平成2204日目

平成7年1月20日(金)

1995/01/20

【阪神大震災】死者、不明5000人超す

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死者が4000人を超す戦後最悪の惨事となった兵庫県南部地震で、家屋の倒壊で下敷きになった住民らの捜索・救援活動は発生から4日目の20日も続いた。神戸市など9カ所では、がれきの下から計10人が救助されたが、犠牲者はさらに増え、死者・行方不明者が計5000人を回った。

気象庁は同日午後、神戸市中央区三宮と淡路島北部の一部地域は史上初の震度7(激震)だったと発表。当屋市役所では建物壊の恐れがあるして避難勧告が出されるなど、二次災害の危険も続いた。

兵庫ー大阪間で幹線道路の車両通行規制が実施され、救援物資の輸送もようやく軌道に乗り出した。政府は、村山首相の国会答弁で対応の遅れを事実上認め、小里北海道、沖縄開発庁長官を防災担当相に任命するとともに、被災者が低利融資を受けられるよう、激甚災害に準ずる扱いにすることを決定した。

警察庁のまとめでは、21日午前0時45分現在の地震による死者は兵庫県4545人、大阪府10人の計4555人。行方不明者は665人で、負傷者は2万3764人。芦屋市などからは約40遺体が自衛隊のヘリコプターで京都市内の火葬場へ。神戸市須磨区では合同慰継祭が営まれた。

この日の捜索、救出活動には、警察、自衛隊など約3万5000人が投入され、神戸市灘区、長田区、西宮市などで女性8人、男性2人が3日ぶりに生還した。

芦屋市役所で倒壊の恐れが出たのは四階建ての北館。階段で亀裂が見つかり職員らが南館へ移った。これまで約20人の遺体が見つかった西宮市仁川地区土砂崩れ現場周辺でも、二次災害の恐れがある地域の住民約百人に避難勧告が出された。兵庫県内の避難者は約31万人となり、疲れと寒さの中で四日目の夜を過ごした。

水道、ガスの供給は神戸市を中心に依然ストップしているが、電気は止まっていた11万世帯のうち4万世帯で21日にも仮復旧が完了する見通し。

救援物資の輸送をスムーズにするため、国道2号の尼崎市と姫路市の間など9区間計83キロで交通規制を実施。芦屋市、西宮市などでは、仮設住宅計500戸の建設が始まった。

神戸市から出られない被災者のため、海上ルートでは神戸港と大阪港を結ぶ新たな臨時便も運航され、交通網は次第に整い出した。新幹線は京都ー新大阪間が復旧し、東海道新幹線は21日から平常ダイヤに戻るが、新大阪―姫路間の運転再開は数カ月先になる。《共同通信》

兵庫県南部地震以来、京都−新大阪間が不通となっていた東海道新幹線が3日ぶりに仮復旧し、ひかり43号が1番列車として20日午前10時7分、東京駅を新大阪に向け乗車率約110%で出発した。

東海道新幹線は20日いっぱい平常の約7割の運転だが、JR東海は21日はさらに運転本数を増やしたいとしている。《共同通信》



【村山富市首相】施政方針演説

村山首相は20日午後、衆院本会議で就任以来初めての施政方針演説を行った。首相は演説の冒頭、兵庫県南部地震の犠牲者と遺族に哀悼の意を表するとともに「住民の不安解消に全力を傾け、余震に厳重な警戒を行いつつ行方不明者の捜索、救助にあらゆる努力をする」と強調。

電気、ガス、水道、道路、鉄道などの復旧を急ぐため、補正予算などの財政措置を取る意向や、日本列島全体の災害対策を見直し、総合的な防災対策に万全を期す決意を表明した。《読売新聞》

【政界談話室】

○…自民党と院内統一会派を組んだ自由連合の大内総裁は20日午後、自民党の両院議員総会で「自民党首脳やみなさんの配慮で統一会派の一員として行動することになったのでよろしくお願いしたい」とまずは殊勝にあいさつ。しかし、その直後には「昨年の今ごろは(自民党の)この部屋でこうして話をすることなどは予測できなかった。世の中の変化の激しさに驚くばかりだ」。元民社党委員長として自民党一党支配に終止符を打った当事者の一人であることをまるで忘れたかのような口ぶりに、自民党議員からは爆笑が沸き起こったが、変化の激しさは「世の中」より「本人」との声も。

