平成2275日目

平成7年4月1日(土)

1995/04/01

【 JR東海道線】全線で運転再開

阪神大震災(兵庫県南部地震)で住吉ー灘間(4.5キロ)が不通になっていたJR東海道線は1日始発から、震災後74日ぶりに営業運転を再開した。

震災以来寸断していた「東西の大動脈」が復活したことで、被災地の通勤、通学の足は確実に改善。貨物輸送の再開などで復興に向け大きなステップアップになるほか、旅客需要が増加する春の観光シーズンを前にJRグループの減収にもようやく歯止めがかかりそうだ。《共同通信》



【中核市】施行

全国に12ある政令指定都市に準じた権限を持たせる「中核市」の制度が1日、施行された。規模が大きく、地域の中核的な役割を担う都市に都道府県の権限の一部を特例として移護する制度で、昭和31年に政令指定都市が創設されて以来、39年ぶりの地方自治制度の大改革だ。

現在、要件を満たす市は全国で金沢市をはじめ27あり、来年4月にはこの中から複数の中核市が正式に誕生する見込みで、地方分権推進法の成立が秒読みの段階を迎える中、分権時代の先駆けとしての期待は大きい。

中核市の指定要件は①人口30万人以上②面積100平方キロ以上―で、人口50万人未満の市は昼人口が夜間人口より多いことが必要。指定を希望する市は省庁のヒアリングなどによる行財政能力のチェックを経て、国に申請する。その際、市議会と都道府県議会の議決が前提条件になる。

山出金沢市長は「指定に向けて市議会との協力や庁内体制づくりは着実に進んでいる。今後は石川県や県議会との連携を密にして指定をぜひとも実現させたい」と話している。《北國新聞》

【スーパー雷鳥サンダーバード】金沢駅で展示会

4月20日のダイヤ改正で北陸線に登場する次世代特急「スーパー雷鳥サンダーバード号」の展示会が1日、JR金沢駅で開かれた。金沢駅での初の一般公開とあって鉄道ファンや親子連れが詰めかけ、ホームに停車したサンダーバード号を見学した。

流線形の先頭車両付近や各座席に小型テレビがついたグリーン車内では、歓声を上げたり、記念撮影する姿も相次いだ。

ホームでは京都市観光協会の舞妓さん2人が「サンダーバード号で京都に来てね」と呼び掛けた。家族5人で見学に来た金沢市の小学六年生(11)は「車内の設備がかっこよかった。運転が始まったら、ぜひ乗ってみたい」と笑顔を見せた。

展示会は1日午後1時で終わり、2日は抽選で決まった一般客130人を乗せて富山—敦賀間で試乗会が開かれる。《北國新聞》

【新潟県】佐渡などで震度4

1日午後0時49分ごろ、新潟県を中心に東北、信越、北陸など広い範囲で地震があり、同県の新潟、笹神、出雲崎、佐渡・相川で震度4(中震)を記録した。気象庁によると、震源地は新潟市南東部の内陸部で、震源の深さは17キロ、マグニチュード(M)は6.0。直下型とみられ同日夜までに余震とみられる体に感じる地震が5回起きた。

新潟県警によると、被害は県北部の豊栄市や豊浦町などを中心に出ており、36人がけがをし、うち3人が重傷。新潟県に入った連絡では、4棟が全壊するなど家屋の被害は259棟に上った。また北蒲原郡笹神村では住民340人が小学校に避難した。《共同通信》

【村山富市首相】「治安維持に全力」

村山富市
https://www.kantei.go.jp/

村山首相は1日午後、知事選応援のため訪れた秋田市で記者会見し、最近の地下鉄サリン殺傷事件、警察庁長官銃撃事件に続き、首相自身も同日、右翼に狙われたことなどを挙げながら、「日本の治安は世界に誇れる状況にあった。これを取り戻すことに全力を挙げたい」と述べ、治安の維持に内閣が全力で取り組む構えを表明した。

また、首相は与党内調整が難航している国会での「不戦決議」について「戦後50年の節目に過去をしっかり反省し、あらためて平和の決意を確認することが大事だ」と強調。政権発足時の与党3党合意と所信表明演説を踏まえた反省に基づく国会決議の実現に向け、5月下旬の訪中前までの決着に強い期待を示した。《共同通信》

