平成1979日目

平成6年6月9日(木)

1994/06/09

【羽田孜首相】元「慰安婦」と面会

羽田首相は9日昼、国会内の廊下で、戦時中、旧日本軍の従軍慰安婦だった韓国の金学順さん(72)やフィリピン女性11人と会った。

首相は一人ひとりの手を握りながら「ご苦労を掛けましたね。皆さんの苦労を無駄にしないようにしたい。お元気で、お体を大切にしてください」と声を掛け、従軍慰安婦問題解決へ前向きの努力を表明した。

日本の首相が元従軍慰安婦と会ったのは初めて。これまで日本の首相との面会を求める声が強く、今回は社会党の伊東秀子衆院議員らの働き掛けで、国会の廊下で非公式に会う形で実現した。《共同通信》



【参院予算委員会】

国会は平成6年度予算案をめぐる論戦の舞台を参院に移し、9日午前から参院予算委員会で総括質疑に入った。柿沢外相は12日に予定している朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑に絡む中国外相との会談に関連し「国連の今後の決定を促進する上でも中国との話し合いが重要だ。できるだけ中国が参加した形で行動できるようお願いしたい」と述べ、制裁を含む国連の措置への協力を促す考えを表明した。

羽田首相は「国際社会の呼び掛けに北朝鮮がこたえないため、各国が懸念を深めている。現状は非常に厳しい」と、従来より懸念を強めた見解を示した。さらに「国際社会と歩調を合わせ、でき得る対応をしていく。積極的外交を展開し、口も出すが汗も出す」と北朝鮮をめぐる核問題解決に積極的に役割を果たす姿勢を強調した。

北朝鮮の姿勢について外相は「今のところ、北朝鮮も(制裁などの動きに対し)軍事的反撃に訴えるつもりはない。刺激的言動は避けながら正確なメッセージを送り、翻意を促すのが大事だ」と、北朝鮮への説得努力の継続を強調した。

質問の一番手に立った自民党の倉田寛之氏は少数与一党の羽田政権発足の不当性を指摘し、「どこかでけじめをつけるべきだ」と、衆院解散か総辞職を求めた。これに対し首相は「目前に山積する内外の課題は与野党問わず、解決しなければならない。各党に誠心誠意呼び掛ければ、必ず協力してもらえる」と述べ、解散、総辞職をともに拒否した。

ただ首相は「安定したもの(政権)が必要なことも確かだ。安定した政治をつくるため努力したい」として、政権安定のため社会党の政権復帰など連立組み替えに意欲を示した。

倉田氏は防衛計画大綱、国連平和維持活動協力法(PKO法)の見直しに対する神田防衛庁長官の認識をただしたが、神田長官が「大綱見直しの勉強はしている。PKO法見直しは国会で議論したい」と、消極的な答弁に終始したため審議が紛糾、再三中断した。《共同通信》

【羽田孜首相】税制改革「年内成立は内閣の公約」

参院予算委員会は9日、1994年度予算案に対する総括質疑に入った。羽田首相は、年末までに成立を目指す税制改革関連法案について「公約でないとはいかないだろう。公約だ」と強調、羽田内閣の公約であることを明言した。

これを受け、自民党の片山虎之助氏が「不成立なら政治的責任を取るが」と迫ったのに対し首相は「やらなければ歴史的に大変なことになる。真剣に取り組む」と述べ、責任問題に直接触れることを避けたものの、重大な事態になるとの認識を示した。《共同通信》

【政界談話室】

○…羽田首相は9日午前、国際司法裁判所あての陳述書の一部削除問題をめぐり「首相のリーダーシップを問う声もあるが」と記者団に聞かれると、「そんな、あんた、何をもってリーダーシップと言うのか」と不快感をあらわにし、「官僚主導政権」との批判に反論した。「こっち(外務省)でこう言って、こっち(野党)でそれを否定する。それをこっち(首相)で取っ払って分かりやすくした。そういうのをリーダーシップと言うんじゃないかな」。身ぶり手ぶりを交えた熱弁だったが、「こっち」を連発する説明は意味不明。

○…日本新党の長浜広報委員長はこの日、常任幹事会後の記者会見で、細川代表の再任問題について「常任幹事会ではまだ決まっていない」と説明、記者団から「話が違う」と抗議を受けた。藤村総務委員長が8日の記者会見で「細川氏の再任は決定した」と発表したことを指摘して「どちらが本当なのか」と記者団が詰め寄ると、長浜氏は立ち往生。慌てて藤村氏に電話を入れ「正式には決定していないが、対抗馬はなく、事実上細川氏の再任で決まり」と、統一見解を出した。幹部間の連絡の悪さをさらけ出し、普段は元気な長浜氏もしょんぼり。《共同通信》

【自民党・渡辺美智雄元外相】「北」問題、政局に関連

自民党の渡辺元外相は9日の渡辺派総会で、今後の政局見通しについて「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑が国内政局に大きく関連してくる」との認識を示した上で「日米韓で制裁などに対応しなければならないが、自民党の力なくして絶対にできない」と述べ、政権基盤の弱い羽田内閣では対応が困難と強調した。これは連立与党に対し、安保政策などで一致点の多い自民党との「保・保連立」を呼び掛けたものだ。

また社会党が連立復帰を模索していることについて「社会党が入るときにはあらためて政策協議があり、その中には当然、北朝鮮問題も入るだろう」と述べ、北朝鮮問題が連立復帰の大きな障害になるとの見通しを示した。《共同通信》

【YKK・吉田久松会長】死去

吉田工業代表取締役会長の吉田久松氏は9日午前6時20分、脳梗塞のため入院先の富山市太郎丸の富山市民病院で死去した。89歳。吉田工業創業者オーナーだった故吉田忠雄氏は実弟、吉田忠裕現社長はおいにあたる。

明治38年魚津市生まれ。下新川郡下中島尋常小学校(現魚津市住吉小)卒後、昭和14年に弟忠雄氏が創立したサンエス商会(吉田工業の前身)に兄久政氏とともに参画、全国にファスナーを売り歩いた。吉田工業となってから専務、副社長を経て54年から現職にあった。《北國新聞》



6月9日のできごと