手ごたえだけでは破竹の進撃とはいきそうにない?

○・・・新進党の船田元・元経企庁長官はこの日、外国特派員協会で講演し、本会議をボイコットした戦後50年の国会決議について「与党案も新進案も賛成しかった。きちんと反省の態度を示し区切りをつけるべきだった」と欠席戦術を率直に反省。与党内で調整が難航している戦後50年の記念式典についても「政府として戦後50年の総括と過去の反省を明確に発表してもらわないと困る。この点だけは村山さんを応援したい」と首相にエールまで送った。これには会場から「村山政権支持か」と質問が飛び「政権ではなくこの点だけで村山さん個人を応援したい」と苦しい説明。《共同通信》

【警察庁・国松孝次長官】退院

東京都荒川区の自宅マンション前で3月30日、出勤途中に銃撃を受けて重傷を負った警察庁の国松孝次長官が11日午前、入院先の日本医大病院(東京都文京区千駄木)を事件から約3カ月半ぶりに退院した。

国松長官は先月10日の公務復帰後も、治療やリハビリのため入院生活を続けていたが、傷などが順調に回復。今後は都内の官舎から出勤、3カ月ごとに通院しながら本格的に公務をこなすという。

国松長官はこの日午前10時、病院の正面玄関に姿を現し、看護部から花束を受け取ると「こんな大きな花束をもらっていいのかな」と言って顔をほころばせた。

玄関前には秋元成太院長や主治医の辺見弘客員教授ら病院関係者約50人が整列、長官は一人ひとりに「お世話になりました、ありがございました」とあいさつ。つえはついているものの、しっかりした足取りで迎えの車に乗り込み、東京・霞が関の警察庁に向かった。《共同通信》

7月11日のできごと