【フィギュア・伊藤みどり選手】アマ復帰

プロとして活躍しているフィギュアスケートの元女子世界チャンピオン、伊藤みどり(25)=プリンスホテル=が1998年長野五輪を目指してアマチュアに復帰することが正式に決まった。日本スケート連盟が1日、伊藤のアマ復帰申請を国際スケート連盟(ISU)あてに同日送付したと発表した。

伊藤を長野の切り札としたい日本スケート連盟では、ISUが主催大会に賞金制を導入するなど、プロとアマの厳密な区分けを取り払う方針を示したことを受け、本人にアマ復帰を要請。3月31日に伊藤から復帰の意思表示を受けたという。伊藤はアイスショーへの出演を続けながらアマの競技会にも出場する。

伊藤は文書でコメントを寄せ「3年間プロとして楽しくスケートをするとともに、現役時代には感じなかったアマチュアの魅力に気が付いた」と決断の理由を説明した。

ISUは昨年6月の総会で、リレハンメル五輪に数多くのプロ選手の出場を可能にしたアマへの復帰制度は、4月1日を申請受け付けの最終期限として、以後は廃止することを決めた。《共同通信》

【パ・リーグ】開幕

プロ野球、パ・リーグは1日、半年にわたるペナントレースの幕を開け、注目の王ダイエーが乱打戦を制して白星スタートを切った。西武球場では、7季ぶりに球界復帰の王新監督を迎えたダイエーと、東尾新監督の西武が対戦。ダイエーの新外国人、ミッチェルの公式戦初打席満塁本塁打(史上2人目)がいきなり飛び出すなど激しい打撃戦となり、延長十回の末、ライマーの犠飛でダイエーが1−0で勝った。

阪神大震災の被災地にあるグリーンスタジアム神戸には、3万のファンが詰め掛け、オリックスが終盤に伊良部を捕らえて3−2でロッテを下した。藤井寺球場での近鉄-日本ハムは、近鉄が4安打で7点と効率よく得点、7-3で勝った。

セ・リーグは7日に開幕する。《共同通信》

【第67回選抜高校野球大会】第7日

第67回選抜高校野球大会第7日は1日、甲子園場で2回戦3試合を行い、星稜(石川)のほか、神港学園(兵庫)今治西(愛媛)が準々決勝に進出した。神港学園は初めて、今治西は22年ぶり2度目のベスト8入り。

地元の神港学園は、犠打と盗塁を絡めた攻めで着実に得点を重ね、エース杉本が大府(愛知)を3点に抑え4−3で接戦を握った。七回に広島工(広島)に追いつかれた今治西は八回、四之宮の中前適時打で勝ち越し、左腕藤井がこの1点を守り切って3-2で競り勝った。《共同通信》

【Jリーグ・サントリーシリーズ】第5節

Jリーグ・サントリーシリーズ第5節(1日・万博記念競技場ほか=7試合)。ガンバ大阪が全勝だった横浜マリノスに4−0で圧勝。横浜M、ジュビロ磐田とともに4勝1敗(勝ち点12)で並び、得失点差で初の首位に立った。G大阪は今藤が前半に2ゴールを奪って主導権を握り、後半も2得点。磐田は中山、スキラッチのゴールで浦和レッズを2-0で退けた。鹿島アントラーズはセレッソ大阪を2-0で下し、共に3勝2敗。最下位のヴェルディ川崎は相変わらず精彩を欠き、0-1で清水エスパルスに敗れ4連敗。サンフレッチェ広島はハシェックの延長Vゴールで横浜フリューゲルスに2-1で勝ち、ベルマーレ平塚は名古屋グランパス、ジェフ市原は柏レイソルをそれぞれ延長の末破った。《共同通信》

【オウム真理教・麻原彰晃教祖】昨年3月から「毒ガス」発言

オウム真理教がサリンの原材料となる三塩化リンを大量に入手した後の昨年3月、麻原彰晃教祖が仙台市の教団支部で「(山梨県上九一色村の教団施設に対し)毒ガスを噴霧され続けてきた」などと講演していたことが1日、教団の内部資料で明らかになった。