○…社会党の久保書記長はこの日午後の記者会見で、村山首相と武村蔵相との間で合意したとされる同党と新党さきがけによる協議機関、勉強会設置構想について「党首間で最終的に合意したのかどうか。首相から報告を聞いた段階では、そこまでいっていない」と、意欲をみせる首相と微妙なすれ違いをみせた。「首相から武村氏と私の間でさらに詰めてほしいと言われているが、武村氏と会う機会がないから詳しいことは正確に承知していない」と、党務を預かる書記長の頭越しに合意されたことに不快感をあらわにしていた。《共同通信》

【皇太子ご夫妻】中東へ出発

皇太子ご夫妻は20日午前、東京・羽田空港から政府専用機で、クウェート、アラブ首長国連邦、ヨルダンの中東3カ国の公式訪問に出発された。

羽田空港に到着したご夫妻は、見送りの草場良八最高裁長官や訪問先のクウェート駐日臨時代理大使らとあいさつを交わし、専用機に乗り込まれた。

昨年11月のサウジアラビアなど中東4カ国訪問に続き、ご夫妻にとって結婚後2回目の海外訪問。

イスラムの慣習では男女が公の場では別々になるが、比較的戒律が厳しいクウェートをはじめ各国とも、王室の配慮で公式晩さん会や視察などほとんどの行事がご夫妻緒で行われる。ご夫妻は同日夕、シンガーポールに到着。時差調整などのための立ち寄りで行事の予定はない。

一泊の後、21日午前シンガポールをたち、午後(日本時間21日夜)クウェート入りされる。クウェートではジャビル首長やサアド皇太子兼首相らと会見し、晩さん会が行われる。続いて23日からアラブ首長国連邦、26日からヨルダンをそれぞれ訪問。各国王族らと会われた後、30日帰国の予定。《共同通信》

【大相撲初場所】13日目

大相撲初場所13日目(20日・両国国技館)1敗同士のハワイ対決は、大関武蔵丸が引き落としで横綱曙を破って12勝1敗となり、優勝争いの単独トップに立った。曙は11勝2敗。横綱貴乃花は剣晃を引き落とし、大関貴ノ浪は激しい投げの打ち合いの末、琴の若を倒してともに2敗を守り、優勝戦線に踏みとどまった。大関若乃花は栃乃和歌に肩透かしで辛勝して10勝目を挙げた。

関脇魁皇は貴闘力を寄り切って7勝目。平幕の大翔鳳が勝ち星を二けたに乗せ、元大関の小錦は勝ち越しを決めた。この日の結果、幕内は1敗の武蔵丸を2敗で貴乃花、曙、貴ノ浪が追う展開で、優勝決定は千秋楽に持ち越された。《共同通信》

初のモンゴル出身関取が誕生する。東幕下9枚目の旭鷲山はこの日、重ノ海を豪快な左上手投げで下し、7戦全勝で幕下優勝を決定。審判部の番付編成での申し合わせにより、来場所での新十両も間違いなく、実現すれば戦後11人目の外国出身関取となる。取組後、「すごく緊張してたけど、投げて勝った瞬間、ホッとした」と満面に笑みを浮かべた。

大島部屋に入門し、他の5人と初土俵を踏んだのは平成4年春場所。当初は「3年で十両に上がればすごい」と言われた。その「すごい」ことを成し遂げた気持ちを「すごく、うれしい。信じられないです」と素直に表現した。

師匠の大島親方(元大関旭国)の喜びもひとしおだ。「モンゴル大使館に逃げ込んだこともあった。いろいろなことをよく乗り越えてきた」、ここまで続けられた理由は「ほかの子にはないハングリー精神」と感慨深げ。《共同通信》

【金子信雄さん】死去

俳優で料理研究家としても知られる金子信雄さんが、20日午前11時43分、細菌性敗血症のため東京都千代田区内の病院で亡くなった。71歳だった。

東京生まれ。44年、文学座に入り、53年に青年俳優クラブを結成。66年から新演劇人クラブ・マールイを主催し、演劇活動のほか、400本余りの映画にも出演した。日活の「渡り鳥」シリーズ、東映の「仁義なき戦い」シリーズなどで活躍した。

料理は玄人はだしで「男の作るスタミナ料理」など著作も多く、テレビの料理番組「楽しい夕食」の司会でも人気があった。《読売新聞》



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