麻原教祖はこのころから、説法などで度々「毒ガス」という言葉を使っているが、薬品購入や化学プラント施設が稼働したとみられる時期と発言が符合することから、警視庁も関連に注目している。

内部資料によると、麻原教祖が仙台市で講演したのは3月11日。自らの健康被害の原因として毒ガス攻撃を挙げ「ガスの正体はイペリットガスまたはマスタードガスと呼ばれるもの」と述べた。 また「オウム真理教はロシアと深い関係がある。私はあるラインを通じてロシアからガス検知器を取り寄せたが、そのデータからガスの反応が出ている」とし「神経ガスも噴霧されたことは間違いない」とした。

さらに翌4月27日、東京都港区の東京総本部で再び毒ガスに触れ「はっきり現れたのがサリンなどの毒ガス現象であった。96年には核弾頭というのもない話じゃない」とも語り、サリンの存在に言及した。

警視庁による山梨県上九一色村のオウム真理教施設の捜索は開始から11日目の1日午後も、捜査員ら約270人を動員し、サリン製造の疑いが強まっている「第7サティアン」を中心に行われ、同施設の中から解体した角材などを大量に搬出した。 捜索中に信者が乗ったコンテナ型のトラックが第7サティアン入り口に到着。白い服を着た若い女性信者らが縦横1.5メートルほどの麻原教祖の肖像画や、中2階にあった金色のシバ神像などを大事そうに抱えトラックに運んだ。 男性信者は「引っ越しです」と一言。一時、報道陣がトラック前に殺到したため、機動隊員約30人が慌てて非常線を張って警戒した。

地下鉄サリン殺傷事件で、東京都千代田区の三井記念病院に重体で入院していた浦和市の男性会社員(53)が1日午後11時前、死亡した。死因はサリンの影響による急性腎不全。同事件の死亡者は計11人となった。《共同通信》

【トリニティ・サイト】公開

50年前、世界で初めて原子爆弾の実験が行われた米ニューメキシコ州の実験場「トリニティ・サイト」が1日、一般に公開された。

広島、長崎への原爆投下から半世紀。その是非をめぐっていまだに議論が絶えないが、全米からやってきた市民の多くは記者の取材に「戦争を終わらせるために原爆投下は必要だった」と答え、米国では一般市民の間にも「原爆使用正当化論」が根強いことをうかがわせた。

トリニティ・サイトは同州最大の都市アルバカーキの南約200キロにある広大な米陸軍基地の一角にある。1945年7月16日、米国は日本への原爆投下に備え、初めて爆発実験を行った。実験に使われたのは、長崎に投下された通称「ファットマン」といわれるのと同型のプルトニウム爆弾だった。

直径約600メートルの円形の土地がフェンスで囲まれ、その中央に三角形の石像が立っている。そこがファットマンの爆心地(グラウンド・ゼロ)とされている。

米国の原爆製造計画(マンハッタン計画)の最終段階となったこの実験は、すべて極秘裏に進められ、住民にも知らされなかった。

爆発があったのは未明の現地時間午前5時29分45秒。すさまじい閃光と衝撃波、巨大なきのこ雲を生みだしたこの日を、当時を知る地元の人々は「太陽が二度上った日」として記憶している。実験は成功した。ファットマンは同年8月9日、長崎に投下された。それに先立つ同6日、ウラン235爆弾(通称リトルボーイ)が、実験を経ずに広島に落とされた。

米国の軍人や学者の間では、原爆の使用を正当化する見解が多数を占めるが、それをどう思うかという質問にカリフォルニア州から訪れた技師のクリスチャン・カラールさん(28)は「原爆によって何万人もの市民が死んだことは悲劇だが、原爆を落とさなければ戦争は終わらなかった」と答えた。

第二次大戦の欧州戦線で爆撃機パイロットとして戦った経験を持つジョン・リンフォードさん(72)は「議論の尽きないテーマだが、もし地上戦で決着をつけていたら、日米双方の打撃は計り知れなかっただろう。米国にも原爆の使用を決断する際、苦悩があったと思う」。

トリニティ・サイトは毎年2回(4月と10月の第一土曜日)公開され、実験から50周年の今年7月16日にも特別公開される。



4月1日のできごと